

シンガポール料理と聞いて、何を思い浮かべますか。多くの方は、まずチキンライスを挙げるのではないでしょうか。
けれども、現地の人たちが朝ごはんにも、ランチにも、夜食にも気軽にすするもう1つのソウルフードがあります。
それが、エビの出汁とスパイス、ココナッツで仕立てたスープ麺「ラクサ」です。
2026年9月、そのラクサに特化した小さなお店が、神田・淡路町エリアの一八通り沿いにオープンしました。渋谷のシンガポール料理店「SINKIES(シンキーズ)」の2号店、「SINKIES LAKSA STAND」です。
とはいえ、
- ラクサって、そもそもどんな料理なんだろう
- 辛いの?甘いの?日本人の口に合うのかな
- シンガポールでは、どんなふうに食べられているの?
こんな疑問をお持ちの方も多いと思います。
そんな方に向けて、海外グルメマニアのオグが、シンガポール出身のオーナー、タン・ミンチュアン(Min Quan Tan)さんに取材をさせていただきました。
本記事では、ラクサがシンガポールでどのように親しまれているのかをはじめ、ラクサ専門店が生まれたきっかけ、神田を選んだ理由、スープ・麺・具材へのこだわり、そして今後の展望まで詳しくご紹介します。
読み終えるころには、シンガポールの屋台の一杯を味わいに、神田まで足を運びたくなっているはずです。
目次
- シンガポールのソウルフード「ラクサ」
- 屋台の老舗から受け継いだレシピ
- なぜ神田に?小さなスタンドを選んだ理由
- ラクサへのこだわり
- SINKIESのラクサを食べてみました
- 今後の展望──ラクサを「フォー」並みの存在に
シンガポールのソウルフード「ラクサ」
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日本ではカップ麺のイメージが強いラクサ。まずは、本場シンガポールでどんな存在なのかを見ていきましょう。
エビの出汁、スパイス、ココナッツ
そもそもラクサとはどんな料理なのか。タンさんに聞くと、答えは明快でした。
「簡単ですよ。スープ麺で、スープのベースはエビの出汁、スパイス、ココナッツ。この3つがあればラクサです」
辛さは、辛くても中辛くらい。ココナッツが入っているため、ほんのりとした甘みもあります。
朝も昼も夜も、理由はいらない
ラクサは、シンガポールの人たちにとってのソウルフードであり、屋台料理です。
「ラクサを食べるのに、理由なんていりません。朝ごはん、ランチ、夕飯、夜食。いつでも食べます」
それほどカジュアルな料理なのです。
屋台は「ホーカーセンター」に集まっている
「自分で料理するより、おいしくて、安くて、早い。だから小さいころから、ほとんど屋台で食べています。外食のうち、屋台が7割くらいですね」とタンさん。
屋台料理といっても、私たちが想像するような路上の屋台はシンガポールにはありません。衛生面を重視する政府が屋台を屋根の下に集め、フードコートのような「ホーカーセンター」にまとめているのです。
多くの人が政府の建てた集合住宅に住んでいて、家から500m以内にはたいていホーカーセンターがあるそうです。シンガポールの暮らしにとって、屋台は非常に便利な存在です。
シンガポールのラクサ、店ごとの違い
シンガポールのラクサは、基本的にどこもエビの出汁・スパイス・ココナッツのスタイルです。店ごとの違いは、主に次の2つだといいます。
- 麺: 太いビーフン(米粉の太麺)、細いビーフン、中華麺など、どの麺を使うか。太いビーフンの場合は、ハサミで短く切ってあるかどうかでも違いが出ます。
- 風味の濃さ: エビの出汁、スパイス、ココナッツのそれぞれを、どのくらい強く効かせるか。
ハサミで短く切った麺は、レンゲだけで食べられるため、便利で、エプロンもいりません。
ちなみに隣のマレーシアでは、ココナッツを使わないラクサや、エビではなく魚がベースのラクサもあり、種類がとても多いと聞くそうです。
ラクサは「多民族国家」そのもの
では、シンガポール料理とはどんな料理なのか。タンさんに聞くと、「ひと言で表すのは難しい」という答えが返ってきました。
「シンガポールは多民族国家です。中華系、インド系、マレー系、そしてヨーロッパ人とアジア人のルーツを持つユーラシアン。4つの民族がつくった国の食文化は、簡単には説明できないのです」
ラクサの一杯にも、その特徴が詰まっています。どんぶりの中で、中華系の食材、マレー系のスパイス、そして独自のプラナカン文化が1つに溶け合っているのです。分解してみると、次のようになります。
中華系がもたらした麺と具材
ラクサに使われる太い米粉の麺は、中国南部から渡ってきた移民がもたらしたものです。厚揚げや練り物、もやしといった、中華料理で古くから使われてきた具材も入ります。これらがスープの旨みをたっぷりと吸い込みます。
マレー系の香りと深み
スープの土台になるのは、レモングラスやガランガルなど、東南アジアの香辛料をすりつぶしたスパイスペーストです。ここに、マレー料理に欠かせない濃厚なココナッツミルクが加わります。小エビの発酵ペーストも、スープに強いコクと香りを与えます。さらに、赤貝の仲間「ブラッドコックル」が磯の風味を添えます。
2つを結びつけたプラナカン文化
これらの食文化を融合させたのが、中国系移民と地元のマレー系住民の間に生まれた「プラナカン」の人々です。中華の食材を、マレーの調理法とスパイスで煮込む。異なる背景を持つ人たちの知恵から、ラクサは生まれました。
屋台の老舗から受け継いだレシピ
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シンガポール料理店がなぜ、ラクサ1本の専門店を始めたのでしょうか。ここからは、お店が生まれたきっかけを見ていきましょう。
原点は、ラクサの老舗から託されたレシピ
タンさんが飲食の世界に入ったきっかけは、シンガポールのラクサの老舗からレシピを譲り受けたことでした。
「そのレシピを使って何かを作りたい。その気持ちで日本に来たんです」
こうして渋谷に開いたのが本店の「SINKIES」です。本来はラクサを中心にしたお店になるはずでした。ところが「欲張りで、いろいろやりたくなってしまって」と、シンガポール料理全般を出すことになったといいます。
全注文の約4割がラクサ
いろいろな料理を出す中で、一番注文されているのは、やはりラクサでした。その割合は、全料理の約4割にのぼるそうです。
「ラクサという料理には、ちゃんと需要がある。今度こそ、きちんとした専門店を作ろうと思ったんです」
そうして生まれたのが、この「SINKIES LAKSA STAND」です。
名前は聞くけれど、実はよく知らないラクサ
アジア料理の中でも、シンガポール料理はまだまだマニアックな存在です。
「日本人が聞いたことのあるシンガポール料理は、だいたいチキンライスとラクサくらいなんです」
チキンライスの専門店はすでに都内にいくつもあります。一方で、ラクサの専門店はまだほとんどありません。名前は知られているけれど、どんな料理かはまだあまり知られていない。だからこそ、ラクサで勝負する意味があったといいます。
なぜ神田に?小さなスタンドを選んだ理由
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お店があるのは、淡路町・小川町・神田の各駅から歩ける一八通り沿い。御茶ノ水からも徒歩圏内です。周辺には飲食店が多く、平日はオフィスワーカーの姿が目立ちます。
カレーの街は、スパイス料理の街
この場所を選んだ理由の1つは、「スパイス料理」というジャンルでした。
「神田といえば神田カレーグランプリがありますよね。カレーをはじめ、スパイスを使ったアジア料理がもともと根づいている地域なので、スパイス料理で戦えそうな気がしたんです」
銀座や新宿といった王道のエリアでも物件を探しました。最終的な決め手は、広さと家賃のバランス。半地下という物件の条件もあって、家賃を抑えられたといいます。
リスクを抑えて、まずは小さな箱から
「日本人にはまだ馴染みの薄いラクサ1本で勝負するので、リスクを抑えて、小さな店からスタートしたかったんです」
入居したのは、もともと麺料理店だった物件。設備はかなり傷んでいたため改装しましたが、麺料理店ならではのレイアウトはそのまま活かせたといいます。
夜はデリバリーにも力を
オープンしてみて意外だったのが、夜の人通りの少なさでした。
「このあたりは、目当てのお店があって来る人以外はあまり通らないんです。ファンがついているお店でないと、夜はガラガラになってしまう」
夜も通常どおり営業していますが、夜の来店が見込めるようになるのはまだ先と考えているそうです。当分の間、夜はUber Eatsやロケットナウなどのデリバリーを中心にしていく予定です。
ラクサへのこだわり
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ここからは、スープ・麺・具材のそれぞれに込められたこだわりをご紹介します。
目指すのは「3つのバランス」
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ラクサの味は、ココナッツの濃さやスパイスの効かせ方で店ごとに大きく変わります。タンさんが都内のラクサを食べ歩いた感覚では、東京ではココナッツ強めのクリーミーなタイプが主流。エビとスパイスは脇役に回っている印象だそうです。
この店のラクサは、スパイスの味がはっきりしています。それでいてココナッツの風味もしっかり残り、エビの風味も出ている。3つのどれもが主役として感じられる味です。
その原点にあるのは、レシピを教えてくれた屋台の味。屋台のラクサは全体に味の主張がやや軽めでしたが、3つの比率は同じです。SINKIESでは、その比率を守りながら、それぞれを少しずつ強めに出しています。
シンガポールでも最近は東京と同じく、クリーミーなラクサが人気だといいます。それでも現地のラクサには、スパイス感がしっかり残っている。そこが、シンガポールと日本のラクサの違いだそうです。
「スープ作りで大事なのは、何をどこまで入れるかというバランスです」
日本人の口に寄せすぎず、本来のバランスを大切にしているのが、この店のラクサです。
味の決め手は、90分火入れするスパイスペースト
仕込みの中で一番重要なのが、スパイスペーストです。
使うのは、レモングラスやガランガルなど、シンガポールを含む東南アジアでよく使われる生の香味野菜。これらを細かく刻み、ミキサーにかけてペーストにします。火を入れずにそのまま使うと青臭さが残ってしまうため、90分かけてじっくり火を入れています。
現地では使わない「鶏ガラ」という工夫
スープのベースには、現地とあえて変えている部分があります。それが鶏ガラです。
「現地のラクサは魚介の出汁だけで、鶏ガラは使いません。でも、もう少しコクを出したかった。それをココナッツでやると、ただのココナッツ味になってしまうんです」
鶏ガラにニンジンやタマネギなどを合わせてベースを作り、スパイスペーストとココナッツを合わせて完成です。鶏ガラを加えることで、ココナッツの風味はそのままに、スープに厚みが生まれるといいます。
実は、渋谷の本店のラクサとの違いも、この鶏ガラを入れているかどうかなのだそうです。
食べる側からは見えない部分ですが、一杯の奥行きはこうした手間から生まれているのです。
中華麺とビーフンの「ミックス麺」
麺は、中華麺(黄麺)と細いビーフンの2種類を合わせています。
現地で1種類の麺で食べるなら、主流は米粉の太麺。ただ、日本ではなかなか手に入りません。そこで、現地で次に人気な「ミックス麺」のスタイルを採用しました。
シンガポールでラクサを出す屋台は、たいていほかの麺料理も一緒に出しています。だから麺も何種類も用意していて、組み合わせが選べるのだそう。中でも一番人気が、中華麺とビーフンの組み合わせです。
食感の違いが楽しめるうえ、細いビーフンはスープがよく絡みます。1種類の麺で食べるのが当たり前の日本人にとっては、新鮮な体験になるはずです。
具材にも、現地の味を再現する工夫
具材は、現地の定番を日本の食材で再現しています。
- 厚揚げ: 現地で使う分厚い揚げに一番近いものとして、栃尾揚げを使用。スープをたっぷり吸い込みます。
- エビ: 実は現地では、高級店やホテルでもない限りエビは入らないそう。エビの出汁のスープと相性がいいことから、あえてのせています。
- ハマグリ: 現地でのせるブラッドコックル(小ぶりの貝)の代わりです。ブラッドコックルは東京では手に入らず、本店では一時期カキで代用していましたが、夏場は敬遠されがちだったため、誰でも食べやすいハマグリに落ち着きました。
他店ではなかなか出会えない「ラクサリーフ」
そして、この店ならではのこだわりが「ラクサリーフ」です。刻んでのせるハーブで、ベトナムミントやベトナムコリアンダーとも呼ばれます。日本のラクサ店ではめったに見かけません。
ちなみに、日本ではラクサにパクチーをのせる店もありますが、現地でパクチーを使うところはないそうです。
「ラクサリーフがないと、ラクサ感が足りないんです」とタンさんは言います。
材料は日本国内で、現地と同じものを調達
食材は現地から直接取り寄せるのではなく、日本国内で調達しています。シンガポールからの輸入は手続きが複雑で、コストもかさむためです。
もっとも、国内の業者がシンガポールや東南アジアから仕入れている品なので、物自体は現地と変わりません。違いは仕入れのロットが大きくなることくらい。ラクサリーフは一度に10kg単位で仕入れ、保存しながら少しずつ使っているそうです。
SINKIESのラクサを食べてみました
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では、実際にどんな味なのでしょうか。今回は、お店の看板メニュー「SINKIES LAKSA」(1,350円)をいただきました。
運ばれてきた瞬間は、麺が見えないほど具材がたっぷり。スープをひと口飲むと、エビをはじめとする魚介のまろやかさとコクが広がり、なめらかな口溶けのあとから、追いかけてくるように辛みがやってきます。
都内で食べたほかのラクサと比べても、ココナッツの甘さは抑えめ。タンさんの言う「3つのバランス」を、そのまま舌で確かめられる一杯でした。
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喉越しのよい麺は、具材やスープと見事に絡み合います。具材は、野菜はしっとり、エビやハマグリはぷりっと、卵は卵黄の濃厚さ、揚げは伸縮性のある食感。どれも食感が違い、口の中でいろいろな感覚が混じり合って、最後まで飽きがきません。
締めはジャスミンライスで
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締めには、ジャスミンライス(並 100円)を。残ったスープにご飯を浸して、雑炊のようにいただきます。
味の主張がしっかりしたスープだけに、ご飯が進みます。
実はこの食べ方、現地の屋台では存在しないそうです。
「屋台では、麺を売る店は絶対にご飯を置かないんです。ご飯が欲しければ、ほかの店で買って自分で入れるしかありません」
ただ、タンさん自身には思い出があるといいます。
「小さいころ、祖母の家でよくラクサが出たんです。でも麺が大嫌いで。スープと具だけをもらって、自分でご飯を入れて食べていました」
ラクサが初めてなら、どれを選ぶ?
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スープはどのメニューも共通です。タンさんによると、初めての方には店のスペシャルティである「SINKIES LAKSA」がおすすめ。お店が考えるラクサの具材がもっとも多く入っていて、どの具材もスープと相性がいい、いろいろな楽しみがある一杯です。
もっともシンプルなのは、ハマグリと野菜だけのラクサです(LAKSA 1,000円)。
「スープのおいしさはどれも変わらないので、迷ったらどれを選んでも大丈夫です。気に入ったら、次はSINKIES LAKSAを食べてみてください」
今後の展望──ラクサを「フォー」並みの存在に
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オープンしたばかりの「SINKIES LAKSA STAND」ですが、目標はとても大きなものでした。
目指すは「ラクサスタンド100店舗」
「ラクサスタンドを100店舗にするのが、私たちの目標です」
タイ料理やベトナム料理は、日本でもすっかり定着しました。フォーの専門店も珍しくなく、「フォーって何?」と聞かれて答えられる人も多いはずです。ラクサも、それくらい知られた料理にしたいといいます。
東京はあくまでスタート地点。直営で広げるのか、フランチャイズにするのかはまだ決めていないそうで、品質を保つために何を優先するか、これから考えていくとのことです。
店ごとに「店長のオリジナルラクサ」を
もう1つ、タンさんが温めているアイデアがあります。
「100店舗になったとしても、定番メニューはもちろん全店にあります。そのうえで、それぞれのお店に店長オリジナルのラクサがあったら面白いと思うんです」
全国のラクサスタンドをめぐって、その店の店長が「これがおいしいラクサだ」と考える一杯を食べ比べる。そんな楽しみ方ができる日が来るかもしれません。
お店から読者へのメッセージ
最後に、これからラクサを食べてみようという方へのメッセージをいただきました。
「ラクサは、深みがあって、いろいろな味の層がある料理です。スープを飲むと、まずエビの香りがして、口の中にはクリーミーさがあって、飲み込んだら喉に辛さが残る。そんな、次元のある料理を試してみたいと思ったら、ぜひいらしてください」
シンガポールを旅したことがある方は、あの日の屋台の記憶を。これから旅する方は、ひと足早い予習を。神田の小さなスタンド「SINKIES LAKSA STAND」で、シンガポールの一杯を味わってみてはいかがでしょうか。
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「SINKIES LAKSA STAND」の店舗情報:
- 店名:SINKIES LAKSA STAND
- 住所:東京都千代田区神田司町2-16-10
- アクセス:東京メトロ丸ノ内線「淡路町」駅より徒歩4分
- 営業時間:月〜土 11:00〜15:00、17:00〜22:00
- 定休日:日曜日
- 決済方法:現金のみ(キャッシュレス決済は2026年10月現在 準備中)
- 公式Instagram:@laksastand
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