ゴッホの描いた風景が残るオランダの村「ヌエネン」【後編】 

フィンセント・ファン・ゴッホの像

【前編】では、ゴッホが両親と暮らした牧師館や、ゴッホの恋人マルホットの家、ファン・ゴッホ教会などをご紹介しました。【後編】ではさらに、最初の大作である『ジャガイモを食べる人々』の制作背景や、ヌエネンを去るまでのゴッホの足跡をたどります。

目次

ヌエネンへのアクセス

ヌエネンへのアクセス

ヌエネンへのアクセスは、アイントホーフェン中央駅から「ヌエネン・オースト (Neuenen Oost)」 行きのバス6系統で16分ほどです。上の地図の右下にあるバス停「ヌエネン・セントラム(Neuenen Centrum)」で下車し、そこから徒歩で散策できます。

5. 『ジャガイモを食べる人々』の像 De Aardappeleters

ミレーの農民画に傾倒していたゴッホは、ヌエネンで働く農民の姿を描きました。かつて伝道師として貧しい人を救おうとしたゴッホは、今度は画家として、つつましく働く人たちの苦しみに寄りそい、その魂の美しさを表現しようとしたのです。

弟テオへの手紙には、「巨匠たちの絵の中の人物は生きて働いていない。働く農民の姿を描くことは近代美術の核心だ」と綴っています。ゴッホは大地に根ざす農民を、力強い筆致で描きました。

上:『男性の顔』1884-5年『女性の顔』1885年/中段:『女性の顔』2作品 1885年/下:『田舎家』1885年 ゴッホ美術館蔵
<上:『男性の顔』1884-5年『女性の顔』1885年/中段:『女性の顔』2作品 1885年/下:『田舎家』1885年 ゴッホ美術館蔵>

恋人のマルホットと別れた悲しみや、父親との確執から目を逸らすように、ゴッホは40人以上の農民の肖像画を次々に制作しました。そして1884年の3月に『ジャガイモを食べる人々』の構図を思いつきます。

ゴッホは農家のデ・フロート家に下宿しながら『ジャガイモを食べる人々』を制作しました。『田舎家』(上写真)はこの農家を描いたものです。現在は別の家屋に建て替えられていますが、ヘルウェンセ通り4番地 (Gerwenseweg 4) では、穏やかな田園風景に当時の面影を偲ぶことができます。

ヘルウェンセ通りは牧師館から北へ900mほどで、途中にはゴッホの絵画にも登場する「デ・ロースドンク風車 (Windmolen de Roosdonck)」があります。緑の広がる長閑なエリアで、牧師館周辺とはまた別の風景が楽しめます。

ジャガイモを食べる人々
<『ジャガイモを食べる人々』1885年 ゴッホ美術館蔵>

1884年3月26日、『ジャガイモを食べる人々』の制作に夢中になっていたゴッホのもとに、突然、父親の訃報が届きます。自宅で発作を起こし、そのまま息を引きとってしまったのです。

いつかは理解してもらいたい、そして和解したいと望んでいたゴッホは、悲しみと絶望に打ちひしがれました。どれほど後悔しても、父親はもう二度と戻りません。

悲嘆に暮れる日々のなかで、ゴッホは『ジャガイモを食べる人々』を完成させました。画家を志して5年、ヌエネンで2年間もがきながら、必死に描いてきた農民画の集大成です。貧しい北国の農民生活を、ひとりで考え抜いた構図と画風で描き、ついに自らの芸術観を体現しました。

ゴッホは興奮気味に、「ジャガイモを食べる人々が、その手で土を掘ったのだということをはっきり示そうとした」と手紙に書き、テオや画家仲間のラッパルトに批評を求めました。

しかしゴッホの期待に反して彼らから返ってきたのは、細かい注意や厳しい批判でした。苦心の作を酷評されたゴッホは、ようやく手に入れた自信を打ち砕かれてしまったのです。

『ジャガイモを食べる人々』の像
<『ジャガイモを食べる人々』の像 Photo: WoodenSpoon CC BY-SA 4.0

ヌエネンの聖クレメンス教会 (Heilige Clemenskerk) 前の公園には、『ジャガイモを食べる人々』の像があります(上写真)。少し離れたところに置かれた椅子は、スケッチをするゴッホの席です。腰をおろすと、絵画と同じ構図の食卓が眺められます。

一日の仕事を終えた家族が、ジャガイモやコーヒーの湯気に包まれて会話をするかたわらで、ひとり黙々と絵筆を動かすゴッホ。その関係性が可視化されると、描くという仕事の孤独さがひしひしと伝わってきます。

6. フィンセント・ファン・ゴッホの像 Vincent van Gogh

フィンセント・ファン・ゴッホの像
<フィンセント・ファン・ゴッホの像 Photo: Jan Weijers CC BY-SA 3.0

『ジャガイモを食べる人々』の像がある公園には、ゴッホの像も立っています。帽子をかぶりスケッチブックを持って、野外スケッチに出かけるところでしょうか。その表情はどことなく淋しげですが、前に向かって進む姿には、ゴッホの情熱や覚悟が感じられます。

聖職者として貧しい人々を救いたかった。

愛する女性と安らぎのある家庭をつくりたかった。

いつか父親に認めてもらいたかった。

絵画で自分を証明したかった。

人を愛し、愛されたかった。

その望みは何ひとつ叶うことなく、1885年11月23日、ゴッホはヌエネンを去りベルギーのアントワープに向かいます。32歳、故国オランダとの永遠の別れになりました。

『鳥の巣』1885年 ゴッホ美術館蔵
<『鳥の巣』1885年 ゴッホ美術館蔵>

ヌエネンを去る前、ゴッホは鳥の巣をいくつも描きました。1885年の10月だけでも、5枚の油絵を仕上げています。ゴッホにとって鳥の巣は、森や野原で夢中になって自然観察をした、幼い頃の大切な思い出であり、温かい家庭の象徴でもありました。

先述の『田舎家』に描いたような質素な農家のことを、ゴッホは「人の巣」と呼んでいました。藁葺き屋根の下で肩を寄せ合う2つの農家が、まるで互いを支えあう老夫婦のように思えたのです。

ゴッホは幼い頃からずっと、心安ぐ自分の「巣」を探していたのかもしれません。両親との思い出を心に刻むように『ヌエネンの牧師館』を描いたのも、アントワープに旅立つ前のことでした。

7. フィンセンター Museum Vincentre

牧師館の向かいには、ゴッホのヌエネンでの暮らしぶりを紹介する「フィンセンター」があります。ゴッホや家族、知人などの私物や、ヌエネンに関する資料が展示されていて、ゴッホの人となりに触れることができます。

2023年5月16日からは「ファン・ゴッホ村博物館」としてリニューアルオープンし、ゴッホに関する企画展や、マルチメディア技術を駆使した展示も楽しめるようになりました。ミュージアムショップや読書スペース、カフェもあり、散策の途中に一息つけるスポットです。

フィンセンター(ファン・ゴッホ村博物館)

8. オプウェッテンの水車小屋 De Watermolen van Opwetten

上:『オプウェッテンの水車小屋』1884年 個人蔵/下:現在のオプウェッテンに残る水車小屋 Photo: Wammes Waggel CC BY-SA 3.0
<上:『オプウェッテンの水車小屋』1884年 個人蔵/下:現在のオプウェッテンに残る水車小屋 Photo: Wammes Waggel CC BY-SA 3.0

ゴッホは画材を買ったり、知人に会うために定期的にアイントホーフェンに出かけていました。その道中にある「オプウェッテンの水車 (De Watermolen van Opwetten)」に心惹かれ、やがてスケッチに通うようになりました。

オプウェッテンの水車はオランダ最大の水車です。この場所に水車が建てられたのは11世紀で、1664年と1764年に火災に見舞われていますが、ゴッホが1884年に描いた風車は、当時のままの姿を残しています。

水車守のピート・ファン・ホールン (1873-1973) 氏はまだ少年だった頃に、水車を描くゴッホと知り合いになったといいます。1973年のインタビューでは、ゴッホとの思い出を語っています。

「ほとんど皆が、彼を狂人呼ばわりしていたが、彼は全く狂っていませんでした。ただひたすら、絵を描く場所を探し回っていただけなんです。まあとにかく変わり者だったことは確かですが」

ホールン氏はゴッホに、森で見つけた鳥の巣を手渡したこともあるそうです。先入観を持たない少年との交流は、ゴッホにとって心休まるひとときだったのではないでしょうか。

オプウェッテンの水車は今なお稼動し、小麦を製粉しています。稼動する水車を見学したい方は、日曜日の13時から17時にお出かけください。水車守の方が内部を案内してくださいます。

工場として使用されなくなった水車小屋の一部は、レストランに改装されています。旅の締めくくりに、テラス席で食事を楽しみながら、ゴッホの暮らしたヌエネンの風景を眺めてみてはいかがでしょうか。

オプウェッテンの水車De Watermolen van Opwetten

  • 所在地:Opwettenseweg 203, 5674 AC Nuenen
  • アクセス:アイントホーフェン中央駅よりバス6系統(Neuenen Oost行き)で6分Koudenhoven下車徒歩14分
    稼働時間:日曜 13:00-17:00
  • 公式サイト:オプウェッテンの水車De Watermolen van Opwetten

※施設の詳細やアクセス方法など掲載内容は2023年5月時点のものです。

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Kayo Temel

オランダ在住。アムステルダムの美術アカデミーで絵画を学び、イラストレーターとして活動中。20年の在蘭経験を活かして、オランダを満喫するためのローカルな情報をお届けします。

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