『夜警』 修復プロジェクトで明らかになった10の新事実!

10の新事実

2019年より『夜警』の修復を行っているアムステルダム国立美術館がこのほど、2年半にわたる調査の結果を公表しました。レンブラントが描いた下絵と完成作品の違い、絵具層の状態など、最新技術を駆使した調査で明らかになった新事実をご紹介します。

目次

1. 浮かび上がったスケッチ

アムステルダム国立美術館が「夜警作戦(Operatie Nachtwacht)」と銘打つ修復プロジェクトには、超高解像度スキャニング装置や蛍光X線分析装置(Macro-XRF)、X線粉体回折装置(Macro-XRPD)など、最新鋭の技術が導入されています。

2019年7月から2年半をかけた調査と分析の結果、レンブラントが油彩の下に描いたスケッチがデータ化されました。スケッチには描かれているものの、完成作品では塗りつぶされているモチーフも明らかになっています。躍動感や光の効果を吟味しながら、レンブラントがいかにあの劇的な『夜警』の構図を仕上げていったのか、制作工程を知るための貴重な資料です。

2. 消し去られた剣

『夜警』の中心に描かれたコック隊長とファン・ライテンブルフ副隊長

今回明らかになったスケッチによれば、『夜警』の中心に描かれたコック隊長とファン・ライテンブルフ副隊長の間には、もう一本の剣が描かれていました。レンブラントはこの剣を、構図を整えるために塗りつぶしていたのです。

『夜警』の構図では、銃や槍、旗竿、杖などの直線的モチーフが重要な役割を果たしており、この剣のほかにも、槍が少なくとも4本は消し去られていることが分かりました。

3. 塗りつぶされた羽飾り

ヘルメットの羽飾り

蛍光X線分析装置によるスキャンでは、ヘルメットの羽飾りを塗りつぶした跡も発見されています。コック隊長の左上にいる隊員(写真中央)がかぶっているヘルメットには、もともと黄色の羽飾りが描かれていました。

両隣の隊員が、羽飾りをつけていたり、長い帽子をかぶっているために、バランスを考えて塗りつぶしたのでしょうか。たしかに、羽飾りがない方が画面中央の奥行きが深まるようにも感じられます。

4. レモンを描くための顔料

左:ファン・ライテンブルフ副隊長のガウン/右:レンブラントと同時代の画家ウィレム・クラース・ヘダによる『鍍金した酒杯のある静物』に描かれたレモン
<左:ファン・ライテンブルフ副隊長のガウン/右:レンブラントと同時代の画家ウィレム・クラース・ヘダによる『鍍金した酒杯のある静物』に描かれたレモン>

顔料の元素分析では、レンブラントが有毒なヒ素を含む顔料を使っていたことが明らかになりました。ヒ素を含む顔料は17世紀当時、静物画のレモンを描く際に用いられていたものの、肖像画に使用されることは稀でした。

レンブラントのパレットにも馴染みの薄い顔料ですが、ファン・ライテンブルフ副隊長の煌びやかなガウンの描写(左写真)など、『夜警』ではヒ素を含む顔料が惜しげなく使用されています。

5. 褐色になった花紺青

左:花紺青が変色して黒ずんでいる少年の靴下/右:花紺青の顔料
<左:花紺青が変色して黒ずんでいる少年の靴下/右:花紺青の顔料, ドレスデン工科大学所蔵 Photo: Shisha-Tom CC BY-SA 3.0

レンブラントは『夜警』を描く際、広範囲で花紺青(コバルトガラスを粉末にした青色顔料)を使用しました。花紺青は紫を帯びた深みのある青色ですが、時と共に褪色するため、現在の『夜警』では黒ずんだ茶色になっています。

今回の調査によって、例えば画面左下に描かれた少年の靴下など、花紺青で描かれた部分が明らかになりました。この花紺青に限らず、当初の『夜警』は今よりもずっと色彩に富んでいたのかもしれません。

6. もうもうとした煙

左:レンブラント・ファン・レイン『夜警』/右:ヘリット・ルンデンス による模写
<左:レンブラント・ファン・レイン『夜警』/右:ヘリット・ルンデンス による模写>

『夜警』は過去に行われた修復作業が原因で、オリジナルの絵画層が摩耗していることがわかりました。

17世紀に描かれたヘリット・ルンデンスによる模写(右写真)には、コック隊長とファン・ライテンブルフ副隊長の周辺などに、もうもうとした煙が描かれていますが、現在の『夜警』では煙の跡を確かめることはできません。

今回は鉛系顔料の分布が調査され、レンブラントが煙を描くために使用した顔料が明らかになりました。

7. ワニスによる灰色の靄

消えてしまった煙の描写とは逆に、過去の修復作業の結果として、期せずして靄のかかってしまった部分があります。以前の修復で使用されたワニスが脆かったため、絵画層の表面に灰色がかった靄がかかってしまったのです。

1970年代の修復で塗られたワニスはまださほど変色していないものの、その層の下に、より以前のワニスの跡が発見されました。

※編集部註:ワニスとは、作品の光沢を整え、また画面を保護するために絵具層の上に塗る薄い樹脂の膜で、古いものは茶褐色に変色している(国立民族学博物館サイトより引用)

8. 白い塊、黒い斑点

極小の白い塊と黒い斑点

さらに今回の調査では、絵画層にできた極小の白い塊と黒い斑点の正体も明らかになっています。

白い塊は、何世紀にもわたって顔料の鉛が展色剤と反応して形成された突起でした。過去の修復で絵画を洗浄した際、それらの突起が剥がれ落ちるか除去されて、黒の斑点ができてしまったのです。

絵具の摩耗、剥離など、慎重を期してなおリスクを伴う修復の難しさが窺えます。

9. スケッチが露になった犬

夜警

画面右下に描かれた犬は、その退色の原因が注目されていました。調査当初は、経年による絵具の変質が原因だとする仮説が立てられましたが、実は絵具層が摩耗していました。油彩の層が失われ、下絵の層が露になっていたのです。

犬の周辺は、古いワニスによる靄がかかっている箇所でもあり、どのような処置が施されるのか(または施されないのか)気になるところです。

10. カンヴァスの歪み

『夜警』は縦379.5cm、横453.5cmの大きな絵画ですが、そのカンヴァスに歪みが生じていることも明らかになりました。特に左上の波打つような弛みは、目視できるほど深刻です。

2003年から2013年にかけて、アムステルダム国立美術館の改修工事が行われた際、『夜警』は別館の「フィリップス・ウィング」に移動されました。カンヴァスの歪みは、その10年間での展示で生じたものと考えられています。

2022年1月19日より開始された修復作業では、カンヴァスの歪みを直すことが最優先事項となりました。『夜警』はまず絵画面を下にして平置きされ、木枠からカンヴァスが外されました。1975年に交換されたこの木枠には、564本ものタックス(釘)が打たれていたそうです。

今回の処置では、カンヴァスの張力を測定できる特殊装置を用いて、アルミ製の枠に『夜警』が張り直されます。

※夜警作戦(Operatie Nachtwacht)の進捗状況は、アムステルダム国立美術館公式サイトで随時更新されています。

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アムステルダム国立美術館アクセス:アムステルダム中央駅よりトラム1, 12番で12分Rijksmuseum下車

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Kayo Temel

オランダ在住。アムステルダムの美術アカデミーで絵画を学び、イラストレーターとして活動中。20年の在蘭経験を活かして、オランダを満喫するためのローカルな情報をお届けします。

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