歴史を伝える日本の遺跡! 旅行先としてもおすすめの遺跡一覧

歴史を伝える日本の遺跡! 旅行先としてもおすすめの遺跡一覧

「日本の遺跡」と聞いて、どのような場所を思い浮かべますか? 遺跡といっても、集落跡や古墳、鉱山遺跡など、種類は多岐にわたります。日本国内には数多くの遺跡が点在しており、それぞれの時代の文化や歴史を今に伝えています。

今回は、日本各地にある代表的な遺跡の一覧をテーマごとに詳しくご紹介します。ぜひ、旅行先を決める際の参考にしてみてください。

目次

<1. 縄文時代や弥生時代の遺跡>

<2. 古墳>

<3. 金山、銀山に関する遺跡>

<4. 原爆による被災に関する遺跡>

1. 縄文時代や弥生時代の遺跡

縄文時代から弥生時代にかけて、日本各地には数多くの集落や住居の跡が残されています。まずは、縄文・弥生時代の遺跡の中から、代表的な4か所をご紹介します。

三内丸山遺跡(青森県)

三内丸山遺跡
<出典元:写真AC

三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)は、縄文時代に存在した日本最大級の規模を誇る集落跡です。竪穴建物や掘立柱建物のほか、2,000点を超える土偶を含む祭祀道具なども出土しています。

遺跡は約42haあり、その広さは東京ドーム9個分に相当。1997年には国の史跡に指定され、2000年に特別史跡に、さらに2021年には「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一部として世界文化遺産に登録されました。

現在、遺跡は「三内丸山遺跡公園」として整備され、復元された15棟の竪穴住居や大型竪穴住居、3棟の高床建物、大型掘立柱建物が展示されています。また、縄文人の生活を学べる「縄文時遊館」では、出土した遺物や暮らしを紹介する展示や、ミニ土偶作りといったワークショップも楽しめます。

三内丸山遺跡について詳しくは「【青森】祝・世界遺産登録!三内丸山遺跡で壮大な縄文の社会を体感」のページもご覧ください。

登呂遺跡(静岡県)

登呂遺跡
<出典元:写真AC

登呂遺跡は、軍需工場の建設中に発見された弥生時代後期の集落跡です。日本で初めて水田跡が確認された遺跡でもあり、1952年には弥生時代の遺跡として初めて国の特別史跡に指定されました。

遺跡からは水田跡だけではなく、住居や倉庫跡、井戸などが発見され、弥生時代後期から古墳時代にわたって集落が続いていたことや、祭殿や水路が築かれていたことも明らかになりました。

現在、登呂遺跡は歴史公園として整備され、復元された住居や高床倉庫、水田跡などを見ることができます。また、隣接する「静岡市立登呂博物館」では、弥生時代の生活や稲作をテーマに、登呂遺跡から出土した775点の重要文化財の内200点を含む400点以上の資料が展示されています。

吉野ヶ里遺跡(佐賀県)

吉野ヶ里遺跡
<出典元:写真AC

吉野ヶ里遺跡は、弥生時代に造られた日本最大規模の環壕集落跡です。弥生時代700年にわたる歴史の変遷を知ることができる貴重な場所で、弥生時代中期の王の墓と考えられる墳丘墓や、高床倉庫群、3,000基を超えるかめ棺墓などが発掘されています。

遺跡全体は国の特別史跡に指定されており、出土品の一部は国の重要文化財にも指定されています。現在は、吉野ヶ里遺跡の保存と発信を目的とした歴史公園として整備されており、物見やぐらや竪穴住居、高床倉庫などが復元されています。

また、公園は「環壕集落ゾーン」「古代の原ゾーン」「古代の森ゾーン」など4つのエリアに分かれ、弥生時代の自然環境や文化をテーマ別に学ぶことができる設計になっています。

大湯環状列石(秋田県)

大湯環状列石
<出典元:写真AC

大湯環状列石(おおゆかんじょうれっせき)は、縄文時代後期の大規模な遺跡で、2つの環状列石「万座(まんざ)環状列石」と「野中堂(のなかどう)環状列石」によって構成されています。

環状列石とは、石を円形や楕円形に並べたもので、特に葬送儀礼や祭祀が行われた場所と考えられています。各環状列石周辺には掘立柱建物や土坑、貯蔵穴、遺物集中域などが同心円状に広がっていることが判明しており、縄文時代の生活や儀式に関する貴重な資料が多数出土しています。

1956年には国の特別史跡に指定され、さらに大湯環状列石を含む「北海道・北東北の縄文遺跡群」が2021年に世界遺産に登録されました。2002年には、遺跡について深く学べる「大湯ストーンサークル館」が建設され、出土品の展示やガイドツアーが行われています。

2. 古墳

続いては、日本を代表する有名な古墳を2か所ご紹介します。古墳は、3世紀後半から7世紀頃までに造られたお墓です。規模の大きい前方後円墳から、地域に根付いた小型の円墳まで、日本全国に数多く点在しています。

百舌鳥古墳群(大阪府)

百舌鳥古墳群
<出典元:写真AC

百舌鳥(もず)古墳群は、大阪府堺市に広がる大規模な墓群です。かつて100基以上あった古墳の多くが都市化で失われ、現在は44基が残されています。その中でも特に有名なのが、墳丘の長さ486mを誇る世界最大級の墳墓「仁徳(にんとく)天皇陵古墳」です。

この古墳群は、古代日本の支配者層の権威を示すとともに、大阪平野から大陸への航路の拠点としても重要な役割を果たしました。その歴史的価値が評価され、2019年に世界遺産に登録されています。仁徳天皇陵古墳の南にある「百舌鳥古墳群ビジターセンター」では、8K空撮映像を使ったシアターで古墳の全体像を鑑賞することができます。さらに、堺市博物館ではVRツアーも行っているので、古墳文化について詳しく学ぶことができます。

百舌鳥古墳群について詳しくは「古墳ってどうやって楽しむの? 百舌鳥古墳群レポート」のページもご覧ください。

石舞台古墳(奈良県)

石舞台古墳
<出典元:写真AC

石舞台古墳は、奈良県の国営飛鳥歴史公園内にある日本最大級の方墳です。墳丘の盛土が失われ、石室の天井部がむき出しになっている姿が大きな特徴です。天井石の平らな表面が舞台のように見えることから、「石舞台」と呼ばれています。

この石室は全長19.1m、高さ約4.7m、総重量約2,300tにおよぶ巨石で構成されており、その中でも天井石の重量は約77トンもあることから、当時の高度な土木・運搬技術がうかがえます。

石舞台古墳がある石舞台地区は国営飛鳥歴史公園の一部となっており、棚田の風景を生かした芝生広場や「あすか風舞台」など、自然を楽しめる施設が整備されています。また、石舞台古墳周辺には、高松塚古墳やキトラ古墳といった史跡が点在しているため、明日香村全体を巡りながら、古代の歴史や自然を楽しむことができます。

3. 金山、銀山に関する遺跡

日本には全国各地に鉱山が存在し、かつては金や銀の採掘が盛んに行われていました。現在は資源が枯渇し閉山した鉱山も多いですが、一部は観光地として整備され、採掘の歴史や当時の生活を体感できる場所となっています。

ここでは、日本を代表する金山・銀山の遺跡を2か所ご紹介します。

佐渡金山遺跡(新潟県)

佐渡金山遺跡
<出典元:写真AC

佐渡金山遺跡は、江戸から平成までの約400年間にわたって稼働した日本最大の鉱山です。

金鉱脈は東西3,000m、南北600m、深さ80mに広がり、合計約400kmに及ぶ坑道が張り巡らされています。約78tの金と約2,330tの銀が産出され、最盛期には約5万人が暮らす鉱山都市・相川が形成されるなど、日本経済の発展に大きく貢献しました。

資源の枯渇により1989年に操業を停止しましたが、こうした歴史が高く評価され、2024年には「佐渡島の金山」として世界遺産に登録されました。現在、佐渡金山遺跡は「宗太夫坑 江戸金山絵巻コース」や「道遊坑 明治官営鉱山コース」などの見学ルートが整備されており、江戸時代から近代にかけての採掘作業や産業遺産を紹介しています。また、金箔貼りや銀粘土を使ったアクセサリー制作などのワークショップも人気で、子どもから大人まで楽しめる観光スポットとなっています。

石見銀山遺跡(島根県)

石見銀山遺跡
<出典元:写真AC

石見(いわみ)銀山遺跡は、近代化以前の代表的な銀山で、2007年に世界遺産に登録されたアジア初の鉱山遺跡として知られています。最盛期には世界の産銀量の約3分の1を占め、その銀はヨーロッパとの貿易にも用いられ、世界経済や文化交流に貢献しました。

採掘と精錬はすべて手作業で行われ、坑道跡である「間歩(まぶ)」には当時のノミ跡が今も残されています。遺跡は「銀鉱山跡と鉱山町」「街道」「港と港町」の3つに分かれており、特に大きな見どころは1715年に開発された「龍源寺間歩」です。全長約600mにおよぶ坑道で、一般公開されている唯一の間歩です。銀山町として栄えた大森の町並みには、武家屋敷や代官所跡などの歴史的建物が並び、当時の面影を感じさせるレトロな雰囲気が広がっています。古民家を活かしたカフェや銀細工のお店も点在しているので、街歩きにもピッタリです。

4. 原爆による被災に関する遺跡

日本は世界で唯一の被爆国として、核兵器の威力や戦争の悲惨さを伝える遺跡を保存しています。最後に、原爆による被災に関する遺跡をご紹介します。

原爆ドーム(広島県)

原爆ドーム
<出典元:写真AC

原爆ドームは、1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾によって被爆した建物です。元々は県内の物産展示や美術展の会場として利用されていましたが、爆心地からわずか約160mの至近距離にあったため建物は全焼。しかし、外壁の一部は崩れずに残りました。戦後、この建物は「原爆ドーム」と呼ばれるようになり、核兵器の悲惨さを伝える平和記念碑として保存され、1996年には世界遺産に登録されています。

原爆ドームの近隣にある広島平和記念資料館では、核兵器の非人道性を伝える2万点以上の資料や遺品を展示しています。資料館は国の重要文化財にも指定されており、平和学習の拠点として国内外から多くの人々が訪れています。

長崎原爆遺跡(長崎県)

長崎原爆遺跡
<出典元:写真AC

長崎原爆遺跡は、1945年8月9日に長崎に投下された原子爆弾の被害を受けた遺跡です。爆心地・旧城山国民学校校舎・浦上天主堂旧鐘楼・旧長崎医科大学門柱・山王神社二の鳥居で構成されています。

遺跡のひとつである旧城山国民学校校舎は、爆心地に最も近かったため鉄筋コンクリート造の外形は辛うじて残りましたが、爆風による火災で全壊。現存する階段棟は展示室として公開され、高熱で炭化した木煉瓦や当時の写真が展示されています。

また、浦上天主堂の旧鐘楼も、爆風で崖下の小川に滑落したままの状態で保存されており、カトリック信者たちが30年かけて築いたこの天主堂の一部が、今も当時のまま残されています。これらの遺跡はすべて徒歩圏内にあるため、各遺構を巡ることで当時の歴史を深く学ぶことができます。

今回は、日本各地にあるさまざまな遺跡を取り上げました。教科書で見たことがある有名な遺跡から、意外と知られていない場所まで、新しい発見もあったのではないでしょうか? ぜひ観光でも訪れてみて、歴史に触れる体験をしてみてください。

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