築地のいい店、酔える店 第1回 『喫茶マコ』

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築地のすぐそばで生まれ、佃島で育ち、今は築地で働く毎日ですが、灯台元暗し、身銭切っての徘徊を怠り、とくに夜は、おいしい酒と肴を求めて、築地のどこを目指せばよいのか皆目見当がつきません。そんな私が先日、地域の名酒場を知り尽くす人物と知り合いました。その良縁に頼り、陶然と夜の築地をさまよい、桃源郷的ないい店を訪ね歩いていきます。まずは築地場外市場の喫茶店を取り上げます。

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目次

継がれる喫茶の灯り

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<ヴィンテージビルの2階に佇む『喫茶マコ』。妖しい赤い扉の向こうは魅惑の憩い空間。店名は旧オーナーの熊谷さんがかつて惚れた男に「マコ」と呼ばれていたことに由来>

『喫茶マコ』が開店したのは昭和36年(1961年)3月。以来、築地市場で早朝から働く人たちの身体と心を温める場として親しまれてきました。平成25年(2013年)以降は名物ママの熊谷昌子さんが一人で切り盛りしていましたが、平成30年(2018年)5月に惜しまれつつ57年の歴史を閉じることになったのです。私はその1年前にこの喫茶店を初訪問したのですが、90歳を過ぎているとは思えぬ快活さに感嘆しました。凛とした姿勢で注文に応え、時おり鏡を見ながら髪を整える熊谷さん。話しかければ、気風のよい言葉を返す豪放さに心奪われ、強烈な個性の虜になりました。

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<撮影をお願いすると「いいわよ!」と気持ちよく応じてくれた京都出身のママ、熊谷さん。昭和2年(1927年)生まれ。洒落た服装に身を包み、洗練した女性の色香が漂う。コーヒーを煎れる一連の動きが驚くほど素早かった>

「もう店を閉めるのよねぇ」と口にした1週間後ぐらいのこと、熊谷さんは銀座でバーを営む吉田哲也さんと出会います。事務所を探していた吉田さんが、もうすぐ空き物件になると『喫茶マコ』の空間を紹介されて、訪ねてきたのです。吉田さんと熊谷さんは初めて会ったのに妙に気が合い、30分くらい立ち話したそうです。ほかにも物件を借りる候補者が複数いたようですが、熊谷さんは吉田さんに特別な縁を感じたのではないでしょうか。

後日、吉田さんは地元の先輩で、築地場外市場の人気蕎麦店『長生庵』2代目の松本聰一郎さんと一緒に『喫茶マコ』を再訪します。そのとき熊谷さんは松本さんが『長生庵』の人だと知ると、おもむろに古いコカコーラのグラスを差し出してきたといいます。そのグラスは店の創業当初からあったもので、半世紀以上経過した今もピカピカに磨かれて使われていました。コカコーラの営業マンからもらったノベルティで、その営業マンこそ、松本聰一郎さんの父親で、のちの昭和47年(1972年)に『長生庵』を開くことになる故・松本好生さんだったのです。「だから、これはお父さんの形見。あなたにもらって欲しいの」とグラスを手渡された聰一郎さん。初耳の話に唖然とする聰一郎さんのかたわら、吉田さんは不思議なめぐり合わせに感動し、「この場所をなくしてはいけない、築地で働く人のための憩いの場としてママがたいせつに守り続けた店を継いでいこう」と強い使命感を覚えたといいます。こうしてリ・オープンが2018年8月に果たされたのでした。

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<創業時から使いこまれてきたコカコーラのグラス。透明な輝きが使い手の美しい心を示している>

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<温かみに満ちた店内。モダンなコーヒーテーブルも、清潔感あるカバーが掛かるベージュの椅子も継がれている。築地や豊洲の市場関係者が3割、以前からの常連客が3割、観光客が3割という客層が店の居心地のよさを物語る>

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<左が新生『喫茶マコ』の店主、吉田さん。右は雑煮用の出汁を提供する『長生庵』2代目、松本聰一郎さん。松本さんは築地のとっておきの食材を紹介し、店を手伝うなど吉田さんを手厚く応援している。吉田さんは月島で、9歳年上の松本さんは築地で生まれ育った。互いに大の音楽好き>

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<耳に心地いい、まろやかな音が流れる。店の雰囲気に合う80年代のポップスがよくかかることが多いが、お客さんの好みに応じてジャズなどのレコードに変え、針を落としている>

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<マイルス・ディヴィスの『Kind of Blue』などジャズの名盤を飾る。LPレコードは基本、幅広いジャンルの音楽を愛好する松本さんが集めてきているという。お客さんからいただくこともあるそう>

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<ジャズ好きの熊谷さんから譲られた2枚>

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<何度か店を訪ねてきた山田洋次監督から贈られたサイン。閉店を決めたあと、この色紙をじっと眺めながらコーヒーを飲む近所の常連客を見たママさんは「あなた、山田洋次が好きなら、これあげるわ」と気前よく譲ってしまった。その常連客は店の継続を噂で知り、この色紙を返しに来たという。『喫茶マコ』はそんな情に厚い人が集う場所なのだ>

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<ママさんの姉が描いた絵を飾る。尋ねられたら「京都の有名な画家の作品って答えなさい」と言われたとか(笑)>

進化するメニュー

赤い扉を開けると、朗らかにお客を迎えてくれる吉田さん。そのフレンドリーな笑顔が「喫茶マコ」を、ママさんとは異なるスタイルで魅力的な雰囲気にしています。また、コーヒーの味わいも、食事の内容も吉田さんの味覚、嗜好で変容しつつあるようです。以前使われていたグアテマラのコーヒー豆にコロンビアの豆をブレンドしたというコーヒーは、フルーティさとコクが調和した味わいで深くなごませてくれます。食事メニューにも大きな変化が表れていました。たとえば「海鮮雑煮」は『長生庵』が納める出汁と選び抜いた食材を使っています。それらを繊細な味づけでひとつの椀に合わせ、互いに滋味を引き立たせる吉田さんのセンスが素晴らしいのです。相当な食いしん坊なのだと察します。頼もしい兄貴分の松本さんいわく、「勉強のために雑煮をいろいろなところに食べに行っていますが、たぶんどこにも負けていない。しかも、まだ伸びしろもあると思います」。進化を止めることのない創造的メニューが評判の蕎麦店2代目の評価は説得力たっぷりでした。

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<ホットコーヒーと海鮮雑煮のセットは税込1,800円。『長生庵』のかつお昆布の出汁、北海道産のホタテとズワイガニ、静岡産の真鯛、三重県産のハマグリを用いた贅沢な雑煮は瞠目の味。私がほぼ毎日、行列に並んで弁当を買っている築地『大野屋米店』の手づくりお餅も入っている>

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<『長生庵』の女将、松本照代さんが作る具をカリッと焼いたトーストではさむ「卵サンド」。ピクルスでは洋風になってしまうからと試行錯誤の末、柴漬けを添えた。そのさっぱりした和の酸味が濃厚な具とベストマッチ。税込500円>

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<アイスクリームがたっぷり載る「クリームソーダ」税込550円。マドラーや木製受け皿、グラスの形にも惹かれる>

「夜マコ」の悦楽

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<天井の蛍光灯が消され、暖色系の照度で控えめに照らされる「夜マコ」>

新たな『喫茶マコ』は夜も営業しています。これには長年の常連客もびっくりではないでしょうか? 「最初ということもあり、昨年8月から昼間中心にやらせてもらっていたんですが、これからは夜かなと。自分は夜が得意なので(笑)」と吉田さんは力コブをポンと叩きます。昼間の喧噪とはうって変って静まる夜の築地場外市場。その一角で、築地ならではの肴をつまみ、酒に酔いしれる。そのひそやかな快楽に浸ってみたいと、仕事帰りに「夜マコ」で一杯やっていくことにしました。

照度を落とした灯りとなる「夜マコ」はぐっと落ち着いたムードになります。それでも、吉田さんの明るいキャラクターも手伝ってか、しっとりというよりも、昼間と同様の親密な空気に包まれ、ゆるりと過ごすことができます。中瓶ビールとともに供されたお通しは、ちょうど良い下味が施され、築地場外市場で仕入れた野菜のおいしさが引き出されています。そっと載せられる、かつおぶしの上品さにも頬が緩みます。これは日本橋河岸時代からかつお節一筋の銘店で、個人的にも贔屓にする『松村』に分けてもらったものと聞き、嬉しく納得し、同時に、吉田さんの選択を称賛したくなりました。

※『松村』を取材した記事も参照ください

https://tabicoffret.com/article/75882/

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<夜は昼間に出していないおつまみを出している。お酒には税込200円のお通しが付く。その日に入った旬のもので気まぐれで作るおひたしは税込200円~300円。おつまみはほかに、『田所食品』の明太子・たらこ、『伊藤海苔店』の海苔を巻いた磯辺焼き、『諏訪商店』と『江戸一飯田』の佃煮セットなど税込500円から用意。中瓶ビールは税込600円>

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<おひたしには築地場外市場の老舗『松村』のかつお節を載せる>

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<築地場外市場『菅商店』の「親鳥シューマイ」。蒸すのもいいが、焼くとつくねのような味わいになる。税込560円>

『喫茶マコ』は純喫茶そのものの内観。昭和レトロなインテリアに郷愁を覚え、懐かしいネタで盛り上がっているお客さんもよく見受けられます。過ごしかたは人それぞれですから、もちろんそれもOKです。ただ、もったいないなぁと思うのは、それではこの稀有な喫茶店のごく一面しか知らないということになります。築地の粋がぎゅっとちりばめられている食事も大きな魅力とお伝えしたいです。また、夜の築地で、至福の肴をつまんでちょっと一杯という悦楽に酔いしれたい人はぜひ「夜マコ」の扉も開けてみてください。

『喫茶マコ』

住所:東京都中央区築地4-9-7 中富ビル2F
電話:03-3248-8086
営業時間:10:00~15:00/18:00~21:00
定休日:日曜日、祭日
喫煙:可
Twitter:https://twitter.com/kissamaco?lang=ja
Instagram:https://www.instagram.com/kissamaco/?hl=ja

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