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【レバノン②】"聖書"の語源になった遺跡
レバノン第2回です。
レバノンの地中海沿いには古代ローマにいた人々の手によって造られた石造りの建物が残されています。その建物には文字が刻まれておりその文字はギリシャから伝えられました。その文字から現在のレバノン周辺にいた紀元前11世紀頃の海洋民族「フェニキア」が発明した文字まで遡ることができます。
今回は世界遺産に登録されていてフェニキア人が文字を発明した場所と伝えられる海辺の遺跡と、彼らの交易を支えたレバノン杉を保護している森をご紹介します。
目次
聖書(バイブル)の語源にもなったフェニキア人ゆかりの遺跡「ビブロス」
紀元前11世紀頃にフェニキアと呼ばれる人々がいました。紀元前の新石器時代から鉄器時代まで存在しており、紀元前1200年~550年の間地中海交易を独占し、富を得ていた民族です。レバノンの歴史に商売の才覚があったフェニキア人の存在は欠かすことができません。そんなフェニキア人についてのお話をします。
フェニキア人の商売才能
当時紫色は高貴な色として珍重されておりました。そのため、当時の貴族や支配者たちの間でその色はもてはやされていました。その紫色はある巻貝から染料を取ってつくる紫色でしたので、実質「貝紫色」でした(洋の東西を問わず、紫色は「高貴な色」と思われていたことは面白いですね)。その巻貝の産地が現在のレバノン南部に多くありました。フェニキア人はその巻貝を独占し、貴族や支配者たちに高値で販売することで富を得ていました。その交易の過程でフェニキア人は地中海周辺の「天然の良港」と呼ばれる場所に数々の拠点を作り、名を馳せました。
地中海周辺にフェニキア人起源の遺跡が残っているのは彼らの旺盛な経済活動の名残です。まず、フェニキア人が基盤を作りのちにローマ人が発展させていきました。
フェニキア文字
フェニキア人は旺盛な経済活動だけではなく、その商取引を記録するために現在のアルファベットの起源となるフェニキア文字を発明しました。
その世界最古のアルファベットが発見されたのが、首都ベイルートから北に35㎞のところにある「ビブロス」です(現在の地名では「ジュベイル」と呼ばれます)。こちらは1984年にユネスコ世界遺産の文化分野で登録されている地中海に面した港町です。ビブロスは天然の良港として紀元前7000年から人々が定住し、フェニキア人の経済活動を支えた人類最古の街のひとつと言われています。そのビブロスから1923年に発見された「ビブロス王アヒラム」の石棺に、紀元前9世紀から8世紀のものと推測される最古のアルファベットが刻まれています。
ビブロスの地名は古代エジプトで生まれた紙の一種である「パピルス」から取られています。エジプトで作られた紙パピルスは、現在のビブロスを経由してはるばるとギリシャまで運ばれていき、古代ギリシャ語でパピルスを意味する「ブブロス」から少し名を変化させてビブロスと呼ばれるようになりました。現在聖書を「バイブル」と別名でいいますよね。そのバイブルという言葉の語源はパピルスから取られたと言われております。また、ビブロスの地名も同じくパピルスから取られていることから、バイブルとビブロスは同語源となります(なんだか、ありがたい地名ですね)。
ビブロスの役割
ビブロスは背後にあるレバノン山脈から切り出されたレバノンを代表する木材「レバノン杉」の積み出し、港としても繁栄しました。レバノン杉はフェニキア人の原動力である船の建材として使われていました。それだけではなく、その当時の重要な輸出品にもなっていました。なぜなら、古代エジプトではレバノン杉の樹脂がミイラ作りの儀式に使われるなどと重要な役目があったからです。ここからもわかる通り、当時エジプトとビブロスは密接に結びついていました。
今でもビブロスは3世紀に建造されたローマ時代の遺構である「ローマ劇場」や、12世紀に十字軍の手によって建てられた「要塞」が残り、古代から現代に至るまで様々な時代に思いを馳せることができます。
神の杉の森「レバノン杉」と、カディーシャ渓谷の中心地「ブシャーレ」
レバノンの国旗には中央部にレバノン杉が描かれています。旧約聖書にも著されているレバノン杉はソロモン王の神殿建設の際に登場し、国民統合の象徴と言われています。
かつてはレバノン山脈の一面を覆っていたレバノン杉ですが、気温や湿度、腐食に強く、耐久性がある木材として珍重され乱獲(乱伐採?)が進み、現在では1,000本程度しか残されていません。
標高3,088mの「クルナ・アッサウダー山」を擁するレバノン山脈の中腹、レバノン杉の保護地域を含めた一帯が「カディーシャ渓谷と神の杉の森」として、レバノンで最も新しい世界遺産(2020年現在)、1998年にユネスコ世界遺産の文化分野に登録されました。
レバノン杉は樹齢が1000年を超えるものや高さが30mを超えるものあり、保護地域で大切に育成され無闇に近付くことはできません。しかし、遠くから見てもレバノン杉が持つその存在感に圧倒されます。
レバノン杉を間近で見ると根元から力強く幹を分けて曲がっており、我々が日本で想像する真っ直ぐな杉のイメージからは遠いなと感じます。実はレバノン杉は「スギ」と呼ばれていますが、実際はヒマラヤ杉と同じ「マツ科」の樹木でマツと同じように松かさ(まつぼっくり)もでき、杉のイメージからは遠いという訳です。
レバノン杉の保護地域は標高1,800m以上にあり、冬には雪も降ることから本当に寒く近くには1920年代に開設されたレバノンで最も古い「天然の」スキー場もあるほどです。
地中海沿いの海岸部との温度差も大きいため、冬季に訪れる際には防寒対策が必要です。
またレバノン杉を訪れる際に立ち寄る、首都ベイルートから北に120kmに位置する、標高1,500m高原都市「ブシャーレ」はカディーシャ渓谷の中心地となっています。
ブシャーレは迫害を逃れて移り住んだキリスト教徒が多く、教会が立ち並ぶ石造りの小さな街並みはまさに「中東のスイス」そのものの風景です。高原の冷気がただよう張りつめた空気なかで、レバノン山脈の抱かれた雪の中にそびえるレバノン杉の姿は中東であることを忘れさせてくれます。
レバノン杉は古代からの人びとを見つめていたまさに「生き証人」です。
首都ベイルートから長時間の移動なく、ユネスコの世界文化遺産に登録された貴重な都市遺跡や雄大な自然にふれることができる、これもレバノンの魅力のひとつです。
次回は地中海に沿って南部に位置する、フェニキア人ゆかりの遺跡をご紹介します。
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