

ー足元にはローマが眠るー
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<緑豊かな庭園の奥に並ぶ, はちみつ色の石壁と茅葺き屋根の家々>
2013年の8月3日、シェイクスピアの生誕地として知られるストラットフォード・アポン・エイボンからロンドンへ向かう途中、私はコッツウォルズ地方の北端に位置する「チッピング・カムデン」という街のはずれに立ち寄りました。
そこには、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたかのような、伝統的な茅葺き屋根の古い高級住宅街が広がっていました。滞在できたのは小一時間ほどでしたが、一歩足を踏入れただけで、その息をのむような美しい景観にすっかり魅了されてしまいました。
目次
- 4000年の歴史が息づく丘と、カエサルが夢見た「ブリタニア」
- ローマ軍の進撃と、地平線へまっすぐ延びる「軍道」の秘密
- 中世の栄華を支えた「市場の街」チッピング・カムデン
- 産業革命がもたらした、奇跡の「置き去りにされた美しさ」
4000年の歴史が息づく丘と、カエサルが夢見た「ブリタニア」
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<『Old Manor House』の木製ゲートとはちみつ色の美しい石壁>
コッツウォルズ地方の歴史は非常に長く、なんと4000年以上前の史跡が今も数多く残されています。そして何より、ここに暮らす人々が「私たちの足元にはローマが眠っている」と語るほど、古代ローマ帝国の影響を色濃く受けた一帯でもあるのです。
歴史をさかのぼると、紀元前55年および前54年、高名な将軍ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)がこの地(ブリタニア)への遠征を敢行しました。彼が海の向こうの未開の島へ征服を企てた理由は、主に2つあります。
- ガリア反乱分子への支援を断つため:ローマと激しく戦っていた大陸のガシーザーリア人たちを、ブリタニアのケルト系部族が密かに軍事支援していたため、そのネットワークを断ち切る必要がありました
- 富の獲得と政治的プロパガンダ:ブリタニアに眠る錫(すず)などの豊富な鉱物資源や富を狙ったこと、さらに「世界の果て」とされた神秘の島を征服することで、ローマ市民へ自身の圧倒的な権力をアピールし、帰国後の政争を有利に進めるためでした
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<色鮮やかなイングリッシュガーデンの花々が彩る石造りの小道>
カエサル自身の遠征は決定的な征服にまでは至りませんでしたが、彼の『ガリア戦記』によってブリタニアの存在はローマに広く知れ渡ることとなりました。
ローマ軍の進撃と、地平線へまっすぐ延びる「軍道」の秘密
その後、紀元43年に皇帝クラウディウスの命によって、ローマ軍による本格的なブリタニア征服が始まりました。ローマ軍は果敢に抵抗する現地のケルト系部族を激しい戦闘の末に次々と撃破し、イングランドの広大な土地を制圧していきました。
この地を統治するためにローマ軍がまず行なったのが、強固なインフラ整備です。コッツウォルズの地で「まっすぐな道」を見かけたら、それこそが古代ローマ人が建設した軍道(フォス・ウェイなど)の名残です。
物流の要としてはもちろん、重い戦車を率いるローマ軍団が、敵の奇襲を防ぎながらハイスピードで移動するためには、曲がりくねった道ではなく、カミソリのようにまっすぐ舗装された道路がどうしても必要だったのです。
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<見事なトピアリー(生垣)のアーチから覗く, 伝統的なコッツウォルズ・ストーンの邸宅>
ローマ軍はこの地に道路網を張り巡らせ、各地に軍事駐屯地を設けました。それらの道は、驚くべきことに現在でも高速道路や国道としてそのまま使われています。
さらに、当時の軍団幹部たちが優雅に暮らしていた「ローマン・ビラ(古代ローマの荘園)」なども現存しています。
この地域では、今でも「ガーデニングをしようと自宅の庭をちょっと掘ったら、古代ローマのコインや遺物が出てきた!」なんていう驚きのエピソードが本当に起こるのです。
中世の栄華を支えた「市場の街」チッピング・カムデン
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<美しい芝生のロータリーに面した風格ある茅葺き屋根の邸宅>
時代が中世へと移り変わると、コッツウォルズは羊毛貿易によって黄金期を迎えます。そのきっかけを作ったのも、実はローマ人でした。彼らがこの地にもたらした毛の長い羊は、のちに「コッツウォルド・ライオン」と呼ばれ、この地方のシンボルとなります。
この羊から取れる高品質なウールはヨーロッパ中で最高級ブランドとして取引され、地域に莫大な富をもたらしました。
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<見事に丸く刈り込まれたトピアリーがはちみつ色の石壁と調和する, おとぎ話のような茅葺き屋根の邸宅>
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<見事に手入れされた生垣に囲まれた, 絵画のように美しい茅葺き屋根の民家>
今回私が訪れた「チッピング・カムデン(Chipping Campden)」は、まさにその羊毛交易の最大の中心地(ウール・マーケット)として輝かしい役割を果たした街です。
街の名前にある「チッピング(Chipping)」とは、古英語で「市場(マーケット)」を意味します。
コッツウォルズには他にも同じ名を持つ街がありますが、チッピング・カムデンはその中でもヨーロッパ中の商人が買い付けに集まる、もっとも重要な拠点でした。ハイストリートに残る美しい石造りの建物や富豪たちの邸宅からは、最盛期の圧倒的な賑わいと栄華を今でもはっきりと想像することができます。
産業革命がもたらした、奇跡の「置き去りにされた美しさ」
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<出窓の周りに咲き誇る, 素朴で愛らしいコッツウォルズの花々>
しかし、世の中、良いことは長く続かないものです。
18世紀以降、イギリスが「産業革命」の時代を迎えると、コッツウォルズ地方は急速に時代に取り残されていくことになります。
時代はウール(毛織物)から綿製品へ、そして大量生産が可能な化学繊維へと移行していきました。近代化の波に乗れず、鉄道網からも外れてしまったこの地域は、産業としては衰退の一途をたどるしかありませんでした。
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<コッツウォルズの夏を彩る, 鮮やかなオレンジ色のカリフォルニアポピー>
ですが、この「時代に置き去りにされた」という歴史の変遷こそが、現在のコッツウォルズに奇跡をもたらしました。開発の手が入らなかったからこそ、中世やローマ時代の面影を残す、時間に取り残されたような美しい村々がそのままの姿で今日まで守られたのです。
慌ただしい旅の途中のわずかな滞在でしたが、まっすぐなローマの道、中世の羊毛が築いた豊かな街並み、そのまま時を止めたような美しい茅葺き屋根の家々を見て、イギリスの奥深い歴史のレイヤーを肌で感じることができた素晴らしいひとときでした。
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ドルチェビータ
- 2003年より2011年までイタリア、2014年から2017年まで英国にいました。































