たびこふれ

【福岡県】続・糸島半日周遊記は平原遺跡を訪ねて。

記事投稿日:2019/06/29最終更新日:2019/07/01

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窓子でーす。

美味しいものを食べに行きたいと娘が言うので糸島にある橘カフェに行きました。
前回紹介したペタニコーヒーの近くにあります。
橘カフェはまだ現役のご夫婦が土日だけ開いているカフェなのです。

目次

田んぼの中の一軒家 橘カフェ

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SNSで知ったこの店のランチは1,200円(季節のミニデザート付き)とリーズナブルなお値段ですが絶品なのです。(※2019年7月より1,200円となりました。)
緑の深い庭を眺めながら頂くのは至福のひととき。
奥様が仕事で全国を飛び回ってあちこちの美味しいものを食べ歩いているせいか、もともと生まれ持った才能か、付け合わせの一品一品までもが厳選されていて美味しいのです。
美味しいものは高いお金を出したら得る事は出来ますが、琴線に触れるような料理はお金だけでは得難いものがあるような気がします。
しかーし。残念ながらまだ営業日は土日だけでランチの数は限られますので行く時は必ず予約をオススメします。

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ニューヨークチーズケーキは奥様の手作り。濃厚さがたまりませーん!
ランチに間に合わない時はカフェで手作りスイーツも楽しめます。

橘カフェ

>>>橘カフェの情報を【食べログ】で詳しく見てみる

知名度ナシ平原遺跡

何ソレ、どこにあるの?
という感じの知名度0の遺跡を訪ねてみようと思ったのは前の日にウェブサイトで、たまたま目にした卑弥呼の漫画でした。

小学校の頃に糸島に住んでいましたが、その時に考古学者の原田大六氏と両親は一時期ですが親交がありました。
まだ子供だったので平原遺跡で八咫の鏡が発掘された、くらいしか覚えていませんでした。
そこから知識が刷新されておらず、近くだし行ってみるか、的な。
海岸で足をつけるのはまだ早いし。

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立派な石碑がありますが、遺跡は基本原っぱでした。
昭和40年代に原田大六氏は遺跡発掘を行い、たくさんの鏡のカケラと勾玉を見つけました。
それらの大半は伊都国歴史博物館に納められています。
実は両親はこの原田大六氏から八咫の鏡のレプリカをわけてもらっていたのです。
今なら問題になりそうな公私混同ですが時は昭和の50年代。
発掘は国があたかもお金を出すかのように思われていますが、当時の原田大六氏の話だとほとんどが自費で賄ったようでした。

まぁそんな昔の話を思い出しながら看板の文字を読んでいたら、後ろからヒョイと老人が顔を出しました。

謎の老人現る

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その老人は自費で看板を作った方でした。
公務員でもなく学者というわけでもなく百姓と名乗っておられましたが、(実際遺跡前の自分の土地に除草剤を撒きに来ていた)原田大六氏に20年ついて学んだそうです。
そこから20分以上もこの遺跡について説明を受けました。80歳くらいにしか見えないのにすごい記憶力です。

三種の神器 八咫の鏡

平原遺跡はずっと邪馬台国の遺跡かと思っていましたが違いました。
なんと平原遺跡はアマテラスの墓だったのです。(原田大六氏説)
前回宮崎の旅で天孫降臨の地は高千穂と書きました。実際に世の大半の説は宮崎県にある高千穂です。
しかし謎の老人改め井手氏の話によれば宮崎は伝承のみで証拠の品がないとの事。
ところが天皇即位時に用いられる三種の神器の一つの八咫の鏡はこの平原遺跡から出土したのです。

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この壁には出土した完成された鏡から復元が完成されていなかったものまで描かれていました。描かれている内容の意味がわかった時になぜか背中がゾクゾクしました。
こんなに大量の貴重な鏡が出てきたなんて!
副葬品としてはこの時代を考えるとかなりの権力者です。

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立派な石碑の後ろの方にレプリカがはめ込んでいる古い石碑を発見。
このレプリカには見覚えがありました。(うちにも同型があったので)

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そしてこの遺跡からは鏡以外にも勾玉などの装飾品も出てきました。
つまりは女性の墓である事を示しています。
アマテラスがこの地で亡くなり、その子孫が神武天皇となる、のが原田大六説です。
(あれ、天孫降臨で降りてきたのはアマテラスの孫ではなかったっけ?)

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井手氏の説明によればクシフル山は古事記にも載っている天孫降臨の地だそうです。
帰宅後にうちにある古事記を引っ張り出して読んでみたら現代語訳しか持っていなかった為にクシフル山の記載はありませんでしたが、山頂から朝鮮が見えると書いてありました。
という事は立地的に正しいのは宮崎県ではなく福岡県です。
長いこと天孫降臨は高千穂だとばかり思っていたので驚きです。
でもどういうわけで金印よりも重要な八咫の鏡の発掘遺跡が世に知られていないのでしょうか。
井手氏に発掘資料がどこかで売っていないかと聞いてみたら一貴山にあるお寺が原田大六氏の遺品を預かり、その資料を販売しているとの事。
その額なんと5万円...。
たじろぐ窓子に井手氏は連絡をくれたらいつでも資料を見せてあげるよ、と言って下さいました。(そもそも看板に井出氏はご自分の電話番号を記載しておられます)
まさに井手氏は原田大六氏亡き後の平原遺跡の墓守りなのでしょう。

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卑弥呼伝説

最近ではあまり話題にならない邪馬台国ですがその場所はいまだ謎です。
卑弥呼と呼ばれていた女王が統治していた幻の国ですがその遺跡が現在でも発掘されていません。
そしてこの平原遺跡が卑弥呼の墓だとも言われています。

まだ陽は高く新緑が眩しい季節です。
平原遺跡に一生を捧げた考古学者を偲びながら、窓子の好きな日向峠(クシフル山)を越えて帰路に着きました。

今年は令和元年。即位の礼も10月に行われる予定です。
天皇家のルーツを紐解く為に「神に選ばれし伊都の国」に行ってみませんか?

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