寅さんの日に、寅さんに再会。柴又を歩いて心温まる

近ごろは東京も世知辛くなってきて、下町育ちのわたくしとしては寂しさを感じます。柴又では映画『男はつらいよ』が描いたような温かな人情に、まだ触れられるでしょうか?「フーテン・・」にちなむ毎月10日の「寅さんの日」に情を求めて柴又を訪ね歩きました。

寅さん銅像
<京成柴又駅前の寅さん銅像。映画では旅立ちのシーンにたびたび登場するあの駅の前で寅さんに会えます>

目次

京成柴又駅前でいきなり寅さんに会う

長い旅から戻ったと思ったら、失恋して夕暮れの柴又を慌ただしく去る寅さん。あのせつなく、どこか寂しさも感じるシーンに登場する京成柴又駅。駅のホームに降り立つと、あの印象的な映像が目に浮かんできました。そして感慨に浸り改札を出ると、旅に出ようとする寅さんにいきなり再会。

渥美清さんが亡くなった3年後の1999年8月、地元商店会と観光客の募金によって「フーテンの寅像」が設置されたそうです。振り返る寅さんの視線の先には兄を心配し、見送るさくらさんの銅像が立ちます。この2つの銅像から映画の世界へ没入していく不思議な感覚にとらわれました。

寅さん銅像

寅さん銅像

さくら像<向かい合うフーテンの寅像とさくら像。両者の足元には山田洋次監督による想いが刻まれています。必読です>

実はわたくし、この日が初めての柴又訪問でしたが、自由気ままな「フーテン」の寅さんにならって行き当たりばったり、地域の空気や人の息吹を感じてみようと考えていました。しかしブラブラと歩きだそうとするわたくしを諭すような出会いが待っていたのです。

「寅さんの日」と金曜日に駅前でボランティアガイドをしているというKさん。熱烈な寅さんフリークのKさんは映画ゆかりの必見スポットを教えてくれただけでなく、町なかを練り歩く寅さん芸人の携帯電話に連絡して落ちあわせてくれたのです。おせっかいで情に厚い、まさしく寅さんのような親切な方でした。

草だんごを食べて心温まり、しんみりもする

京成柴又駅前から帝釈天に続く帝釈天参道。映画ではこの参道沿いにあると設定されていたのが、だんご屋「くるまや(旧・とらや)」。寅さんファンなら、ぜひここで草だんごを食べてみたいというのが率直な願いでしょう。

ところが、あのだんご屋は松竹大船撮影所に組まれたセットで実在していません。とはいえ山田洋次監督をはじめ制作スタッフは参道のだんご屋をロケハンしたでしょうし、参道入口に立つ「高木屋老舗」は実際に撮影時の拠点のひとつになったようです。

高木屋老舗

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帝釈天参道の両側に並ぶ「高木屋老舗」。持ち帰り専門の店のなかには寅さんのための予約席が設けられています。

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<添加物は一切使用せずにつくられる草だんご。上品な甘さと餅のやわらかさに感銘を受けました>

この店には渥美清さんから贈られた暖簾が飾られているのですが、その近くには寅さんがいつ帰ってきてもいいようにと予約席が設けられています。寅さん愛にあふれた、粋なはからいだねぇなんて感心しながら、おいしい草だんごをいただき心休めていたとき、ハッとする光景が目に入りました。参道に面した入口の佇まいが映画のなかのだんご屋にじつによく似ているのです。光の向こうから寅さんがひょいと顔を出すように思え、しんみりしてしまいました。

>>高木屋老舗のウェブサイトはこちら

寅さん芸人に遭遇

毎月の10日を選んで柴又に出かける利点は寅さん芸人に会えることでしょう。この日、寅さんに扮した野口寅次郎さんによれば、寅さんの日はお昼から15時くらいまで、京成柴又駅から帝釈天参道、帝釈天、「寅さん記念館」を練り歩いているそう。

だいたいの時間とコースは決まっていても、そこはフーテンの寅さん。途中、ファンに囲まれて記念撮影に応じ、観光案内をしながら進む風まかせの行動。所在を確実に把握するのは難しいです。わたくしも、この日探してみたものの、すれ違ってしまったのか姿を見つけられません。なんとか寅さんを撮影したいとKさんに相談すると居場所を調べてくれたのでした。

寅さん芸人
<中央は柴又在住の芸人<フーテンの寅=車寅次郎>野口寅次郎さん。<ひろし=諏訪博>若井とらさん、<おいちゃん=車竜造>清水重良さんと一緒に歩かれていました。野口さん以外の2人も寅さんになることがあるそうです>

参道で無事、寅さんを見つけ、撮影許可を得ようと近づくと、目が合うなり「おおっ、こんちわっ! 写真かい?いいよ!!さっき(Kさんから)電話来たよ」と気風のよい返事。気さくな人柄の野口寅次郎さんもまた、リアルな寅さんを彷彿とさせる人物でした。

意外に広い帝釈天

実際に柴又を歩いて、映画『男はつらいよ』から受ける印象との差異をいちばん感じたのは車家の菩提寺とされた帝釈天(題経寺)の想像以上の広さでした。

帝釈天

笠智衆さんの<御膳様>や佐藤蛾次郎さんの<源ちゃん=源公>が門前で掃除するシーン。あの狭いアングルでとらえた映像からは地域に親しまれる小さな寺院を連想します。ところが、二天門をくぐると、おなじみの帝釈堂をはじめ、本堂や釈迦堂など重厚な木造建築が並ぶスケールの大きさ、境内の広がりに驚かされたのです。

長く続く白壁の外塀沿いをぐるりと一周すると、玉垣に渥美清さん、<さくら=諏訪さくら>を演じた倍賞千恵子さん、<おばちゃん=車つね>役の三崎千恵子さんの名を発見。玉垣情報もKさんから教わったのですが、ちょっとわかりにくい場所にひっそりとあるだけに、見つけられたときには思わずガッツポーズしちゃいました。

帝釈天

帝釈天<帝釈天の二天門と玉垣。3人の俳優の隣には王貞治さんと兄・王鐵城さんの名も刻まれています>

>>柴又帝釈天ウェブサイトはこちら

そして寅さんファンの聖地へ

この日の散歩で最後に目指したのは、京成柴又駅から歩いて約8分の「寅さん記念館」。山田洋次監督が名誉館長をつとめる施設ならではの、ファン感涙の展示が目白押し。映画『男はつらいよ』の世界にどっぷりと浸ることができました。

寅さん記念館

「寅さんの日」に「寅さん記念館」では源ちゃんと寅さんがお出迎え。この寅さんは館長が扮しています盛り沢山な展示のうち個人的に特に感銘を受けたのは次の3つでした。

1. 再現ジオラマ『柴又帝釈天参道』

映画では語られない寅さんの少年時代の逸話を6つのジオラマで紹介。

ガキ大将時代、家出して20年ぶりに柴又に戻る経緯などを語る声はなんと倍賞千恵子さん。当時の時代背景を伝える新聞記事とともに知ることができます。監修は山田洋次監督で、ここだけのオリジナル作品だとか。寅さんの知られざる背景を知ることができて、「へぇー」と声が漏れ出ること必至です。

寅さん記念館

ボタンを押すと精巧なジオラマが動き、倍賞さんの声が流れ始めます

2. 「くるまや」のセット再現

先に書きましたがここには松竹大船撮影所から「くるまや」のセットが移築されています。昭和30年代そのままの空間に入ると、寅さんの気配を濃密に感じ、同時にここであの名シーンの数々が撮られたのかと感激しました。お茶の間ではこのセットで撮影された映像を観ることができます。

くるまや セット
<「くるまや」のセット。土間に奥行きがあり、こんなにも広い店だったのかと驚きます>

3. 寅さんが愛した鈍行列車の旅

寅さんが旅した地の名場面をベンチシートでくつろぎながら鑑賞できるコーナー。失われてしまった美しい風景も観られ、懐かしさと郷愁で胸がいっぱいになりました。このようにこの記念館では映画『男はつらいよ』の名シーンが蘇る映像展示が充実していて、じっくり観ていると1~2時間はたちまち経過していきます。

鈍行列車

車窓に名場面が映る。網棚には寅さん愛用のトランクも積まれています。忠実に当時を再現したセットも見どころたくさんの寅さんに出会えた「寅さんの日」。柴又の人情は確かに健在でした。「高木屋老舗」のだんごのおいしさも忘れられません。来月の10日は休みをとって、妻と再訪したいと思います。

寅さん記念館

  • 住所:東京都葛飾区柴又6-22-19
  • 電話:03-3657-3455
  • 開館時間:9:00~17:00(なるべく閉館30分前までに入館を)
  • 休館日:第3火曜(祝日・休日の場合は開館。直後の平日が休館)、12月第3火曜・水曜・木曜 ※年末年始も営業
  • 入館料(山田洋次ミュージアムとの共通券):一般500円、児童・生徒300円、シルバー(65歳以上)400円
  • 公式サイト:寅さん記念館

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