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【自転車世界一周の旅】フエゴ島、世界最南端の道を駆ける
アメリカ大陸最南端に広がるパタゴニア平原。そこから船でマゼラン海峡を越えた所にあるフエゴ島世界最南端の町【ウシュアイア】。
今回はフエゴ島に延びる世界最南端の国道を紹介。
世界の果ての島へ
2018年4月13日、冬がすぐそこまで来ているパタゴニアで、冷たい風に背を丸めながらフエゴ島に渡るフェリーを待っている。目の前には黒い海が風によって波立ち、悲し気な鳴き声のような風の音がより一層寒く感じさせる。
寒さで震えること30分。フエゴ島行のフェリー【PATAGONIA号】が港に到着した。
車やバイクに交じりながら自転車を押して乗船し、壁に建てかけて到着を待つ。甲板にあがると凍えるほど寒いのだけれど、しっかりと目に焼き付けるため、船内に入らず近づくフエゴ島をじっと見つめる。
あの島の先にアメリカ大陸最南端の町が広がっているのだ。
凍える体とは裏腹に、心の中は熱い思いで満たされている。30分の短い船移動の後遂に島に上陸し、ウシュアイアに向けた走行のスタートの笛の音が鳴らされた。
朝の訪問者
島を走り出すと比較的平らだったパタゴニア平原より若干勾配が増え、ラクダ科のグアナコや、ニャンドゥーといったダチョウに似た珍獣の数が増えて、道端でのん気に草をはんでいる。
島に着いたのが16時30分と遅かったので走行距離は稼げず、一時間ほど走って道路から死角になった丘の裏にテントを設営。
翌朝、朝食を済ませてテント内で出発の準備をしていると外でザッザッザッと列をなして歩く音が聞こえる。人が歩くにしては数が多いな?と思って外に出てみると、羊の群れがテントを取り囲んでいる。その数は千匹を優に超し見渡す限り羊が蠢いている。
このまま羊の群れにテントを押しつぶされてはかなわないので、棒でも振り回して蹴散らそうかと思ったが、いつも歩く道に突然現れた障害物と人間に驚いた羊達は、テントから5mの範囲には入って来ず、遠巻きに物珍しそうに眺めている。
しかし後ろから押すな押すなと、白い塊がとめどなく押し寄せてくるので、渋滞を起こし押し出された羊たちは、テントから距離を保ちながらガンチョ(羊飼い)の口笛で指示を受けた犬たちによって、早く進めと言わんばかりに吠えたてられ目的地へと向かっていくのであった。
朝起きたら羊に囲まれているとは、椎名誠さんのパタゴニア旅行記に書いてあった『パタゴニアでは何が起こっても不思議ではない』を地で良く経験であった。
優しき人々
この日は100km走って十字路にぽつんと佇むバス停に到着した。
見渡す限り何もない場所に建つ小屋型のバス停だが、窓とドアの付いた広いバス停小屋なので、雨風をしのいでテントを張れると、パタゴニアを走るチャリダーには有名なスポットだ。
パタゴニアには避難小屋と呼ばれる無料宿泊スポットが点在している。地元の人の好意に大いに助けられながら旅を続けることができ、北海道に似た感覚をおぼえる。
ここから250km進んだ人口1万人も居なそうな小さな町Tolhuinには、チャリダーやライダーを無料で泊めさせてくれるパン屋がある。ここでは温かいシャワーも使わせてもらえうる。凍えながら走る旅人たちのオアシスとなっており、部屋には世界中から集まってきた旅人達の感謝のメッセージが書き込まれている。
黄昏の島
イミグレを越えて再びアルゼンチンに入り、少し坂を上るとそこには大西洋が広がっていた。うっすらと緑がかり、岸際は昆布が繁殖しているのか赤さび色して、全体的にどんよりと沈んだ色をしている。
太陽は昼間だと言うのに地平線に近い位置にあり、弱々しい光を放っている。日中でも夕焼けを水で薄めたような淡い色に染まり、そんな空に浮かぶ雲すら厚みは無く直ぐに消えてしまいそうで、全体的に儚く世界の果ての島らしく終末感が漂い、常に黄昏の空気をまとっているようだ。
寂しげな景色が空模様が続き、弱弱しい太陽は一度雲に隠れると長い休息に入り、冷たい雨と風が吹きあれ、時々雪を散らすことも。
ウシュアイアの町手前には、300mアップの峠があり峠の麓には焚き火台付きの無料キャンプ場がある。
雨をやり過ごすために2泊したのだが、目の前には青く澄み切る湖、その対岸には赤く燃えた南極ブナの林、その奥には雪化粧をした1,000m前後の小さな山脈の頂。青赤白のコントラストが見事な美しい景色が広がる。
絶景スポットの無料キャンプ場だが、冬が足音を立てて近づいてくるこの時期にキャンプするもの好きはおらず、昼は絶景、夜は静かな森の中で焚き火をしてコーヒーを啜る。パチパチと爆ぜる木の音を聴きながら、目前となったウシュアイアに思いをはせつつ、アラスカからの長い旅路を思い返すのであった。
峠を越えると長い下り坂が続き、二重にした手袋でも指先が凍りそうだ。
湖のほとりのキャンプ場から45km進んだ所に、もう一つ無料のキャンプ場があり、ウシュアイアに近いのでここまで走ろうと思ったのだが、雨が降りだした為辿り着くことができなかったので、森の中でテントを張り雨をやり過ごす。
雨音が止んだので外を覗くと、しんしんと雪が降りだしていた。粒はまだ小さく積もる事は無いと思うが、あっちこっちで長居しすぎたせいで、到着する時期がギリギリになってしまった。
だが、残すところあと50km。
アメリカ大陸縦断のゴールは目と鼻の先。明日最後のランが始まる。
世界最南端の国道を目指して
テントを出て白い息を手に吹きかける。良好な天気とは言えないが、とりあえず雨と雪は止んだようだ。
朝食ができるまで散歩がてら森の奥へ行ってみると、唐突に木々が無くなり、氷の張った湿地が現れた。湿地の奥には昨日の雪で真っ白に染め抜かれた山脈が伸びている。
突然現れた神々しいまでの山並みの景色に、息が止まるほどの感動を覚え、火をつけっぱなしの鍋の事は忘れて呆然と景色を眺めるのであった。
この景色を見れただけでも、寒さを我慢しながら走ってきた甲斐がある。
暖かい朝食で体を温めた後、ウシュアイアに向かって走り出す。道路は凍結していないので安心して走る事ができ、紅葉と雪山が広がる絶景のパノラマをみながらの優雅な走行が続く。
昼過ぎにウシュアイアの入り口にあるゲートに到着。
これでゴール。とはならず、町の先にはこれまで走ってきた国道3号線の終着地点があり、そここそが世界最南端の国道終着地点になるので、大抵のチャリダーはそこをゴールにして走っているのだ。
町を抜けて国立公園に入り入園料2,000円を支払う。キャンプするわけでもなくただ道を走るだけで2,000円は高すぎるが、支払うのはルールのなので仕方ない。
未舗装のアップダウンの続く道を、荷物をガタガタ言わせて走る事2時間。
2018年4月21日14時20分、遂に国道の終着地点に到着した。
2014年にアラスカを出発してから1,381日。走行距離は26,042km。ようやくたどり着いた。ここが世界の最南端。
大きくガッツポーズをすると、近くにいた観光客が拍手で祝ってくれた。
「何処から来たの?」と聞かれたので「アラスカから」と答えればみな目を丸くして驚いてくれる。
看板の先には細長い湾があり、木々に囲まれた岬はあまり世界の果て感は出ていないが、それでもここまで来たぞと達成感が胸を満たす。
旅自体の終わりはまだまだ先で、中間地点にも達していないが、充実感に満たされながらウシュアイアの町まで走るのであった。
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syo
- 2014年から相棒ジムシー号に乗って世界一周中。キャンプと読書が好きな元書店員