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ペルー・マチュピチュ(インカ帝国が残した謎の空中都市遺跡)

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最終更新日:2017/07/06

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インカ帝国が残した謎の空中都市遺跡「マチュピチュ」 高山の尾根に広がる遺跡でいにしえのロマンに浸る

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▲20世紀考古学界最大の発見といわれるインカの都市遺跡「マチュピチュ」(写真提供:PROMPERUペルー政府観光庁)

誰が、何のために、どのように造ったのか?標高2,400mを超える尾根に、忽然と現れる巨大な遺跡群...。ここは南米ペルー・アンデス山中に位置する15世紀のインカ帝国の遺跡「マチュピチュ」。マチュピチュという名の由来は、ペルー、ボリビア、エクアドルなどで使用されているケチュア語で「年老いた峰」を意味する「machu pikchu」が語源とされています。山裾からはその存在を確認できないことから〝空中都市〟〝空中の楼閣〟〝インカの失われた都市〟とも呼ばれています。1911年にアメリカの探検家ハイラム・ビンガムによって発見され、このインカの都市はようやく400年もの長い眠りから目覚めたのです。

そしてその後の研究により、様々な仮説や謎が生まれました。最大の疑問は『なぜ、ここだったのか?』。インカ帝国では太陽を崇拝していたことから、宗教的に太陽に近く、観測にも適した両側が切り立った崖のこの地が〝空中都市〟に選ばれたのではないか、と推測されています。この空中都市は15世紀に建設が着手され、高度な都市機能を持つ街でしたが、その後のスペインからの征服により、わずか約80年の命だったとされいます。

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▲「太陽の神殿」(写真提供:PROMPERUペルー政府観光庁)

美しい曲線を描く「太陽の神殿」をはじめ、ケチュア語で「太陽をつなぎ止める」という意味の「インティワタナ=日時計」や、罪人を投獄したり刑罰を与える場であった「コンドルの神殿と牢獄」、石室の陵墓など、インカ独特の精巧な石積み技術を見ることができます。

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▲日時計として使われていた「インタティワタナ」(写真提供:PROMPERUペルー政府観光庁)

建設に必要な石材は、600m麓で切り出され、運ばれてきたとされるものの、その方法は未だ解明に至っていません。文字を持たないアンデス文明ゆえ、この遺跡のそこかしこにロマン溢れる謎があるのです。

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▲インカ帝国は高度に適応する作物の農耕とリャマなどによる牧畜もおこなっていたことがわかっています。

霧のかかる尾根に現れる石造りの遺跡。当時の人々はどんな生活を送っていたのでしょうか。インカの謎にどっぷりと浸ってみてください。

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空飛ぶ地球儀 編集部
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最終更新日:2017/07/06

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