文化的景観を探しに、柴又をぐるりと散歩

今年2月13日、「葛飾柴又の文化的景観」が都内初の国の重要文化的景観に選定というニュースが流れました。文化的景観って何?という素朴な疑問を抱いた私は柴又帝釈天など寅さんゆかりの地だけじゃない、柴又の魅力的な景観を探し歩きました。

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<京成柴又駅近くから柴又帝釈天の門前に続く参道商店街>

目次

<重要文化的景観とは?>

<柴又の重要文化的景観は何?>

重要文化的景観とは?

「文化的景観」とは風土に根差して営まれてきた人々の生活や生業のあり方を表す景観地。

2004年の文化財保護法改正にともない、景観の文化的価値を評価し、地域で守り継ぐため新たに制度化され、特に重要な文化的景観を国が選定。「風景の国宝」といえる文化財です。

>>文化的景観・重要文化的景観の詳細はこちら(文化庁ウエブサイト)

柴又の重要文化的景観は何?

柴又といえば、映画『男はつらいよ』に登場する、柴又帝釈天参道の懐かしい商店街の雰囲気が思い浮かぶ人が多いでしょう。しかし、柴又にはほかにも「風景の国宝」がたくさんあるみたいです。国が評価した景観とは、葛飾区の生涯学習資料によると、以下、3地域のものを指すようです。

1. 帝釈天および門前からなる空間

帝釈天参道に並ぶ店舗は、ひさし下での販売スタイルが特徴的。そのひさしや店舗が連続する町並みも独特です。寺院を含め、歴史的・文化的価値の高い情緒ある町並みが保存されているだけでなく、常に参詣客の動向を意識して、賑わいを維持している点も魅力。

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<柴又帝釈天の境内>

このエリアは寅さんをキーワードにした前回の柴又記事で訪ね、自身で感じたことをレポートしていますので、そちらを参照ください。

>>前回の記事「寅さんの日に、寅さんに再会。柴又を歩いて心温まる」はこちら

2. 帝釈天と門前を支えた、かつての農村部空間

1を取り巻くエリア。江戸川河川敷沿いと、古い街道・国分道沿いに、かつての農村の様子を伝える旧家や寺社が残っています。このエリアでぜひ足を運びたいと考えたのが、柴又一帯の氏神で、社殿下に古墳時代の竪穴式石室の一部が露呈している柴又八幡神社。そして、江戸川河川敷近くに建つ和洋折衷式の木造建築・山本亭です。

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<高い樹木に囲まれた柴又八幡神社の社殿>

まず向かったのは、国分道に面する柴又八幡神社。京成柴又駅から200mほどと近いのに、境内は静まり返り、神聖な空気が満ちていました。この神社の社殿下にある古代遺跡からは、寅さんに似た、帽子をかぶる埴輪が出土。その興味深い埴輪の複製は近くの「寅さん記念館」に展示されています。

遺跡のある地は正倉院文書に記録が残る「島俣里」で、1,200年以上前に42戸の家に370人が住み、農耕生活を営んでいたとか。農民のなかに、寅さんそっくりな人がいたのでしょうか。なんとも不思議な偶然です。

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<寅さん記念館に展示されている埴輪の複製>

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<柴又八幡神社社の遺跡から出土した人骨は社殿裏に築いた「島俣塚」に納められています>

柴又八幡神社で柴又のルーツに触れたあと向かったのは山本亭。柴又帝釈天の塀を横目に江戸川河川敷方向に歩いていくと、この仏教寺院の大きさに驚かされます。それだけ柴又帝釈天は地域の中心的存在なのでしょう。陽が傾く時間帯は白い塀に現れる光の陰影が劇的。晴れた日にこの道を歩いていると、私は陶然とした心地になります。

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<柴又帝釈天の塀>

山本亭のパンフレットによれば、この建物はカメラ部品を製造する山本工場の創立者・山本栄之助さんの自宅だったとか。カメラ好きな私としては、カメラづくりに携わる人がこんな立派な邸宅を建てることができた事実に興味を覚えたのです。

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<山本亭の外観>

書院造に西洋建築の意匠を取り入れたモダンな建物は1階が120坪、2階が15坪、そして270坪の書院庭園。この広大にして瀟洒な住居は関東大震災の後、浅草からこの地に移築されたそうです。いかに、山本さんが事業に成功した人物だったのか想像し、美意識の高さに感服しました。ちなみに、山本工場は今も柴又に本社を構え、カメラのシャッターをはじめ、金属プレス加工のスペシャリストとして高い技術力を誇る企業です。

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山本亭のリビングルーム。和室6部屋のうち2部屋は、床の間、違い棚、明かり障子、欄間で構成される伝統的な書院造。大きなガラス戸は自然光をたっぷり室内に呼びこみます。

3. 大都市近郊の低地開発の歴史を伝える空間

1と2を取り巻くエリア。近世以前は主に水田として利用され、近代以降には大都市近郊の住宅として開発された空間。江戸時代に開削された用水の痕跡が残ります。

山本亭の門を出ると、江戸川の河川敷は目の前。そこに上ると、水辺の開放的な景色が展開します。山本亭方向を見渡すと、町並みを眺望できます。柴又は縄文時代に海が後退する過程で、海岸線付近に土砂が堆積して陸化した地域。低地に嶋のような高まり(微高地)ができたため「嶋俣」と呼ばれ、「柴又」に地名が転訛したそうです。

この町は利根川の本流・太白川(江戸川)が流れ、河床が浅いために渡河の場となり、水上交通と陸上交通が交差する交通の要衝地として機能。嶋状の微高地は水田を耕す農村となりました。都内で唯一残る手漕ぎ舟による「矢切りの渡し」、高い建物が少ない調和のとれた町並み。河川敷から町と川を眺めると、いにしえの町の痕跡を今も残しているように感じました。

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江戸川河川敷から旧農村地域を眺めると、高い建物が少なく、空が高く感じられる町だと気づきます。

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寛永8年(1631年)に始まった渡船場「矢切の渡し」。江戸の景色を彷彿とさせる情趣が漂います。

近世以前は主に水田として利用された第3(大都市近郊の低地開発の歴史を伝える空間)のエリアには、大規模な金町浄水場があり、19世紀以降の大都市近郊における低地開発の歴史を伝える空間になっています。河川敷を金町方向に歩くと、巨大な浄水場のスケールに圧倒されました。

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<大正15年(1926年)から、江戸川の原水を安心して飲める水道水にするための処理をおこなう金町浄水場>

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<江戸川の流水を取り入れ、金町浄水場内へ導水する取水塔のひとつ。三角形のとんがり帽子の屋根をもつ、この愛らしい外観の第2取水塔は昭和16年(1941年)に完成。映画『男はつらいよ』にも登場しています>

金町に近い江戸川河川敷で名物のとんがり帽子の給水塔を見たあとは、再び柴又に戻り、水田地帯だった低地の町なかを散歩しました。グーグルマップを頼りに目指したのは「柴又とまり木児童公園」。この公園の近くで江戸時代に開削された柴又用水の痕跡が残っているのです。

やや土地が高い柴又は昔から農地での水の利用に苦労が絶えず、天保6年(1835年)に小岩用水から分岐する用水路が引かれ、窮状が克服されたそうです。柴又用水は現在、幅の狭い路地になっていて、小さな橋があった所には橋の名を刻んだプレートが設置されています。この用水周辺は東京の伝統的下町でもなく、純粋な農村でもない。親密な地域コミュニティが残る農村の特色をもちつつ都市へ発展した地域なのだとか。路地からホッと温かな印象を受けるのは、住民どうしのつながりが強い土地だからなのでしょうか。

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<柴又用水だった路地。ウエットな水の気配をどことなく感じます>

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<橋の存在と位置を示すプレート>

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<柴又用水跡を歩く猫。写真を撮っていたら、足元にも別の猫がすり寄ってきました>

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<さらに柴又用水路跡を進むと、今も水が流れる京成柴又駅前に出ました。ここにも猫が!>

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<柴又八幡神社社の境内にある柴又用水の石碑>

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<柴又の文化的景観を構成するエリアマップ>

柴又観光の中心地である第1のエリア(1)より広域を歩いてみると、柴又になぜ強く惹かれるのか理解できる気がしました。独特の情緒を留め、情の厚い住民が暮らす町。

そして、水の気配が濃厚な土地。私が惹かれ求めるものが今もたいせつにされている町。国の重要文化的景観に選定されたことで、景観の維持はいっそうはかられていくことでしょう。

開発を繰り返す東京において、柴又のように町全体の景観と美点を残していこうという動きはとても珍しいケースだと思います。ヨーロッパの旧市街地のように、古きよき町並みを継いでいく心構えと英断、実践をほかの町もぜひ習って欲しいと願います。

  • 参考文献・資料:『葛飾区史跡散歩』(学生社)、葛飾区資料『葛飾柴又の文化的景観保存計画』
  • 参考サイト:葛飾区区政情報 

寅さん記念館

  • 住所:東京都葛飾区柴又6-22-19
  • 電話:03-3657-3455
  • 開館時間:9:00~17:00(なるべく閉館30分前までに入館を)
  • 休館日:第3火曜(祝日・休日の場合は開館。直後の平日が休館)、12月第3火曜・水曜・木曜 ※年末年始も営業
  • 入館料(山田洋次ミュージアムとの共通券):一般500円、児童・生徒300円、シルバー(65歳以上)400円

※寅さん記念館&山本亭のセット料金は一般550円、シルバー450円

葛飾区 山本亭

  • 住所:東京都葛飾区柴又7-19-32
  • 電話:03-3657-8577
  • 開館時間:9:00~17:00
  • 休館日:第3火曜(祝日・休日の場合は開館。直後の平日が休館)、12月第3火・水・木曜 ※年末年始も営業
  • 入館料:100円(中学生以下、障害者手帳をお持ちの人は無料)

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東京佃島生まれ育ちの江戸っ子。旅行ガイドの編集者。
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