思わず二度見の「変な地名」! その由来を知ったらもっとびっくり?

日本地図と子ども

日本の地名は、その土地の地形・生息する動植物・歴史的な出来事など、さまざまな要素を元に付けられています。(参考:国立大学法人群馬大学:日本の地名とその由来/PDF)

でもたまに「なんでこんな名前をつけたの?」と突っ込みたくなる地名を目にすることもありますよね。

今回は、珍しい地名やその由来をご紹介します。

知ればちょっと賢くなった気になれる? 思わず誰かに話したくなる地名の世界へさっそく出発しましょう!

目次

<1. 金持 (鳥取県日野郡日野町)>

<2. 海外町(神奈川県三浦市)>

<3. 志布志市志布志町志布志(鹿児島県)>

<4. 凸清水・凹清水 (愛知県阿久比町)>

<5. 天使突抜(京都府京都市下京区)>

<6. まだまだある!全国の珍しい地名>

日本には面白い地名がたくさんある

1. 金持 (鳥取県日野郡日野町)

金持党発祥之地と書かれた石碑
<写真提供:日野町役場 産業振興課(一般社団法人日野町観光協会 事務局)>

金持になりたい......。私もです。金持になるのはなかなか難しいけれど、金持の住民にはなれそうです。

なぜなら、「金持」は、鳥取県日野郡日野町にある地名だからです。かねもち......ではなく、「かもち」と読みます。かねもちって、読みたかったな。

金持(かもち)は昔、黄金より勝ると言われた「玉鋼(たまはがね)」の産地で、玉鋼の原料である真砂鉄が採れる谷を多く所有していました。日本人は、バッグの金具・靴の金具など、鉄でできた部品を「金具(かなぐ)」と表しますよね。その表し方は昔から使われており、鉄を「かね」と読んでいたそうです。そのため、鉄の採れる谷を多く持つ地域が金持(かもち)、と呼ばれるようになったと伝えられています。

ちなみに金持がある「日野郡日野町」の地名は、たたら製鉄をしている人たちが信仰するヒハヤヒコノミコトに由来しているそう。

採掘した玉鋼を製鉄して、生活を成り立たせていたであろう当時の様子が地域名から読み解けます。案外、本当に製鉄業で成功したお金持ちの方が暮らしていたのかもしれませんね。

金持のおすすめスポット

金持神社
<参拝客がたくさん訪れる人気スポット:金持神社/写真提供:日野町役場 産業振興課(一般社団法人日野町観光協会 事務局)>

日本一景気のいい地名といっても過言ではない金持を訪れたら、ぜひ「金持神社」に参拝してください。なんていい名前......。

天之常立尊(あめのとこたちのみこと)を御祭神とする全国でも数少ない神社で、国土経営・開運・国造りの神様をお祀りしています。

縁起の良い名前にあやかろうと、全国からたくさんの参拝者がやってきます。

一度お参りしたら良いことがあったので、また来ました!とお礼参りに訪れる方も多いんだとか。

絵馬
<写真提供:日野町役場 産業振興課(一般社団法人日野町観光協会 事務局)>

神社境内の絵馬には、「おかげで宝くじが当選しました」など、縁起のいい感謝が書かれていることがあるそうです。

神社付近には金持神社札所(売店)があり、金持神社の縁起物が販売されています。高い人気を誇るのは、黄色いハンカチです。宝くじを包んで当選祈願する縁起物として人気とのことでした。

金持に訪れたら、金持神社に参拝して札所で縁起物を見つける開運旅が楽しめそうです。

(参考資料:姓氏研究家 森岡浩氏の講演会内容/町広報誌)

2. 海外町(神奈川県三浦市)

海外町の風景
<写真提供:一般社団法人三浦市観光協会>

日本なのに、海外。海外だけど、神奈川です。

地名の由来は諸説ありますが、海が陸に挟まれ狭まっている海岸の地形を指す「海戸」や「海門」という言葉が変化していき海外町になったと考えられています。ちなみに読み方は「かいがい」ではなく、「かいと」です。

バス停の標識
<バス停に「海外」の文字が!/写真提供:一般社団法人三浦市観光協会>

海外町は、三浦半島の南端にある小さな港町です。小さな漁船たちが波に揺られながら水面に浮かんでいる様子を眺めていると、ゆったりとした心地を味わえます。

晴れ渡り雲がない日は、相模湾の向こう側に箱根・伊豆、さらに遠くには富士山を望めることがあるとのこと。夕日の美しさも絶品で、海風に包まれながら自然を体感できます。

ぜひあなたも「海外旅行」に出掛けてみましょう!

海外町のおすすめスポット

スランプ構造のイメージ
<神奈川県指定天然記念物に指定されている「スランプ構造」/写真提供:一般社団法人三浦市観光協会>

海外町に訪れたらぜひ見てほしいのが「海外町のスランプ構造」です。

海底の地層が隆起して町の一部になっている姿はまさに圧巻。海の底で積み重なっていた泥や砂が、海流により削られたり地滑りが起きたりして、波状に曲がった地層を作り上げました。

海底の地滑りの様子がわかる地形はとても貴重なため、神奈川県指定天然記念物に指定されています。

海外町では、海外町のスランプ構造だけでなく「二町谷の漣痕(れんこん)」と呼ばれる波模様が特徴の地層を見ることもできます。こちらも大変貴重で、神奈川県指定天然記念物に指定されているため、興味のある方はぜひ訪れてください。

3. 志布志市志布志町志布志(鹿児島県)

志布志市志布志町志布志の案内板
<出典:写真AC

「志布志市志布志町志布志」なんて、まるで何かの呪文みたいですが、何も召喚することはできません。単なる地名だからです。

志布志(しぶし)の由来は、天智天皇が都を移す逸話の中にあります。天皇がこの地に訪れたとき、布を献上した女性がいました。女性の元で働いていた召使いも主人(女性)にならい布を献上すると、天皇は非常に感動されたそうです。

そのとき「上下より布を志す誠にこれは上下の志布志である」との言葉を残されたことで、地元の人々はこの地域を「志布志」と呼び始めました。

志布志の風景
<出典:写真AC

以降、志布志は誰もが住みやすい安らぎや賑わいに溢れている町として栄えています。

ちなみに、志布志の地名が初めて歴史的文献に登場したのは1316年。なんと、鎌倉時代末期です。700年以上前から使われている地名なんですね。

(参照:志布志市観光特産品協会 公式サイト

志布志市観光ガイド紹介
観光ガイド紹介 公式ページ

志布志市志布志町志布志では、まちの魅力を伝える観光ガイドの方がいらっしゃいます。費用は1人たった200円で、観光コースは下記の全5種類から選べます。

【志布志観光ガイドの5コース】

  1. 大慈寺とその門前コース
  2. 千軒町コース
  3. 宝満寺跡と武家屋敷群コース
  4. 麓庭園と湧水群コース
  5. ワンポイント観光:鉄道記念公園・山宮神社・志布志城(山城)など

1週間前までに事前予約をしておけば、奥深い志布志市志布志町志布志の歴史や見どころを余すことなく紹介してもらえますよ。うん、意地でも市名から呼んでみました。

4. 凸清水・凹清水 (愛知県阿久比町)

凸清水・凹清水の風景
<凸清水・凹清水は、小高い山と田畑が広がる緑豊かな場所/写真提供:阿久比町役場教育委員会社会教育課>

清水のでこぼこ兄弟が、愛知にいます。でも読み方は、凸清水(でこしみず)と凹清水(へこしみず)です。なんだか可愛い。

「新阿久比地名考(阿久比郷土学習同好会刊)」によると、凸清水・凹清水は元々、大清水・中清水と呼ばれる土地でした(江戸時代当時)。2つの地名に共通している「清水」は、湧き水が出る土地だったことから名付けられています。

ここで問題だったのが、大清水と中清水 の近くの土地でも湧き水が出ていたことです。

多くの土地で、湧き水が出るから清水と名付けよう、清水だけだと他と区別がつかないから名前に文字を付け加えようと考えます。その結果、大清水・中清水が複数存在していたそうです。

明治時代に突入すると、他の大清水・中清水と区別できるような地名に変えることになります。その結果、「大」清水が「凸」清水に、「中」清水は「凹」清水に改名されました。別に「凸凹」にしなくても、他にいくらでもよい漢字はあったような......。そこであえて「凸凹」を選択するセンスが素敵です。

5. 天使突抜(京都府京都市下京区)

五條天神宮
<出典:写真AC

天使突抜は、京都市下京区にある東中筋通り沿いを指す地名です。読み方は、天使突抜(てんしつきぬけ)。突き抜ける天使......。字のままイメージしても由来がわからないファンタジーさがありますね。

天使突抜という地名ができた大きなきっかけを作ったのは、時の天下人 豊臣秀吉なんだとか。京都に自身の屋敷として聚楽第(じゅらくだい)を建てた豊臣秀吉は、その後、自身の力を示すために、京都の街の整え直しに注力し始めます。

街の大改造では新たな通り作りも盛んに行われ、そのうちの1本は平安京からあった神社「五条天神宮」の境内にある森の中心に通されています。五條天神宮の神様は、薬の神スクナヒコナノミコト、別名「天子様」です。「天子」は天皇を示す言葉でもあるため、京都の人々は気軽に「天子」と呼ぶのは恐れ多いと考え、「天使」を使うようになったと言われています。

人々に愛される、「天使様の境内を突き抜けてできた通り」であることに由来して「天使突抜」と名付けられました。

一説では、強引な都工事を推し進める豊臣秀吉への皮肉を込めた呼び名とも言われているとか......。時代の中心地として繁栄した歴史を持つ京都らしい、珍しい地名ですね。

参考:下京地方情報サイト京都知新(MBS毎日放送)歴史文化探訪ラボ

6. まだまだある!全国の珍しい地名

全国にはまだまだ珍しい地名があります。今まで何気なく使っていた言葉が実は地名だった!?なんてこともあるかもしれません。

鍵穴(静岡県静岡市葵区)

鍵穴のイメージ
<出典:写真AC

静岡県静岡市葵区にある鍵穴は、緑に囲まれた閑静な場所です。

地名は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した武将 梶原景季(かじわらかげすえ)の愛馬スルスミが関係しています。

梶原景季は、鎌倉幕府初代将軍である源頼朝に仕えていました。名馬として名高いスルスミを源頼朝が気に入り、譲り受けたいと願ったそうです。スルスミを譲り受けるため梶原景季の旅宿していた場所を使者が訪れ、スルスミを連れて帰ってしまったことで、自身が管理していた厩(うまや)は必要なくなります。梶原景季は、不要になった厩の鍵をこの土地に捨て、スルスミを見送りました。

梶原景季が厩の鍵を捨てた場所だったことから、鍵穴と呼ばれるようになり今に至ります。馬が由来になるのではなく、捨てた鍵の方が由来になるのは、なんだかオシャレですね。切ない......。

(参照:角川日本地名大辞典

新幹線(静岡県田方郡函南町)

富士山と東海道新幹線
<出典:写真AC

静岡県田方郡函南町上沢には、新幹線と呼ばれる地区があります。呼び方もそのまま「しんかんせん」です。

この地域が新幹線と名付けられた理由は、新幹線の前進である弾丸列車が関係します。

弾丸列車は1939年当時に計画された、朝鮮半島や中国と日本列島を結ぶ路線で使おうとしていた列車です。物資や人員の運搬に役立てようとトンネル工事が進められましたが、戦争の激化により、計画は白紙に戻ります。

時代が戦後に進み1959年、改めて日本列島を結ぶ路線を作る計画である「東海道新幹線開発」が立てられたとき、当時の構想やすでに工事が行われていたトンネルを再活用することが決まりました。

弾丸列車計画や新幹線開発でトンネルを掘削していたことに、地域住民たちが親しみを込め「新幹線」と呼び始めた名残が、現在の「新幹線地区」という名前に表れています。

ちなみに、東海道新幹線が開業する前に刊行された地図では、すでにこの地区を「新幹線」と記していたそうです。

(出典:知れば知るほど面白い!日本地図150の秘密

池田町サラダ(徳島県三好市)

サラダのイメージ
<出典:写真AC

「池田町サラダ」は、徳島県三好市にあります。カタカナで書かれてると野菜をイメージしてしまいますが、「皿田」をカタカナにした地名だそう。

名前の由来は諸説ありますが、皿のように平らな土地が広がっていた説や、更地の田んぼだった説が有力です。

表記がカタカナの理由は、地名を登録した明治時代にカタカナ表記が流行していたからとのこと。池田町の地図を見てみると「サラダ」以外にも「ヤマダ」「ハヤシ」などカタカナで表記されている地名があります。

(参照:Wikipedia、- タタールのくにびき -蝦夷前鉄道趣味日誌-

日本には面白い地名がたくさんある

地名って、面白いですよね。膨大な数の地名があり、基本的に名前のない場所はありません。それって、すごいことだなあ、と漠然と考えてしまいました。

それぞれの地名には、歴史的な背景があり、ストーリーが存在します。珍しい地名の場所は、珍しい地名を付けるに至った珍しいストーリーがあることも多いのです。

旅行先を選ぶときに、地名をきっかけにして選んでみると、普段と違う旅の楽しみや感動を味わえるかもしれません。この記事で気になるところには、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

ぼくはさっそく、友達を海外旅行という名の神奈川旅行に誘ってみようと思います。怒られるかな。

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大塚たくま

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