たびこふれ

ローマ観光で立ち寄った「チルコ・マッシモ」と「パラティーノの丘」

  • Facebook シェア
  • twitter シェア
  • はてなブックマーク  シェア
  • google+ シェア
  • LINE シェア

記事投稿日:2015/03/26
最終更新日:2017/09/20

Views:

ローマの七丘で最も古い丘「パラティーノの丘」と、かつて競技場であった壮大な広場「チルコ・マッシモ」、そして有名な"真実の口"を見てきました。

コロッセオと凱旋門を見たら、パラティーノの丘にもぜひ

緑に囲まれた、古代ローマの遺跡
写真:緑に囲まれた、古代ローマの遺跡

古代ローマ時代の都市の基礎を築いた「ローマの七丘」に数えられる「パラティーノの丘」は、丘の中で最も歴史が古いとされています。

英雄や階級の高い人々が集まる場所でした
写真:英雄や階級の高い人々が集まる場所でした

かつて、ローマ建国の英雄ロムルスとレムスがこの丘に住み、続いて貴族階級の人々の邸宅や、歴代の皇帝が宮殿を建てたといういわれから、この地の名前であるパラティーノ(パラティヌス)はイタリア語や英語の「宮殿(伊:Palazzo、英:Palace)の語源となったそうです。

今でいうと、高級住宅街のような形で住居が集まったようです。
写真:今でいうと、高級住宅街のような形で住居が集まったようです。

かつては競技場だった「チルコ・マッシモ」

パラティーノの丘の手前に広がるのが、古代ローマ時代に最大の戦車競技場として利用されていた「チルコ・マッシモ」です。パラティーノの丘とアヴェンティーノの丘に挟まれる形で、全長約621m、幅約118mの広大な土地が広がります。

現在は、緑豊かでのどかな雰囲気
写真:現在は、緑豊かでのどかな雰囲気
川沿いのような雰囲気です
写真:川沿いのような雰囲気です

チルコ・マッシモには、現在でも人々が集まります

紀元前4世紀の誕生から、549年に開催された最後の競技大会まで、古代ローマの人々にとって娯楽の場となっていたチルコ・マッシモ。

古代ローマ時代は人の血が流れる場所でもありましたが、2006年のサッカーワールドカップでイタリアが優勝した際には祝勝パレードの開催地となるなど、観光スポットとしてだけでなく、現在も歴史あるコンサート・イベント会場として親しまれています。

2つのスポットを見たら、次は真実の口へ

最後に到着したのが、真実の口。日本でも非常に有名な彫刻ですが、実物はサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の外壁に飾られています。

たくさんの伝説を持っています
写真:たくさんの伝説を持っています

この顔は海神トリトーネ(トリトン)を模したもので、現在の研究では、なんと「マンホールの蓋」だったのではないか、という説があるそうです。当時の下水システム「クロアカ・マキシマ」の施設には彫刻がほどこされたものがあり、そのうちの一つだったそう。

日本でも各地でレプリカやパロディ版のオブジェが設置されていますが、ローマ観光のときはぜひ、こちらの本物も訪ねてみては

高さ、幅共に1.75mと、人間とあまり変わらない大きさです。
写真:高さ、幅共に1.75mと、人間とあまり変わらない大きさです。

基本情報

名前:パラティーノの丘、チルコ・マッシモ、真実の口(Monte Palatino / Circo Massimo / Bocca della Verità)

住所(パラティーノの丘):Via di S. Gregorio 30, 00186 Roma

プロフィール画像
この記事を書いた人
Italyii(イタリィ)編集部
  • Facebook シェア
  • twitter シェア
  • はてなブックマーク  シェア
  • google+ シェア
  • LINE シェア

記事投稿日:2015/03/26
最終更新日:2017/09/20

Views:

この記事に関連する記事

イタリアのアクセスランキング

© 2017 TabiCoffret Co.,Ltd.