光を拒むかふゑ――美流渡「おめめくらげ」の静謐(せいひつ)|北海道

北海道・岩見沢市の奥座敷、かつて炭鉱の灯に照らされ、活気を誇った美流渡(みると)の山あいに、ひっそりと佇む一軒の古民家がある。その窓の奥からは、昼も夜も、いくつもの"眼(まなこ)"がこちらを見つめている。

その古民家はカフェと美術の店だが、そこはかと現実の世界から逸脱した空気が漂っている。人を立ち止まらせ、見えない何かの気配へと静かに引き寄せる場所「おめめくらげ」を訪ねてみた。

目次

1. 山里にひっそり残る炭鉱街の記憶

山里にひっそり残る炭鉱街の記憶

岩見沢市美流渡(みると)地区は、北海道空知地方南西部、夕張山地の麓にひっそりと広がるかつての炭鉱町だ。

明治末期から昭和期にかけて、美流渡炭鉱や朝日炭鉱が栄え、最盛期には数千人が暮らし、学校や商店街、映画館まで揃う活気ある町並みを形成した。

しかし昭和40年代以降の閉山で人口は急減。今は山里の静かな集落として当時の面影をわずかに残している。

2. 巨大な指が方向を示す

岩見沢から美流渡を通り夕張に抜けるルートは、信号もほとんどなく交通量も少ないため、札幌近郊からのドライブやツーリングの隠れた好スポットとなっている。

ある日曜日、いつものようにバイクを走らせていると、道端の異様な存在が目に入った。まるで意図的に置かれたかのような巨大な指。表面には「美術とかふゑ おめめくらげ」と、意味深で奇妙な文字が刻まれていた。

意図的に置かれたかのような巨大な指。表面には「美術とかふゑ おめめくらげ」と、意味深で奇妙な文字が刻まれていた

魔界にでも誘われるように看板を追い、人気のない路地に佇む古民家にたどり着いた。黒い外壁に真紅の引き戸、そして何より無数の目がこちらをじっと見つめている。

人気のない路地に佇む古民家

「これはただのカフェではない!」瞬間的にそう理解した。スマホで調べても情報はほとんど出てこない。引き返す選択肢もあったが、好奇心が勝り、いつの間にか扉に手をかけていた。

3. 闇を好む常夜(とこよ)のかふゑ

店内は日光を遮り、奇妙なオブジェが薄暗い光に浮かび上がっている。そんな空間にもかかわらず、「こんな風変わりな店にようこそ!」と、店主が陽気に声をかけてきた。

闇を好む常夜(とこよ)のかふゑ

その瞬間、思わず胸をなでおろす。もし仮面ライダーに出てくる「死神博士」のような老人が店主だったら――私は協調性に欠けるので、ショッカーの一員には到底なれそうもない(笑)。

おめめくらげ レトロな店内

「おめめくらげ」は、2025年5月末にデザイナーやパフォーマーなど多彩な肩書を持つ荒木由聖(よしきよ)さんがオープンした「かふゑ(カフェ)」だ。かつて炭鉱で栄えた美流渡地区は、今や陶芸家やアーティストが集う創造的なエリア。

一見場違いな「おめめくらげ」も、その中でしっかりと存在感を放っている。

4. アングラ×サブカル=おめめくらげ

ユニークな店名の由来は、つげ義春の漫画『ねじ式』にある。作中、主人公が海でメメクラゲに噛まれ、港町で医者を探すも眼科しか見つからず、死の境を彷徨うシーンがある。実はこのカフェの外観にある無数の目のモチーフも、そのオマージュだという。

.アングラ×サブカル=おめめくらげ

片手で押さえ続けなければ止まらない血流。最終的に、主人公は産婦人科医により動脈をネジで封じられるという、不可思議な結末を迎える。「僕はこういうシュールでレアリスティックな世界観がたまらない」と荒木は語る。

美流渡「おめめくらげ」の静謐(せいひつ)

クラゲは刺すことはあっても噛むことはない。しかし、日常の隙間に潜む不条理や奇妙さを描く「つげ義春の世界」では、こうした違和感さえも自然に受け入れられてしまうのだ。

5. 店主の微笑みで倍増するかき氷の清涼感

美流渡地区に飲食店はわずか。その中でも「おめめくらげ」は異色の存在だ。常連の農業青年は気分を変えるために、多いときは一日に二度も訪れているそう。

本棚には、前衛的な作風で知られる漫画雑誌『ガロ』をはじめ、「異次元の図書館」と呼びたくなるほどシュールな世界観の本が並んでいる。太陽の下で働いた後は、真っ暗な異空間で休憩。これほどメリハリがつく店など、そうはあるまい。

「異次元の図書館」と呼びたくなるほどシュールな世界観の本

メニューにはかき氷やソーダのほか、ランチやスイーツも揃う。その中でもひと際目を引くのが「こだわりのないかき氷」だ。素朴さに惹かれ、つい手が伸びる。しかし一口食べれば、名前の通り、何のこだわりもないことを実感。

「だから最初に言ったでしょ」とでも言いたげな荒木店主の顔が、かき氷の冷たさをを倍増させている。

こだわりのないかき氷

6. 心を捕らえるアングラパフォーマンス

8月には「目が展」というイベントが開かれ、目をテーマにした作品がずらりと並んだ。最終日曜日にはマラカスやパーカッションのライブ、前衛的な舞踏パフォーマンスが炸裂し、店内は観客でぎゅうぎゅう詰めになった。

目が展」というイベントが開かれ、目をテーマにした作品がずらりと並んだ

外は燦々と太陽が照りつける晴天。「なんでこんな日に、狭くて薄暗い空間にいるんだろう?」と自問しながらも心はざわめく。女性舞踏家の美しくも艶めかしい姿に「目が点」ならぬ目が釘付けになった。

女性舞踏家の美しくも艶めかしい姿

7. 独特な空気感を求める人を虜にする

おめめくらげ」の雰囲気も決して万人向けではない

美流渡は観光地ではなく、「おめめくらげ」の雰囲気も決して万人向けではない。だが、静かな山里に漂うこの独特の空気に共鳴できる人にとって、ここはかけがえのない体験となる。

現実と幻想の境が曖昧に溶け合い、時間の感覚さえ薄れていく――。誰もが理解できる場所ではないが、その違和感こそが、訪れる者の感性を静かに刺激するのだ。

美術とかふゑ おめめくらげ

  • 住所:岩見沢市栗沢町美流渡末広町 23-25
  • 営業日・時間:土曜 11:00~20:00(LO19:00)、日曜 11:00~16:00(LO15:00)、最終月曜 11:00~16:00(LO15:00)
  • Instagram:美術とかふゑ おめめくらげ

写真を撮った人/吉田匡和

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吉田匡和

札幌市在住のよろずライターです。美味しい食べ物から温泉、穴場スポットや定番スポットの知られざる楽しみ方など、地元ライターらしい視点でワクワクを紹介します。

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