第5回 なぜ文明は3000年も続いたのか?古代エジプト末期を躍動したファラオたち 始まりの大王、終わりの女王〈全5回エジプト〉

未来のエジプト博士田中環子さんがナビゲート

第5回 なぜ文明は3000年も続いたのか?古代エジプト末期を躍動したファラオたち 始まりの大王、終わりの女王〈全5回エジプト〉

未来のエジプト博士田中環子さんがナビゲート写真の要塞は、『巨大な灯台』があった場所なんだ!

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大王によって建設された
「新しいエジプト」
アレクサンドリア

アレクサンドロス大王の東方遠征により各地に建設された都市「アレクサンドリア」のひとつ。ナイル川の河口に位置し、プトレマイオス朝の首都として栄えギリシア世界とエジプト世界が交差する都市になりました。王宮、港、学問施設、図書館などが集まり、古代地中海世界を代表する都市へ発展。現在は「地中海の真珠」と呼ばれるリゾート地で、カイロに次ぐ第二の都市として栄えています。

古代エジプト年表
ALEXANDER THE GREAT 始まりの大王

ペルシア支配からの「解放者」 アレクサンドロス大王

マケドニア王国に生まれ、ギリシア、メソポタミア、エジプト、ペルシア、インドの一帯という広大な範囲を統治した、歴史上において最も成功した軍事指揮官のひとり。紀元前332年、当時アケメネス朝ペルシアの支配下にあったエジプトに進軍し、エジプトをペルシアから解放した「解放者」として多くの支持を集めました。当時の首都メンフィスに入城しファラオとして即位すると、ナイル川デルタ西端の地に、自身の名を冠した都市「アレクサンドリア」を建設。安定した国内統治体制を築いたのです。

アレクサンドロス大王の騎馬像
※この像は北マケドニア共和国のスコピエに立っているものです。
わこナビ1

ギリシャの王がなぜ
「ファラオ」に!?

アレクサンドロス大王は、決してエジプトを滅ぼそうとしたわけではありません。むしろエジプトの伝統的な王権を受け入れ、尊重したうえで、エジプトのファラオとして認められようとしました。古代エジプトの伝統を壊すことなく発展させたことから、侵略者ではなく英雄として支持を集めていたんです。

ルクソール神殿のアレクサンドロス大王のレリーフ
ルクソール神殿に残されたアレクサンドロス大王のレリーフ。きれいに残されている様子からも、偉大なるファラオとして受け入れられていることが伺えます。
ハトホル神殿の外壁に刻まれたクレオパトラのレリーフ クレオパトラのレリーフが残るハトホル神殿
ハトホル神殿の柱と天井 びっしりと刻まれた彫刻...!どんな物語があるのかな?

クレオパトラ7世の大レリーフが
刻まれた歴史の舞台
デンデラ遺跡

プトレマイオス朝からローマ時代にかけて建設・増築された巨大な神殿遺跡。クレオパトラとカエサルの間に生まれた息子カエサリオンが描かれたレリーフが残されています。現代に伝わるような誇張された美女としては描かれておらず、伝統的なファラオとして描かれており、エジプトの治世に誠実に向き合っていたことがうかがえます。

CLEOPATRA THE SEVENTH 終わりの女王

古代エジプト 「最後の女王」 クレオパトラ

「絶世の美女」として知られるクレオパトラは、古代エジプト最後の王朝のファラオでした。彼女はアレクサンドロス大王から続くギリシャ系ファラオの一人で、マケドニア系のギリシャ人でしたが、エジプト語を操る聡明なファラオとしても知られています。ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)やマルクス・アントニウスと親密な関係を結び、エジプトを守り抜こうと奮闘しましたがローマ軍に敗北し、紀元前30年に39歳で死去。これによりプトレマイオス朝エジプトは滅亡しました。

クレオパトラの胸像 絶世の美女はどんな人物だった?
※この像はアブダビのルーブル美術館に展示されているものです。
わこナビ2

クレオパトラは
知性で戦っていた!

「類まれなる容姿を駆使してのしあがった女王」というイメージで語られがちですが、9カ国語を操り政治や経済に非常に長け、ローマ帝国の実力者たちと結びついてエジプトの独立を守ろうとした知性派の政治家だったのです。

エジプトの50ピアストル硬貨
▶▲エジプトの50ピアストル硬貨にデザインされた
クレオパトラの肖像
わこナビ3

クレオパトラ亡き後も
600年続いた信仰と物語

紀元前30年にクレオパトラが亡くなり、エジプトはローマ帝国の属州になります。それでも、ローマは宗教、神殿、文字を廃する方針はとらず、伝統的な神事や儀礼を維持してきました。王朝が変わっても排除、破壊はされず、アスワン近郊のフィラエ島にある「イシス神殿」が閉鎖されたのは西暦550年頃のこと。こうして古代エジプトの神々の息吹は、王朝の終焉から実に600年近くにわたって残されてきました。最後の王クレオパトラが死してもなお、古代エジプト文明は終わりません。残された民衆により神々を祀り、文字を書き、物語を語り続け、現代を生きる私たちにまで悠久の偉大さを伝えてくれていたのです。

フィラエ島のイシス神殿
▲イシス神殿

「古代エジプト」の途方もない年月

クフ王の時代からクレオパトラの死去までの時間経過はおよそ2,500年ほど。なんと、クレオパトラが死去し古代エジプト王国が滅亡してから現在にいたるまでの時間経過(約2,000年)のほうが短いのです。私たちがクレオパトラを偲ぶよりも、クレオパトラがギザの大ピラミッドを偲ぶほうが、より遠い大昔を見ていたことになります。クレオパトラにとってピラミッドは私たちと同じく「数千年前の超古代遺構」であり、ピラミッドよりスマートフォンのほうが近い時代を生きていたのです。「古代エジプト文明」はそれほどに果てしなく長大で、偉大なものだったのです。

BC2589 クフ王即位から約2,500年で BC30年 クレオパトラ死去、そこから約2,000年で 2026年 現在。こっちのほうが短い!

田中環子さんより
ごあいさつ

全5回の古代エジプト特集を終えて。

この度は全5回におよぶエジプト特集をご覧いただき、ありがとうございました。

全5回では語り切れないほど、古代エジプトの魅力は沢山あります。ですが、古代エジプト文明の素晴らしさ、美しさ、そして面白さを少しでも感じていただきたいという思いで、ご紹介してまいりました。皆様にその思いが少しでも届いておりましたら、すごくすごく嬉しいです!実際にエジプトへ足を運んでいただき、現地でしか感じられない空気や、悠久の時を超えて残るファラオの栄光を、ぜひ肌で感じてみてください!!改めて、この度はご覧いただきありがとうございました!

田中環子さん
田中 環子
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トするエジプト!連載特集〈全5回〉

第1回

古王国時代 世界最大のピラミッドの主 クフ王

なぜ文明は3000年も続いたのか?

ピラミッド
第2回

男装の君主ハトシェプスト女王

なぜ文明は3000年も続いたのか?

ハトシェプスト女王葬祭殿
第3回

世界で最も有名な無名の王ツタンカーメン王

なぜ文明は3000年も続いたのか?

ツタンカーメン
第4回

偉大なるファラオ ラムセス2世

なぜ文明は3000年も続いたのか?

アブ・シンベル神殿

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8/30(日)開催のエジプト説明会にて田中環子さんと対談が実現!

エジプト考古学者 河江肖剰さんと未来のエジプト博士 田中環子さん対談の様子は、YouTube動画よりご覧いただけます。

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