ガルスと刺しゅうとソーセージ

2009年1月20日に執り行われたバラク・オバマ氏の大統領就任式を覚えていらっしゃるだろうか。ちょっと検索するだけでたくさんの写真が出てくると思うのだが、その写真でファースト・レディーのミシェル・オバマさんが身に着けているドレスに注目。この厳粛な式典にフォーマルな黒や赤や青系統ではなく華やかで輝くように美しい黄色のドレスで臨んだ夫人のチョイスは「個性的ながら高級感があり、上品かつエレガント」とファッション関係者から大絶賛だった。ドレスのデザインはキューバ系アメリカ人デザイナーのイザベル・トレドによるものだが、このドレスに使われた鮮やかな刺しゅう生地、実は東スイスのザンクト・ガレンSt.Gallenにある刺しゅう会社フォースター・ローナー社Forster Rohner のものだ。

東スイス地方は昔からいわゆる家内制手工業による自営業的な織物・刺しゅう産業が大変盛んだった。現在もモード/ファッション業界や手芸ファンの間では知られた存在であるザンクト・ガレンの刺しゅうやレースは、20世紀初頭には既に世界的に有名だったそうだ。

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18世紀に花開いたこの刺しゅう産業、その昔はもちろん上の写真(1921年出版の雑誌より、撮影時期は19世紀前半)のように手縫いによるものだったのだが、19世紀中ごろにハンドシュティックマシーネHandstickmaschineと呼ばれる大型の「手動刺しゅう機」が開発されるとその生産量は大幅に増え、刺しゅう製品は20世紀初頭当時のスイス輸出産業のトップだったほどだ。そんな織物や刺しゅうの歴史を間近に見ることができるのが、ザンクト・ガレンの旧市街にあるテクスティールムゼーウムTextilmuseum(織物博物館)。

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展示内容は常設のものも特別展示(現在は細密な宗教画タペストリーや豪華な僧衣などの作品が展示されている)も大変興味深いが、特にお勧めなのは1890年製の手動刺しゅう機の展示。

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この機械は単に展示されているだけでなく、実際に稼動しているところが見られる(基本的に木曜と金曜の午後)のがポイントだ。

重量1トンを超えるこの刺しゅう機は、ザンクト・ガレン州に隣接するトゥールガウ州はアルボンArbonにあるザウラー社Saurer製。展示機械は元々全長4.9ヤード(約4.5メートル)だったものの半分だが、それでも156本もの刺しゅう針を設置することができるかなり大きなものだ。左側に伸びるアームは縮小(又は拡大)図を描くための製図道具「パントグラフPantograph」。精密なドット画で描かれた刺しゅうモチーフ図のマス目に刺しゅうポイントを指定する指示針を置くと、

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右側の刺しゅう針と糸が設置されている部分の機械が連動して動くという仕組みになっている。ちなみにこの機械のパントグラフは縮小率が1/6に設定されているので、モチーフ図は刺しゅうの出来上がりサイズの6倍で描かれている。電動の機械ではないので、縫う作業は機械の操作者が1針ごとにパントグラフを動かしペダルを踏みハンドルを回して行う「手動式」だ。1分あたり5針(5往復)・1時間あたり最大で130針程度縫い進むことができる(糸の色替えなどの作業があるので単純に60倍とはならない)そうで、速度自体は一見手縫いとあまり変わらないように思えるが、同じ作業時間で出来上がるモチーフ数は最大で156個だ。刺しゅう機の展示室には刺しゅう製品の販売コーナーもあり、特徴的なザンクト・ガレンの刺しゅうレースが施された美しいハンカチなどを買い求めることができる。

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ザンクト・ガレン織物博物館Textilmuseum St.Gallen

Vadianstrasse 2

9000 St.Gallen

Tel: +41 (0)71 222 17 44

www.textilmuseum.ch

営業時間:毎日午前10時~午後5時(祝祭日によって閉館あり)

入場料:大人12フラン

刺しゅうとはガラッと方向性が変わるが、ザンクト・ガレンといえば忘れてはならないのがソーセージ。ザンクト・ガラー・ブラートウルストSt.Galler Bratwurstと呼ばれる仔牛肉の焼きソーセージ(レシピは秘伝!)はザンクト・ガレンの名物で、織物博物館のすぐ側(東に80メートルほど)にある肉屋ゲンペリMetzgerei Gemperliのブラートウルストは特に絶品。お客さんが絶えることがない人気店で、店頭のグリルスタンドで熱々に焼かれているソーセージは是非その場で試したい。

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が、ここで注意。ゲンペリに限らずザンクト・ガレン州で焼きソーセージを買ったら「マスタード付けてください」などと言ってはいけない。ザンクト・ガレンでは「ブラートウルストにマスタードやケチャップを付けるのはタブー、というか罪」だからだ(ザンクト・ガレン州以外ではそんなことはありませんのでご安心を)。焼きソーセージのお供はビューリBürliと呼ばれるパン(ソーセージを買うと付いてくる)とビールのみ。ザンクト・ガレン人が誇る秘伝ソーセージは「素で」味わうのがお約束だ。

肉屋ゲンペリMetzgerei Gemperli

Schmiedgasse 34

9000 St.Gallen

Tel: +41 (0)71 222 37 23

www.gemperli.ch

営業時間

月曜~金曜:午前8時~午後6時半(木曜はグリルスタンドのみ午後9時まで営業)

土曜:午前7時~午後5時(土)

日曜閉店

ブラートウルスト(パン付き)6.50フラン

ザンクト・ガレンに修道士ガルスGallus(ザンクト・ガレンとはそもそも「聖ガルス」という意味だ)が庵を建てたのが西暦612年。2012年の今年はそれから1400周年の記念にあたり、ザンクト・ガレンの旧市街には旗が各所に掲げられるなど街を挙げてのお祝いムードに包まれている。

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ガルス関連のイベントや特別展示も目白押しで、訪問にはもってこいのよい機会だ。ガルスユビロイムGallusjubiräum(ガルス周年)の特設ウェブサイトはこちらから↓

www.gallusjubilaeum.ch

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Asami AMMANN-HONDA

スイス東部トゥールガウ州の農村在住。元書店員、現在は兼業主婦(介護補助士&日本語教師&日独英通訳)。趣味はスポーツ・園芸・料理、専門は音響映像技術。

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