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おとぎの国アルベロベッロの「トゥルッリ」へ|イタリア一人旅

〜屋根に刻まれた神秘の暗号とお上の重税に抗った知恵の物語〜
目次
- 太陽が降り注ぐ南イタリアの楽園へ。白い妖精の街が姿を現す
- 【散策の醍醐味】迷宮のような白い路地裏へ。一歩ごとに変わる街の表情
- 【新視点】お土産屋さんの屋上へ!目の前に迫る「石の屋根の海」
- 【驚きの成り立ち】「いつでも壊せる家」を建てろ!お上の重税を煙に巻いた農民の知恵
- 【謎の解明】屋根に描かれた「白い奇妙なマーク」の正体
- 【ハイライト】世界で唯一!とんがり屋根を持つ「トゥルッリ教会」へ
- 【大人の食楽】一人旅の夜を彩る、プーリア州の絶品大衆グルメ
- 【いつもの余談ですが......】脱税が生んだ「世界遺産」と、日本の建築美
太陽が降り注ぐ南イタリアの楽園へ。白い妖精の街が姿を現す
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ブーツの形をしたイタリア半島の「かかと」にあたるプーリア州。オリーブの古木が続くのどかな田園風景を抜けていくと、突如として目の前に、おとぎ話の世界から飛び出してきたかのような不思議な光景が広がります。そこが、町全体に約1,500棟もの conical(円錐形)の屋根を持つ家々がひしめく世界遺産の町『アルベロベッロ』です。
眩しいほどの白い壁、そしてグレーの平らな石を積み上げた円錐形の屋根。一人旅の途中にこの街の路地へと迷い込めば、まるで絵本の中の住人になったかのような不思議な感覚と旅情に包まれます。
>>世界遺産『アルベロベッロ』についてはこちら ※外部サイトに遷移します
【散策の醍醐味】迷宮のような白い路地裏へ。一歩ごとに変わる街の表情
アルベロベッロの最大の魅力は、地図をしまって、ただ気の向くままに白い路を歩くことにあります。特に観光の中心となる「リオーネ・モンティ地区」は、緩やかな傾斜の坂道に沿ってたくさんのトゥルッリがひしめき合っています。
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一歩足を踏み入れると、右も左も、見上げる屋根もすべてが石と漆喰の世界。手前の壁が作り出す美しい影と
太陽に照らされた奥の白壁とのコントラストが、歩くたびに万華鏡のように表情を変えます。レトロなデザインの街灯や壁を伝う緑の植物など、どこを切り取っても絵になる風景は、カメラを片手にした一人旅にはたまりません。
【新視点】お土産屋さんの屋上へ!目の前に迫る「石の屋根の海」
路地散策を楽しんでいると、お土産屋さんや職人の工房の入り口に「Panoramic Terrace(展望テラッツァ)」という案内板を見かけることがあります。店内に快く招き入れられ、細い階段を上って屋上へ出ると、そこには息をのむような絶景が広がっていました。
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地上からは見えなかった、乾いた石がウロコのようにどこまでも緻密に積み重なる「屋根の海」が眼下に広がります。
この距離だからこそよく分かるのが、屋根のてっぺんにある「ピナコロ(小尖塔)」と呼ばれる白い飾り石です。丸いもの、ピラミッド型、さらには天体を模したものなど、実は家ごとに形が異なります。これは、積み上げた石の職人(トゥルッラーロ)たちの「職人のサイン」であったり、その家に住む家族の「ステータス」を表していたのだそうです。
【驚きの成り立ち】「いつでも壊せる家」を建てろ!お上の重税を煙に巻いた農民の知恵
これほど個性的でかわいらしい建物がなぜ生まれたのか。
その背景には、中世のイタリアを生き抜いた農民たちの「涙ぐましい努力」と「驚くべき脱税の知恵」が隠されていました。
14世紀頃、この地域を支配していた封建領主アクアヴィーヴァ家は、ナポリ王国に対して多額の住居税を支払う義務がありました。領主は税金を支払いたくない、しかし労働者である農民たちをこの地に住まわせたい......。そこで領主は農民たちに、ある奇妙な命令を下します。
「税金泥棒(王国の検察官)が来たら一瞬で解体できて、家だと言い張れない『一時的な物置』のような家を建てろ」
これを受けて編み出されたのが、地元の石灰岩を泥やモルタル(接着剤)を一切使わずに積み上げていく「ドライストーン(空積み)製法」でした。王国の税金査察官がやってくるという知らせが入ると、農民たちは屋根の要石を一気に引き抜き、家を「ただの石の山」へと早変わりさせました。査察官が去っていくと、再び石を積み上げて元の家を再建したのです。お上の重税に対する、命がけの壮大な税金対策(タックス・ヘイヴン)が生み出した、究極のサバイバル建築だったのです。
【謎の解明】屋根に描かれた「白い奇妙なマーク」の正体
アルベロベッロのトゥルッリを眺めていて、最も旅人の知的好奇心を刺激するのが、屋根の斜面にデカデカと白の漆喰で描かれた様々なシンボルマークです。これらは単なる落書きではなく、当時ここで暮らした人々にとって非常に重要な意味を持つ「アポトロパイク(魔除け)の暗号」でした。
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- 宗教的なシンボル: 写真左側に見える「十字架」やハートに矢が突き刺さったようなマークは、熱心なカトリック信者であった農民たちが、家庭の平穏と神の加護を祈って描いたもの
- 天文学・占星術的なシンボル: 写真中央に見える、ハートのようでありながら上部に矢印や角が伸びているマーク。これは古代の占星術や惑星の記号などを起源とする「魔法のシンボル」と言われています。悪霊や災いを遠ざける強い魔除けの意味がありました
- 植物モチーフ:写真右側に見える植物の枝のようなマークは「生命の木」を表現しており、大地の恵みや家族の繁栄、豊かな収穫を願う意味が込められています
文字を読める人が少なかった中世の時代、屋根に描かれたこれらの白い暗号は、そこに住む家族の「お守り」であり、同時に訪問者に対する看板の役割も果たしていたのです。
【ハイライト】世界で唯一!とんがり屋根を持つ「トゥルッリ教会」へ
アルベロベッロの街をさらに上へと歩み進めていくと、この街の象徴とも言える、他に類を見ないユニークな大建築が姿を現します。それが、1927年に建てられた『サンタントニオ・ディ・パドヴァ教会(聖アントニオ教会)』です。
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通常のヨーロッパの教会とは異なり、ここはなんと教会そのものが「トゥルッリ」の形をしています。中央にそびえる主ドームの高さは21m。周囲の民家と同じく、グレーの平らな石を円錐形に積み上げて作られています。
実はこの教会、20世紀初頭に「これ以上、街に異教の建築や近代的な建物が混ざって、古き良きトゥルッリの景観が壊されないように」という、地元のアイデンティティを守る強い願いを込めて、あえて伝統的なトゥルッリ様式を模して建てられました。
※MAPですが、正確な場所とは少しずれているようなので訪れる際はしっかり場所を確認してください
【大人の食楽】一人旅の夜を彩る、プーリア州の絶品大衆グルメ
さて、歴史と建築のロマンに胸を膨らませた後は、南イタリアの豊かな大地と海が育んだ「美食」の時間です。プーリア州はイタリアきっての食糧基地。気取らない大衆食堂(トラットリア)で、極上の味覚に出会えます。
1. 職人の指先から生まれる名物パスタ「オレキエッテ」
プーリア州のパスタといえば、これをおいて他にありません。イタリア語で「小さな耳」を意味する「オレキエッテ(Orecchiette)」です。
その名の通り、日本の「耳たぶ」のように中央がくぼんだコロンとした形をしています。地元のおばちゃんたちが、親指の腹を使ってナイフの上でクルッと生地を丸める、熟練の職人技から生まれます。
定番の食べ方は、「チーマ・ディ・ラーパ(菜の花に似た少し苦味のあるお野菜)」とアンチョビ、ニンニク、オリーブオイルを絡めたソース。この耳たぶのくぼみにソースが絶妙に絡みつき、口に運べばモチモチとした極上の食感が広がります。シンプルながら、一度食べたら忘れられない奥深い味わいです。
2. 口の中で溢れ出す極上のミルク「ブッラータチーズ」
そしてもう1つの主役が、今や世界中で大人気の生フレッシュチーズ「ブッラータ(Burrata)」。実はここプーリア州が発祥の地です。
モッツァレラチーズで作られた袋の中に、細かく裂いたチーズと生クリーム(ストラッチャテッラ)がパンパンに詰まっています。ナイフを入れた瞬間、中からトロリと濃厚なクリームが溢れ出す光景は、まさに贅沢そのもの。
もぎたてのトマト、新鮮なバジル、そしてプーリア特産の香り高いエクストラバージンオリーブオイルを回しかけていただけば、濃厚なのに後味は爽やか。一人旅のディナーをこれ以上なく華やかに演出してくれます。
【いつもの余談ですが......】脱税が生んだ「世界遺産」と、日本の建築美
旅の裏コラム:日本の「かやぶき屋根」とイタリアの「石の屋根」
これまで色々な国の歴史をご紹介してきましたが、人間の知恵というのは、洋の東西を問わず同じような結論に達するのが非常に面白いところです。
アルベロベッロの「税金を逃れるために、あえて壊しやすく作った石の家」というエピソードを聞いて、私は日本の白川郷の「合掌造り」や、京都・美山の「かやぶき民家」を思い出しました。
日本の伝統的な茅葺き(かやぶき)屋根もまた、釘を一切使わずに縄と木材だけで組み上げられており、数十年ごとに村人が総出で屋根をまるごと葺き替えます。
片や「税金から逃れるため」、片や「厳しい大雪や自然のサイクルと共生するため」。理由は違えど、その土地で採れる天然の素材(石や植物)をただ「積み重ねる・編み込む」だけで、数百年もの時を超える奇跡の美を作り上げてしまう。人間の「生きるための執念」が生み出す機能美は、いつの時代も、どの国でも、最高にピカイチな芸術品ですね。
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ドルチェビータ
- 2003年より2011年までイタリア、2014年から2017年まで英国にいました。



























