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犠牲祭 「イード」 の真実!アルジェリアより密着レポート
皆さんがアルジェリアなどイスラム教の国をご旅行される際、もしこのイードと呼ばれる祝日があったら、その日はある意味忘れられない思い出になるはずです。
それもそのはず、日本語に訳すと"犠牲祭"、つまりこの日は国中で羊などを生贄(いけにえ)として捧げる日なのです。
各家々の敷地にはお肉屋さんで見かけるような姿の羊が一頭ずつ、、、そんなミステリアスで目を疑うような光景がこのイードでは当たり前になります。
かわいそう、悲しい、残酷...。もしかしたらそう感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかしながらお肉を食べる、生きるとはこういうこと。毎日スーパーで見るお肉も同じなのです。
この記事を通して、かわいそうだからベジタリアンになる、生きるためには必要なことだからしょうがない、どのように思うかは自由です。食に関して、他国の習慣に関して、異文化に関して、少しでも知っていただけることでしょう。
それでは、今回はアルジェリアよりイードの完全レポートをお届けします。
目次
イードとは
実はイードという名の宗教行事は年に2回あります。
断食期間終了後のお祭りであるイード(アルフィトル)、そして今回のテーマとなる動物を捧げるイード(アルアドハー)です。
後者のイードは、大昔から続くイスラム神話に由来し、毎年イスラム暦の12月10日から13日の4日間のことを指します。(2020年は7月30日から8月1日でした)
実際何をするのかというと、各家庭で主に羊を生贄として捧げるのです。地域によっては牛などの別の動物である場合もあります。
もちろんこの行事は必ずしなければならないという決まりはなく経済的に余裕がある家庭が基本です。特に今年はコロナ禍であったため、乗り気ではなくこの行事をやらない家庭も多くみられました。
ちなみに、捧げられた動物のお肉は貧しい人々や行事を行わなかった親戚などに分けて無駄のないようにします。
羊の場合は一応家庭に一頭ですが、親戚一同で一頭だけ買う場合も多く、自分たちに必要のない頭数は貧しい人々に生きたままあげる人もいます。
イードが近づいてくると、町のあちこちで簡易的な羊売り場が置かれ、羊の行進をよく目にするようになります。
アルジェリアでは、羊一頭の価格は日本円にして約15,000円~25,000円です。体格にもよりますが、イード直近になると選択肢が少なくなり、価格は下がります。できるだけ良い体格のものを求めて早々に見定めて買う人もいます。
しかしその後はイードまで自宅のスペースに置いておかなければなりませんので少し大変です。ちなみに、餌となる草も購入時に一緒にもらうことができます。
このようにしてイード当日まで、羊たちは各家庭で傷がつかないよう大切にされます。
食べるとはこういうこと
イード初日の朝、窓を開けると焦げ臭いにおいが漂ってきます。(捌くのは初日でなくてはならない決まりはありません。)
家庭にもよりますが、早朝から捌いている人も多くいます。そのため、あたりを見渡すと既にお肉屋さんで見るような羊肉があちらこちらでぶら下がっているのが見えます。
そう、捌くのは自分たちでやらなければなりません。力仕事にもなるので男手がいない場合は親戚やお隣さんに手伝いに来てもらうこともあります。
当日まで大切にしてきた羊を庭などのスペースに移動させ、数人で暴れないよう足を縛ります。そしてここからは何の戸惑いもなくナイフで喉を切ります。
さっきまで動いていた羊が自分たちの手によってかけられるこの光景は日本人にとってはかなりの衝撃かもしれません。
しかしながら「食べる」、そして「生きる」ためには必ず行われていることなのです。
実はこの喉を切る方法がハラールと呼ばれるイスラム教の屠殺方法となります。
この方法は喉を切ることによって他の方法より時間をかけることなく屠殺することができる、つまり動物が苦しむ時間を少なくできる方法といわれ、この方法で屠殺された動物がハラール食品となるのです。
そのため、この方法以外の肉製品は動物が長く苦しんで屠殺されたものとされ、イスラム教徒は食べないということになっています。
長い年月が経っても変わらないこの宗教行事、アルジェリアの人々はもう慣れているんだろうと思いきや、この屠殺の瞬間を見ることができない人は男女問わずたくさんいます。
そして、このイードで屠殺された羊を食べることができないという人もいるのが現実です。
休む暇なんてない!工程
もちろん喉を切ったからといってすぐ食べれるわけではありません。お肉屋さんで見る状態になるまでにはまだまだ時間がかかります。
皮を剥ぐ
ナイフだけで皮を剥ぐのは実はとっても大変です。そのため剥がしやすくするために空気を入れるのです。
どういうことかというと、羊を横にした状態のまま、皮と肉の間に穴をあけます。そこに空気を送る機械 (または自転車のタイヤに空気を入れるような手動のもの) を使って、空気を送り込みます。
そうすると、たちまち羊が膨れ上がり皮がピンと張り、剥がしやすくなるのです。
その後皆でナイフを使い、皮を剥がしていきます。ちなみに皮はしっとりしていて、まるでそら豆の内側のよう。
全ての革製品は、こうやってできていくのです。この皮は翌日に国が回収し、さまざまな皮製品として生まれ変わります。
足や頭を切る
皮を剥がしながら、足や頭を切ります。
羊は全て食べることができるといわれている動物ですので、この足や頭も料理に使う事ができます。しかし体毛があるため、バーナーで体毛を焦がして削り取ります。そしてヒズメは取り除きます。
内臓を取り出す
横に倒していた羊を今度は後ろ足を束ねて吊るします。
お腹を開き、内臓を一気に取り出す、、、その前に一番大切な工程があります。
それは、胆のうを探し出すこと。
胆のうとは緑色をした小さめの臓器ですが、中にとても苦い汁があります。他の内臓を取り出す際に間違って胆のうを破裂させてしまうと、その汁が他の臓器や肉についてしまい、臭いなどが染みついて食べることができなくなってしまいます。そのため胆のうをまず見つけ出し、取り除いてから他の臓器を一気に取り出します。
ここまでの工程が終わり、はじめてお肉屋さんで見かけるような"肉"の状態になるのです。
内臓を綺麗に洗う
取り出した内臓はその日のうちに綺麗に洗います。もちろん内臓も残すことなく食べることができるからです。胃などはスプーンなどで削るようにして洗っていきます。
お肉の解体
少しの間吊るして干していた羊肉は、最後に切る作業となります。太い骨なども切らなければならないため、かなりの力仕事となります。
ちなみに、この日の冷蔵庫や冷凍庫には、どこの家庭も羊肉でいっぱいに。
様々なイードのお料理
このように長い時間をかけてやっと食べることのできる状態になったものを調理していきます。解体した初日は主に内臓を最初に調理します。
今回はイードによく食べられる料理を紹介します。
Bouzellouf(ブズルゥーフ)
こちらは、クミンをたっぷり使った羊の頭と足を煮込んだ料理です。日本でいう、角煮や豚足料理と似たものです。コラーゲンたっぷり?だと感じられるようなプルプル食感。
Osban(オスバン)
こちらはインパクト大な羊の胃を使った料理です。
綺麗に洗った羊の胃を袋状に糸で縫い合わせ、中にお米やひよこ豆、お肉、家庭によって羊の肺なども詰めていきます。キャラウェイなどの香辛料で味付けしたしっかり臭いを消すピリ辛の赤いソースとともに煮詰めます。とても手間がかかる料理ですが、人気があります。
この胃の料理は少し驚くかもしれませんが、日本でいうモツ煮込みのような雰囲気。胃自体の味や食感もほぼ同じです。
羊の脳みそ
これまた驚くべき料理ですが、羊の脳みそを使った一品。
羊の脳みそは体と比較してもかなり割合が少なく、量はそんなにありません。
この料理も見た目はスクランブルエッグのような卵のようです。味はクミンなどの香辛料を入れ、ニンニクをたくさん加えたもの。意外にも羊の脳はとてもマイルド。臭みなどはまったく感じられません。知らないままだと卵だと思ってしまいそうです。
ちなみにこの料理にrognion blanc (ロニォン ブロン) と呼ばれる羊の精巣(魚でいうと白子)を加える家庭もあります。羊の精巣はまったくニオイも味も強くなく、食感はふわっとしているため言われないと分からないくらいです。
羊の肝臓と心臓
肝臓はいわゆるレバーです。レバーはイードでなくても串焼きなどとして売られています。アルジェリアでは鶏レバーより羊レバーのほうが一般的です。心臓も日本では鶏のハツが知られていますが、羊のハツも同じように食べられます。
味付けは日本の焼き鳥屋さんのような感覚で、塩こしょうなどシンプルです。
Brochettes(ブロシェット: 串焼き)
串焼きを意味します。イードでなくても食べられているもので、外食として串焼き屋さんなどもよくあります。イードでは、自分たちで串に刺してBBQ感覚で食べる家庭が多いです。
ラムチョップ
こちらも定番メニュー、日本で羊肉料理といえば思い浮かぶ人も多い一品ですよね。
他にも色々な部位の料理がありますが、どこの家庭もできるだけ無駄なく調理しています。
アルジェリアの羊は基本的に雄のみ食されます。そして、日本では羊肉のニオイに抵抗がある方も多いですが、日本の羊肉と比べるとニオイはそんなに強くなく美味しいです。
さらに、日本ではヘルシーなお肉として知られる羊肉ですが、残念ながら霜降り肉などがないアルジェリアではお肉の中でも脂が多いといわれていて、健康にはあまり良くないイメージであります。
まとめ
アルジェリアのイード事情はいかがでしたか。
もしかしたら、かわいそう、残酷だと思うような目を背けたくなる説明や写真があったかもしれません。
日本人の多くはこういった現実を実際に目にすることはなかなかありません。しかし、私たちが食べているお肉は、全てこうした工程を経て食卓に並んでいます。
少しでも皆さんの一番身近な"食"について、関心そして、有り難みを感じていただけたら幸いです。
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川面 朝美
- 神奈川県出身。旅行好きな両親のおかげで幼い頃から外国に行く機会があり、自然と海外に興味を示す。大学ではフランス文学科を専攻、アメリカとフランスでの語学留学を得て、異文化コミュニケーションの大切さを学ぶ。その後ファッション業界に就職したのち、日本で出会ったアルジェリア人と意気投合。2018年11月に結婚し、現在はアルジェリアの首都アルジェにて刺激的な毎日を送っている。趣味: ダンス、テニス、ジム、旅行