たびこふれ

梨の木のある風景

記事投稿日:2013/05/29最終更新日:2018/03/07

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私が住んでいる東スイスのトゥールガウ州はリンゴや梨の産地として知られ、特に飲料へ加工されるモストオブストMostobst(飲料加工用果実)の生産が伝統的に有名なことから「モストインディアンMostindien」の異名があるということについては一昨年の記事でご紹介した。

このモストオブストが生るのは基本的に樹木の背丈がとても高いホッホシュテミガー・バオムHochstämmiger Baum(=高さが5~10メートルぐらいになる普通樹)という種類のいわば「古種」果樹。

近年は果汁飲料の消費人気が落ち、それに従ってモストオブストの需要も減っているので原料の価格も急落している。

生産者にとってはそもそも普通樹の果樹は収穫に手間がかかるし、それに追い打ちをかけるかの如く果実の買取り価格も下がっている(つい最近も政府によって更なる「値下げ」が決定された)ので、これでは正に骨折り損のくたびれ儲けだ。

特に窮地に追い込まれているのが普通樹の梨の木。

飲料加工用梨の買取り価格は実質的には生産者の損を補うための「損失手当て」で、値下げ後の価格は果実100kgあたり何とたったの約12フラン(約1500円)!

これでは損失の保障にもならず生産するだけ更にマイナスになってしまうので、利益が出ない普通樹の梨の木は手入れをされずに放置されて(又は他の「使える果樹」に場所を譲るためラディカルに伐採されて)淘汰が進み、その本数が激減しているという訳だ。

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私が住む村ではこの現状を少しでも改善すべく、新しい試みが始まっている。

現在村にある普通樹の梨の木についてその商業的な利用者/生産者が本数や場所を毎年12月1日までに役場に申請し、これを元に役場が木の状態や利用・手入れ状況をチェックして、きちんと管理・利用されている木には1本につき一定額の補助金を出すというものだ(新たに植樹する場合は州の専門業者に依頼し、補助金給付の対象になるのは植樹の翌年から)。

この試みついて村長はいくつかの理由を挙げているが、その最大の理由は「背丈の高い普通樹の梨の木はトゥールガウ州農村地帯の美しい風景に欠かせない構成要素だから」というもの。

私の村にもリンゴや梨の生産を生業のひとつとする農家が多く、彼らにとってはもちろん利益があってなんぼなのだけれど、見合った利益が出ないからという理由によって州古来の伝統的な景観が失われてしまうのは防ぎたいということだ。

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普通樹の梨の木は大きいものになるとその高さが10メートルにもなり、4月下旬に純白の花を咲かせた木々が放牧地に点在する姿は典型的な農村地帯の景観には欠かせない重要なアクセント。

野鳥に巣作りの場所を提供し、葉が生い茂る盛夏には放牧されている家畜に自然の日陰を与える役目も担っている。

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少なくとも今後3年間は毎年補助金が出ることになっているのだが、実際の補助金の額というのは微々たるモノ(1本あたり約3000円/年)。

金額だけを見ると焼け石に水ではあるが、こういった試みが自治体単位で行われるのはスイスでも稀で、この通達が出た時にはテレビや新聞のニュースでも報道された。このような形の環境保全への実質的な取り組みに税金が使われるのは大賛成だ。

実は私の家にも普通樹の梨の木が4本ある。

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いわゆる金銭的な市場価値はゼロに等しいが、これらの木々がつくる周囲の風景や老木にもかかわらず毎年美しい花を付ける姿はプライスレスだ。

私自身はオブスト農業従事者ではないが、梨をはじめリンゴやツヴェチュケ(セイヨウスモモ)の普通樹古種が持つ「クオリティ」を身を持って知っている。

梨については本来は飲料加工用なので食用には不向きなのだけれど、伝統菓子に使う梨ペーストや梨のパイなど季節の焼き菓子の材料として有効に使わせてもらっている。

今年90歳になる義父は家畜取引・果樹生産農家出身の画家で、彼にとっても梨やリンゴの木がある自然風景は永遠のテーマのひとつ。彼の描くトゥールガウ州農村の風景画から梨の木が消えませんように!

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Asami AMMANN-HONDA
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記事投稿日:2013/05/29最終更新日:2018/03/07

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