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新幹線も停まる駅!山形から徒歩で回れるスポット紹介

記事投稿日:2021/03/10最終更新日:2021/03/31

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山形の観光というと、温泉やスキーのほかは、町で言えば、米沢や鶴岡、酒田などに焦点が良く当てられます。山形市では、もちろん山寺(立石寺)が有名ですが、山寺はその名の通り町外れに位置するため、山形駅は乗り換えのみで素通り、というパターンも少なくないようです。

けれども実は、山形駅周辺にも、見どころが数多くあります。駅から徒歩で回れる施設も多く、丸一日楽しめること請け合いです。

目次

山形県郷土館(文翔館)

まず決して外せないスポットとしては山形県郷土館が挙げられます。愛称は文翔館。山形駅から徒歩で約25分の距離にあります。25分と聞くと長く感じますが、道幅も歩道も広くゆったりとしているところが多いので、歩きながら人をよける必要もなく、散策はかなり快適なはず。駅より少し東にある七日町大通りをまっすぐ北に向かうと、時計塔を中心に翼を広げたような洋館が目の前に現れます。これが文翔館です。

山形県 文翔館外観
<文翔館外観 ©KanmuriYuki>

文翔館は1916年(大正5年)県庁舎として建てられたもので、英国近世復興様式を基調としており、1984年(昭和59年)には国の重要文化財の指定を受けました。

設計を担当したのは、中條精一郎と田原新之助。米沢出身の中條精一郎は、東京帝国大学建築学科卒業後イギリスに留学した経験を持ち、東京出身の田原新之助は、日本に根を下ろしたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルの内弟子だった人物です。

正面からみると石造りに見えますが、実はレンガ造りで、外壁に、花崗岩を石張りしているのです。石張りのない中庭側からみるとレンガ造りであることがよくわかります。

山形県 中庭側から見た文翔館
<中庭側から見た文翔館 ©KanmuriYuki>

10年かけた復原工事

戦時中は金属類が供出されたり、漆喰天井が取り払われたりと、内部の様子はずいぶんと変化しましたが、文化財の指定を受けた後1986年から耐震補強とともに復原工事が行われました。約60の業者と約500人の職人が参加して、大正時代と同じ材料を探し、同じ手法で10年かけて丁寧に修復された姿がいまの文翔館です。正面玄関を入ると目に入るのがまず威風堂々としたこの階段。

山形県 中央階段
<中央階段 ©KanmuriYuki>

の写真には写っていませんが、踊り場にはステンドグラスがあり、月桂樹の葉の輪飾りがデザインされています。

注目したい漆喰天井

山形県 復原された正庁
<復原された正庁 ©KanmuriYuki>

中央階段を上ったところにあるのが、重要な会議などに利用された正庁です。飾り柱には大理石が用いられており、天井には凝った漆喰飾りが見られます。かたどられた花々は薔薇、百合、ダリア、それと山形特産の紅花。果物は、びわ、桃、洋梨、葡萄に、これも山形ならではのさくらんぼ。葉っぱはアカンサスと月桂樹です。

山形県 漆喰花飾り
<漆喰花飾り©KanmuriYuki>

正庁からバルコニーに出れば、歩いてきた七日町大通りが、まっすぐ目の前に伸びています。

文翔館はロの字型をしており、正庁と同じ3階には、他にも貴賓室や知事室、警察部長室、内務部長室などが当時の姿に復原されているほか、山形県の歴史や郷土についての展示も並んでいます。一方、2階には、山形の風土・文化、また山形の文学に関する展示があるほか、復原修復の様子を映したドキュメンタリー映像を見ることができます。

この建物は、渡り廊下で旧県会議事堂に繋がっており、カマボコ型のヴォールト天井の議場ホールも見学できます。今もコンサートやピアノの発表会などに活用されている現役のホールです。

山形県郷土館 文翔館

  • 開館時間:9時~16時半
  • 休館日:第1・3月曜日(祝祭日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)
  • 入館料:無料
  • URL:https://www.gakushubunka.jp/bunsyokan/

山形の基礎を築いた最上義光

山形県 最上義光騎馬像
<最上義光騎馬像 ©KanmuriYuki>

文翔館から15分ほど線路のほうへ歩くと、霞城公園への入り口である二ノ丸東大手門に出ます。東大手門の手前には、最上義光歴史館と、山形美術館が並んで建っています。最上義光歴史館には、その名の通り、出羽山形藩の初代藩主最上義光と最上家にまつわる品々が展示されています。入館料は無料です。山形美術館は、日本画のほか、モネやルノワール、セザンヌといったフランス近代絵画のコレクションも有しており、興味のある方には外せない場所でしょう。

最上義光歴史館

  • 開館時間:9時~17時
  • 休館日:月曜日(祝日と重なる時はその翌日)
  • 入館料:無料
  • URL:http://mogamiyoshiaki.jp/

山形美術館

霞城公園となった山形城跡

山形県 二ノ丸東大手門
<二ノ丸東大手門 ©KanmuriYuki>

霞城公園と呼ばれるいまの場所に城郭が作られたのは17世紀のことでした。明治に入りすべて壊されてしまいましたが、二ノ丸東大手門や、櫓門、本丸一文字門などは復原され、当時を偲ぶことができます。山形市は、さらに本丸御殿と本丸一文字櫓の復原も計画しており、助けになる参考資料の情報も募っているそうです。

山形県本丸一文字門
<本丸一文字門©KanmuriYuki>

公園内は非常に広く、緑地や桜園、梅園のほか、体育館や野球場、弓道場などのスポーツ施設、また博物館もふたつ建っています。そのうちのひとつ、山形市郷土館は、注目に値する建築物です。

明治時代に建てられた西洋風建築

山形県 旧済生館本館正面玄関側
<旧済生館本館正面玄関側 ©KanmuriYuki>

今は山形市郷土館として用いられている旧済生館本館は、1878年(明治11年)県立病院として建設されました。正面には八角形のポーチ、一階は円型に見える14角形の回廊が中庭を囲むようにできています。見た目は西洋風ですが、建設にかかわったのは日本の大工や職人。専門家に頼らず見よう見まねで建てたもので、擬洋風建築と呼ばれました。造らせたのは山形県の初代県令となった三島通庸(みしまみちつね)です。三島通庸は、最初に紹介した文翔館(旧県庁舎)の場所に初代の県庁舎を建てた人でもあります。初代県庁舎は1911年の山形市北大火で焼け落ちてしまい、その跡地に建てられたのがいまの文翔館である第二代県庁舎でした。

済生館は、県立病院、またのちには市立病院として長く使われましたが、老朽化が進み、病院としては引退。1966年には国の重要文化財に指定され、1967年から2年以上かけて、霞城公園内に移築および復原保存されました。

山形県 旧済生館本館中庭
<旧済生館本館中庭 ©KanmuriYuki>

今並ぶ展示内容は、郷土史、医学資料、明治時代済生館で医療に当たったローレンツ博士に関するもの、また済生館復元工事資料などです。それらも興味深いものですが、個人的には、一番の見どころは建築そのものであるように感じました。霞城公園内の木々に囲まれてひっそりと建っていますが、忘れず訪ねてほしい場所です。

山形市郷土館(旧済生館本館)


一日ですべて回るのはちょっと難しいかなというくらい見どころの多い山形駅周辺。入館無料の施設が多いのも嬉しいところ。ここに書いた以外にも、複数の神社やもみじ公園などが、駅から徒歩圏内に散在しています。訪れる季節や天気に合わせて、自分だけの素敵な散策ルートを見つけましょう。

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