心と体に効くチベット料理と文化

おいしいチベットの伝統食で体と心が悦び、現地事情や奥深い文化などの情報を知り、知識欲も深く充たされる。そんな素晴らしい経験ができる、稀少な一軒を紹介します。

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靖国通り、防衛庁前のチベットレストラン&カフェ「タシデレ」。店内外に祈りの旗が掲げられています。「タシデレ」はチベットの挨拶の言葉で「こんにちは」「さようなら」、お正月には「おめでとう」の意味

チベット工藝に惹かれて

私は四ツ谷坂町の「タシデレ」の扉を昨年はじめて開き、チベットの風土や人、文化に惹かれていくのですが、そもそもはチベットの工藝品への強い関心が訪問のきっかけでした。2年ほど前のこと。チベットをはじめ、インド・ラダック、ネパールなどチベット文化圏を毎月のように旅しては、街なかや民家から古くて美しい工藝品を見つけてくる骨董商KIHACHI(インスタグラム名:kihachi.antique)さんに出会いました。ターコイズやサンゴの装飾品、十字文様のある布、バター茶を呑む器、日常食のツァンパを保存する容器、チベット仏教の仏具など、庶民や僧侶が身に付けたり、用いるもの。長年、使いこまれることで表出する味わいはもちろん、純粋な祈りがこめられた物特有のかたちや佇まいに魅せられました。圧倒的な存在感を放つ物。それらは、いったいどのような所で、どんなくらしを支えてきたのか、知りたいと思うようになったのです。

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宇宙的なパワーが宿るとされる十字文様「ティクマ」のあるスカート

牧畜民のくらしに魅せられる

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<東北チベット(アムド)の牧畜民女性と仔ヤク。撮影:別所裕介さん>

チベットのくらしを知りたいと願う私は、昨年「タシデレ」で催されたイベント『ヤクとミルクと女たち--チベット牧畜民のくらし』に参加。標高3,500mほどのチベット高原で、毛の長い牛・ヤクや羊とともに生活する家族を調査し、牧畜民の一日を映像、豊富な写真と解説で伝える内容です。しぼりたてのミルク、濃厚なヨーグルト、新鮮なバター、干しチーズを自給し、ヤクや羊の毛を手織りする。私たちが当たり前に利用する電気、水道、ガスがない大地ですが、心豊かにくらす姿に心揺さぶられました。調査を行ったのは、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授・星 泉さんたちのチーム。私は星さんが解説する、この映像を観てチベットへの関心がさらに高まり、旅したくなりました。

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チベット語の文法研究のかたわら、チベットの文学や映画を翻訳、紹介する活動に携わる星 泉さん。現在、チベット牧畜民が話す言葉の辞書を制作中。手にするのは編集長を務める『チベット文学と映画制作の現在SERNYA(セルニャ)』

二人のチベット

チベット人の黒木露讃(ロサン)さんと一緒に「タシデレ」を営む黒木奈津子さんに、星さんたちが企画したイベントを称賛すると、別の店で催されるトークイベント『二人のチベット』を案内されました。星さんと、チベットの自然や文化をモチーフにした絵画を制作する安樂瑛子さんが、チベットの旅をテーマに対談するというもの。「ぜひ」と勧める奈津子さんに背中を押され、足を運んだのです。

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『汗と涙と煩悩のチベット・ネパール・インド絵日記』(著書:安樂瑛子さん、版元:書肆侃侃房)の刊行記念トークイベント。会場は台東区寿の「Readin'Writin'」(HP : http://readinwritin.net/)

ガイド付き個人ツアーでチベットのほか、チベット文化圏のネパールとインド、一か国につき、1週間の旅を2回して、その体験を絵日記に描き残し、一冊の本にまとめた安樂さん。独自の視線や好奇心、探求の熱情が満ちあふれ、細やかで深い情報に圧倒されました。「普通の人が行くツアーで、普通の人が思いつかないようなやり方で記録している」とは星さん。安樂さんの旅を的確に評していました。

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スケッチブックに心惹かれたことを克明に記録した安樂さんの絵日記。現地での興奮が冷めないうちに描くのが大事だそう。安樂さんのHPはhttp://eeaa0714.wixsite.com/eiko-anraku インスタグラムはeiko_anraku_painter

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安樂さんの著書と、紙の上でチベットを旅行できる『チベットすごろく』

目で写真を撮る

安樂さんは日中、小さいノートを持ち歩き、出来事をメモし、後でスケッチブックにボールペンと水彩色鉛筆で絵日記を描いています。そのさい、撮った写真で正確な色を確認しますが、絵自体は記憶をもとに描いているのだとか。風景を自分がどう感じたのかしっかり記憶。「目で撮って頭のなかの写真フォルダに保存しておく」そうです。無意識に写真を撮ると安心して風景を忘れてしまいがちだけど、しっかりと見てとらえ、記憶に残すことで、その時の空気、街の様子をあとで思い出すことができるといいます。

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安樂さんの絵画作品。チベットの祈祷旗に描かれる風の馬「ルンタ」や、架空の動物「スノーライオン」などがモチーフ

一方、チベット牧畜民の言葉をフィールド調査している星さんは、カメラのシャッターを切った日時を記録メモの脇に書き残すことにより、あとで写真とメモを照合しているそうです。

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星さんのメモ帳。時間軸で調査内容を確認できるよう工夫されています

チベットの文化センター

「タシデレ」はチベット料理店ですが、チベット文化の情報発信拠点にもなっています。チベット関連イベントのチラシ、チベットがテーマの本や写真、品物が置いてあって、チベットをよく知る人も、知らない人も楽しめる空間。識者を招いてのイベントにより、貴重な知識も得られます。チベット仏教や医学、チベット語の講座、チベット伝統音楽のライブ、チベット映画の上映もおこなわれています。

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タンカ(仏画)が飾られる広い店内。旅行説明会の会場として利用されることもあるそうです

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チベットについての本が選び集められ、自由に読むことができます。新刊本も扱っています

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チベットにまつわる品物を販売。これは日本人作家によるフェルト人形

大らかな空間

星さんたちが企画したイベントに参加した後日、「タシデレ」で食事を楽しもうと訪ねたとき、店主ロサンさんのお客さんへの接し方に感心しました。満席の店内でひとり料理や飲み物を運びながら、お客さんへの細やかな気配りをにこやかにしている。ごく自然体で穏和な雰囲気を空間にもたらしているように感じました。食後、すぐに席を立たず、ゆったりと過ごしているお客さんも多く見かけたのですが、それは店の居心地のよさからくることであり、その空気はロサンさんが醸し出しているのだろうと想像しました。

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チベットの伝統服「チュバ」をまとう二人。お客さんの対応をする黒木露讃(ロサン)さんと、イベントに関わることと営業関係を担当する黒木奈津子さん

やさしい料理

私が「タシデレ」で最初に口にしたのは、代表的なチベット料理「ビーフモモ」でした。チベット人シェフが手づくりしている皮はもっちりと厚く、見た目は似ている小籠包(ショウロンポウ)よりもずっと食べごたえある食感。自家製のピリッと辛いソースをつけて一皿食べると、お腹は幸せに満たされました。化学調味料は用いず、シンプルに調理した料理は体にやさしい印象。食べる人のことを気遣う心を感じます。そうした、体が悦び、心に響く料理は食後に心地よい余韻を長く残すものですが、チベット料理は加えて、腹持ちも佳いのです。外での食事でそう感じる料理に出合ったのははじめてでした。

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粗びき牛肉あんの蒸し料理「ビーフモモ」

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チベットの日常食で、バター茶と一緒に口にする「ツァンパ」。煎った大麦の粉にバターとヤクのチーズ「チュラ」を混ぜ、後発酵茶で煎れたバター茶と一緒にいただきます。固めたときの形は「パー」と呼ばれるとか

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モモはお正月や特別な時に作るご馳走。タシデレでは3種類の味のモモを、形を変えて作り分けている

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キャベツなどの野菜とチーズを包み、ヘルシーな「ベジチーズモモ」

取材中、「タシデレ」のチベット料理で感じた「やさしさ」と、食後においしさの余韻が長く続くことを黒木奈津子さんに伝えると、近年注目されている野菜の栄養素や健康に与える効力など、食材について深いところへ話が及びました。ことさら食の考えを謳わないこの店に、そんな見識をもち、食を大事に考える奈津子さんが控えている。穏やかな口調の背後に、やさしさとおいしさの理由がひそんでいる気がしました。

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小麦粉を練った生地を、スープにちぎり入れて野菜と一緒に煮こむ「テントゥク」。日本のすいとん・ほうとうに似た家庭料理で、野菜の滋味がじんわりと体に沁み入ってきます

映画で知るチベット

昨年末、「タシデレ」で前売り券を入手し、映画『ラサへの歩き方』のアンコール上映を観ました。チベット語映画としては異例のヒットを記録した作品。当日は入場制限されるほどの盛況に。私は無事席が取れ、鑑賞できました。チベットの小さな村から聖地ラサ、そして聖地カイラス山まで両手・両膝・額を地面に投げ伏して祈る「五体投地(ごたいとうち)」で巡礼する11人の村人たちの物語。聖地まで2,400kmを1年かけて巡礼する行為は過酷に思えますが、村人は満ち足りた顔をしている。常に他者への敬意と思慮を欠かさない。その清らかな姿と言動に心打たれ、効率や損得にとらわれがちな自分の心のあり方を見つめ直したのでした。

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「五体投地」で巡礼する村人。映画はチベットのくらしの細部を、ありのままに伝えます。

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トラクターでテントを運びキャンプしながら進む。日本語の字幕監修は星 泉さんが担当

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観るたびに新たな気づきがある作品。アンコール上映は2月2日で終わってしまいましたが、DVDが発売されていますので、何度も鑑賞したいと思います。DVDは価格4,800円、発売元・販売元:シネマクガフィン|紀伊國屋書店

『ラサへの歩き方 祈りの2400km』/配給:ムヴィオラ 公式HP : http://www.moviola.jp/lhasa/

『草原の河』を上映

昨年、神保町の岩波ホールで上映され、大きな話題を呼んだチベット人監督による映画がありました。海抜3,000mを超えるチベット高原で半農半牧のくらしを営む一家を主人公にした作品『草原の河』です。主演の少女を演じたヤンチェン・ラモさんは上海国際映画祭で、アジア新人賞・最優秀女優賞を最年少で受賞しました。私はこの映画を公開当時に見逃したことを後悔していましたが、「タシデレ」でも2月に上映されることを知り、喜びました。この作品をあの場所で観ることが、自分には意味のあることのように思えます。「タシデレ」の縁でめぐりあう幸運。感謝しつつ、これからも、その導きに引かれ、チベットをよりよく知っていきたいと願っています。

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撮影開始時は6歳だった主演のヤンチェン・ラモさん ©GARUDA FILM

『草原の河』/2月17日(土)15:00~「タシデレ」にて上映。バター茶かチャイのどちらかワンドリンク付きで料金1,000円。予約はお店まで。配給:ムヴィオラ 公式HP : http://www.moviola.jp/kawa/

チベットレストラン&カフェ タシデレ

住所:東京都新宿区四谷坂町12-18 永谷ビル1階
電話:03-6457-7255
営業時間:平日ランチ11:00~15:00(ラストオーダー14:30)、平日ディナー17:00~22:00(ラストオーダー21:30)、土曜・日曜・祝日11:00~22:00(ラストオーダー21:30)
定休日:水曜(祝日の場合は営業/翌日代休)
メールアドレス(予約):tibetrestaurant@tashidelek.jp
Facebook: tashidelektokyo

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ヤスヒロ・ワールド

東京佃島生まれ育ちの江戸っ子。旅行ガイドの編集者。
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