

突然ですが、巷ではミルクティーがブームとなっているのをご存知でしょうか。
数ある専門店の中でも、東京藝術大学大学院で漆と木工を学んだ中国籍の漆木作家3人が営むカフェ「漆と日々(八丁堀)」が、静かに話題を集めています。
カウンターも壁の作品も3人の手づくり。そこで供されるのは、香港の無形文化遺産にも登録された本格的な香港式ミルクティーと、ポルトガル風エッグタルトです。
そんな一風変わったカフェですが、
- 「漆と日々」って、どんなお店でどんな雰囲気なんだろう
- そもそもなぜ漆の作家が、コーヒーでも日本茶でもなく「香港式ミルクティー」を出しているの?
- SNSで話題だけど、見た目のインパクトだけでなく、味も本格的なのだろうか
こんな疑問や不安をお持ちの方も多いと思います。
そんな方に向けて、香港でミルクティーを味わった経験をもつ海外グルメマニアのオグが、「漆と日々」を営む3人に取材をさせていただきました。
本記事では、「漆と日々」の誕生秘話から、漆と香港式ミルクティーの意外な繋がり、海外の方が日本でお店を開くまでの苦労、香港式ミルクティーとエッグタルトへのこだわり、そして今後の展望まで詳しくご紹介します。
読み終えるころには、「漆と日々」で過ごす、香港式ミルクティーと漆に流れるゆっくりとした時間に、きっと足を運びたくなっているはずです。
目次
- 漆木作家が開いたカフェ「漆と日々」
- 開店までの困難──物件探しと、はじめての接客
- 香港式ミルクティーへのこだわり
- 奥深い味わいの「香港式ミルクティー」
- 爽快な味わいの「レモンティー」
- ポルトガル風エッグタルト
- 今後の展望──漆の器で、ミルクティーを
- 【まとめ】「漆と日々」で香港式ミルクティーと共にゆったりとした時間を過ごしましょう
漆木作家が開いたカフェ「漆と日々」
なぜ工芸の作り手が、香港ミルクティーを出すカフェを始めたのでしょうか。まずは、お店の雰囲気と開店に込めた思いから見ていきましょう。
漆塗りのカウンターで香港式ミルクティーを
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八丁堀駅から歩いて5分ほど。オフィスビルが続く通りに、ガラス扉の小さな店があります。看板は控えめで、通り過ぎてしまいそうになる場所です。
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扉を開けると、工芸作品が展示されており、「お店を間違えたかな」と疑いたくなります。店の奥に進むと、深い艶を放つカウンターが目に入りました。
「漆と日々」は、香港式ミルクティーとエッグタルトを出すカフェ。ですが同時に、漆や木工といった工芸品の工房でもあるのです。
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カウンターも、壁に掛かった作品も、店内にある漆を乾かすための「風呂」も、店主たち自身の手によるもの。床など一部を除いて、内装はほぼすべて3人で作りました。オープンカウンターにしているのは、お茶を作る様子を見てもらいたいからだといいます。
漆と木工を学んだ3人
3人は東京藝術大学大学院を卒業した中国人です。
張 清越(チョウ セイエツ)さんと雷圣妤(ライ セイヨ)さんが漆を、姬 秋子(キ シュウシ)さんが木工を専攻としています。雷さんと姬さんは同級生、張さんは先輩にあたるそうです。
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大学院修了後も日本で工芸を続けたいという思いから、2023年1月17日に会社を設立しました。手がけるのは、漆芸作品の制作やワークショップ・展示会の開催のほか、美術系留学生向けの進学サポートやオンライン講座、日本の美術用品の販売、翻訳・留学申請のサポート、日中文化交流イベントの企画など。日本の伝統工芸や美術文化を中国へ発信することを、活動の軸に据えてきました。
最初の拠点は、倉庫のような事務所。そこで箸やアクセサリー、日常づかいの漆器といった小物を作り、日本の漆の魅力を伝えてきたといいます。漆芸に興味を持つ一般の方に向けて、東京藝術大学の教授を招き、蒔絵で風景を描くワークショップを開いたこともあるそうです。準備には1か月半かかったとのこと。そうした活動が、3年ほど続きました。
「工房の中だけにいてはいけない」
ただ、続けるうちに引っかかるものがあったそうです。
「このまま工房の中だけで、外の人と交流がないのはダメだと思ったんです」
漆を、特別なものとしてではなく、もっと日常の中に置きたい。触れて、感じてもらいたい。そう考えたとき、必要だったのは作品を売る場所ではなく、作るところを見せ、できたものを飾り、実際に使ってもらえる場所でした。制作と、展示と、体験。その3つが1つの場所で成り立つように、と考えて生まれたのが「漆と日々」です。
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店名にも、そのまま3人の願いが込められています。身につけるもの、食事に使う器、壁に飾るもの。いろいろな方向から、日々の暮らしの中で漆を感じてほしい──そんな思いから「漆と日々」と名づけました。
飲食店に決めたのも、「人の日常に入るなら、食べ物や飲み物が一番近い。四季と合わせて工夫もしやすい」と考えたからです。
開店までの困難──物件探しと、はじめての接客
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お店の場所には八丁堀を選びました。賑やかすぎず落ち着いた雰囲気で、ガラス扉のある物件を気に入ったからです。雷さんが日本語学校時代に近くで働いていた、スカイツリーの見える馴染みの土地でもあります。
最初の半年は、3人だけでリフォーム。カウンターは漆、中央のテーブルは木工と、内装にも自分たちの手を入れました。ただ、店を開けてから待っていたのは、また別の壁だったといいます。
未経験で手探りの経営と言葉の壁があった接客
オープン後にぶつかったのは、まったく別の壁でした。
「経営の経験がないので、わからないことばかりで。ネットで調べたり、友だちに聞いたりして、手探りでした」
接客の作法も中国とは違います。店内の配置や日本語にも苦労したそうです。最初は緊張の連続でしたが、やりながら「今の話し方はあまりよくなかったかもしれない」と気づき、次から直す。その繰り返しでした。そんな3人に優しく接してくれた日本のお客さんの振る舞いにも、ずいぶん救われたといいます。
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お客さんが増えたきっかけは、SNSでした。オープン当初はリフォームに追われ、宣伝する時間がまったくなかったそうです。それが1か月ほど経つと、友人づてに、浦安から足を運ぶ人まで現れました。ミルクティーを作る様子をSNSに上げてくれる人がいて、そこから広がっていったといいます。
香港式ミルクティーへのこだわり
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「漆と日々」の主役ともいえるのが、香港式ミルクティーです。なぜ工芸の作り手たちがこのお茶を選んだのか、その背景には漆や木工と重なる「文化遺産」という共通点がありました。独自のブレンド、香港伝統の「撞茶(ドウチャ)」という技、そして日本人の口に合わせた味づくり。一杯に注がれたこだわりを、実際に飲んだ感想とあわせてご紹介します。
漆とミルクティーをつないだ「文化遺産」
そもそも、なぜ漆のカフェで香港式ミルクティーなのでしょう。
きっかけは、姬さんが香港の文化を好きだったこと。その話を聞いた張さん・雷さんも「それはいい」と共感しました。調べていくうちに、3人は工芸との思いがけない共通点に行き当たります。
「港式奶茶製作技藝」は、2017年に香港の「無形文化遺産代表作名録」に選ばれています。漆や木工と同じように、長い時間をかけて受け継がれてきた伝統的な技術であり、今も人々の日常の中に息づいていることに、3人は共通点を感じました。
しかも、作り方が似ていました。
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「時間も温度も、きちんとコントロールしないとできない。同じ手仕事なんです。工芸をやっている人間ならできるはずだと思いました」
コーヒーという選択肢も、もちろん頭をよぎったそうです。ただ、日本のコーヒー文化はすでに極められています。それなら、日本にまだあまりないもので勝負したい──その判断が、香港式ミルクティーに行き着きました。
独自ブレンドと「撞茶」の技
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香港式ミルクティーは、茶葉のブレンドが店ごとに違います。ガラス瓶に入った何種類もの茶葉を、粗いもの・細かいものと組み合わせ、「漆と日々」独自の比率で配合しています。
決め手は、香り、お茶のコク、そしてエバミルクとの比率。なかでも3人が一番大事にしているのは、滑らかさだそうです。取り扱っているエバミルクも、自分たちが目指す味にもっとも合うものとして選んだものだといいます。
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煮出す時間と温度も、茶葉によって変わります。自分たちの配合に最適な条件は、何度も試して決めたそうです。湯は必ず沸騰させてから茶葉を入れます。そうでないと美味しくならないからです。そして「撞茶(ドウチャ)」という工程があります。茶袋に入れた茶葉に熱湯を通し、茶を高い位置から別の容器へ勢いよく移す動作を繰り返します。こうして茶葉と湯をしっかりと馴染ませながら、茶の香りやコクを引き出し、味わいを整えていきます。
もっとも、撞茶はあくまで工程の1つにすぎません。一杯の香港式ミルクティーは、いくつもの手順を経て仕上がります。まず、粗さの異なる複数の茶葉を独自の割合で調合し、茶袋に入れて錫の壺へ。沸かした湯で数分間じっくりと煮出したあと、この撞茶で空気を含ませ、口当たりを滑らかに、香りを豊かに引き出します。さらに弱火でもう1〜2分蒸らして色と味を深め、最後にエバミルクと合わせて、ようやく一杯が完成します。
粗い茶葉はコクと香りを、細かい茶葉は味を担うといい、その配合から煮出す時間、撞茶の回数まで、どの工程にも時間と温度の細やかな見極めが欠かせません。
「工芸と同じです」と3人は言います。
なお、お茶は100%天然のものだけで作られています。茶葉、砂糖、エバミルク、レモンティーならレモン。添加物は入れず、体にやさしい一杯を目指しているそうです。
日本人の口に合わせた味づくり
味の設計にも工夫があります。香港は湿度が高く、みんな長年飲み慣れているので、味はもっと濃いそうです。濃くしないと味を感じないため、砂糖はあまり入れません。日本で提供するにあたっては、香港の味わいをベースにしながら、日本のお客さんにも楽しんでもらえるよう、濃さや甘さを微調整しています。
「最初はやさしい味から。慣れてきたら、もっと濃いものも出したいですね」
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技術は独学ではありません。広東省・深圳で開催された「金茶王大赛」で2024年深圳地区の優勝者となった方のもとで修業し、香港でも何軒もの店を飲み比べたそうです。ミルクティーやレモンティーは広東省でも有名だといいます。
大会に出場して感謝状を受け、年に1回のこの大会に今年も姬さんと雷さんで出場予定とのこと。練習は毎日続いていて、「優勝するまで出続けます」と意気込みます。
ちなみに香港では、お茶単体で楽しむより、香港式チャーハンや焼きそばといった食事と一緒に飲むのが一般的だそうです。朝や昼の食事に添える一杯で、日本の「カフェ」とは少し感覚が違うといいます。
奥深い味わいの「香港式ミルクティー」
では、実際どんな味なのでしょうか。
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まず香港式ミルクティー(HOT 650円 / ICE 760円)は、ひと口で奥深い味わいが広がり、滑らかな口溶けにするりと引き込まれます。かすかに砂糖の甘みを感じるバランスも絶妙で、完成度の高い一杯でした。「滑らかさを一番大事にしている」という3人の言葉が、そのまま舌の上で確かめられます。
爽快な味わいの「レモンティー」
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夏に人気だというレモンティーは、レモンの爽快な味わいが力強く前に出た一杯。氷の一部はレモンティーで作られているので、時間が経っても薄まることなく最後まで楽しめます。この心遣いが素晴らしいです。暑くジメジメした季節に、体の芯から潤してくれるようなドリンクでした。
SNSの見た目のインパクトだけではない、味の実力を確かに感じます。
ポルトガル風エッグタルト
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ミルクティーもレモンティーもカフェインが強く、それだけだと重く感じます。だから食べ物が必要でした。ポルトガル風エッグタルト(430円)は、そのために選ばれています。香港では、香港式ミルクティーとエッグタルトを一緒に楽しむ組み合わせが親しまれています。「漆と日々」でも、その文化を大切にしながら、私たちがより好きなポルトガル風エッグタルトを合わせています。
原材料には惜しみなくお金をかけていて、正直、利益はあまり出ていないそうです。卵は卵黄だけ。バニラは加工された香料ではなく、深圳から取り寄せたバニラビーンズを鞘から割いて、中の細かい種をアパレイユに落としています。生地は何層にも重ね、焼成の温度と時間も、一番いい状態で出せるよう試作を繰り返しました。
そして、提供するのは当日焼いたものだけです。翌日以降になると、甘みが落ちてしまうからだといいます。
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こちらも1つ、味わってみました。パイ生地はサクサク、ほろほろと崩れ落ちる軽さ。卵黄のとろりとした口溶けとともに、バニラの上品な甘みが口いっぱいに広がり、味の余韻がいつまでも残ります。
卵黄やバニラビーンズをたっぷり使っているはずなのに、まったく甘ったるさがなく、食べ飽きません。原材料にこだわっているというだけのことはあります。
これは何個でも食べたくなる味で、連日完売という人気にも頷けました。
お客さんに人気なのは、王道の「香港式ミルクティー+エッグタルト」の組み合わせ。
今後の展望──漆の器で、ミルクティーを
「漆と日々」が見据えているのは、漆の器で香港ミルクティーを味わえる未来です。材料から器づくり、それを使うところまでを1つの場所で見せ、ワークショップや展示、新しいメニューへと広げていく。3人が思い描く、これからの姿を聞きました。
材料から器まで、1つの場所で
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3人が今準備しているのは、ミルクティーのための漆の器です。制作には時間がかかりますが、店では漆の材料そのものも展示・販売しているので、材料から器ができ、それを使うところまでを1つの場所で見せられるようにしたい、と語ります。漆の制作を実演することも、これからやりたいことの1つです。
ワークショップと展示、そして新しい一杯
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ワークショップも、週1回を目安に増やしていきたいそうです。ほかの作家の作品を展示する展示会も考えているといいます。
飲み物と食べ物についても、今ある原材料で新しいものが作れないか思案中とのこと。「作品を作るのと同じですから」。今ある商品の味のレベルアップも、その先にあります。
理想として語られたのは、こんな光景でした。自分たちの思いが入った漆の作品を眺めながら、漆の器で飲み、食べる。そうしてゆっくりとした時間を過ごしてもらう──漆もお茶も、時間のかかるものだからです。
最後に、これから訪れる人へのメッセージを聞きました。
「機会があれば、ぜひ実際に体験しにきてほしいです。お茶は時間がかかるので、待っている時間も、作ることの一部として見ていただけたら嬉しい。ただ、長くお待たせしてしまうことについては、3人も申し訳なく感じているそうです。品質を守ることを大切にしながらも、できるだけ待ち時間を短くできるよう、日々改善を重ねています」
【まとめ】「漆と日々」で香港式ミルクティーと共にゆったりとした時間を過ごしましょう
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「漆と日々」は、東京藝術大学大学院で漆と木工を学んだ3人が八丁堀に開いたカフェです。工芸を工房の中だけで終わらせず、日常の中で漆に触れてもらいたい──その思いから、制作・展示・体験が1つの場所で成り立つ店として生まれました。
主役の香港式ミルクティーは、漆や木工と同じく無形文化遺産に登録された手仕事です。同じ「文化財」で、時間と温度を丁寧にコントロールする点も工芸と重なります。独自のブレンドと「撞茶」の技、滑らかさへのこだわり、そして日本人の口に合わせた味づくりが一杯に詰まっています。深圳や香港で修業を重ね、大会にも挑み続ける本格派です。実際に飲んでみると、奥深い味わいと滑らかな口溶けは完成度が高く、SNSの見た目だけではない味の実力を確かに感じました。
合わせるのは、当日焼いたポルトガル風エッグタルト。サクサクの生地と卵黄の口溶け、上品なバニラの甘みが後を引き、連日完売も納得の味でした。海外の方が日本でお店を開くまでの物件探しの苦労や、初めての経営・接客といった困難を乗り越え、SNSを通じてお客さんが少しずつ増えてきました。今後は、漆の器でミルクティーを提供することや、ワークショップ・展示会の拡充、新しい商品の開発を見据えています。
お茶も漆も、時間のかかるもの。だからこそ、待つ時間も含めて楽しんでほしい──「漆と日々」で香港式ミルクティーを味わうとは、そういう時間を過ごすことなのかもしれません。
店舗情報
- 店名:漆と日々
- 住所:東京都中央区新川1-28-33 Glanffice 1F
- TEL:03-5776-9747
- アクセス:東京メトロ日比谷線「八丁堀」駅より徒歩約5分
- 営業時間:10:30 〜 19:30
- 定休日:月曜日
- 公式Instagram:@kogeishincho
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