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かつての超高級住宅地!洋館立ち並ぶ旧租界地を歩く~中国・上海~

記事投稿日:2020/10/03最終更新日:2020/10/03

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こんにちは、今回は上海の旧租界エリアにあった、かつての外国人向け高級住宅街をご案内します。このエリアは以前ご紹介した外灘とは雰囲気が異なり、落ち着いた雰囲気の住宅地の趣です。

>>外灘の記事はこちら:近代建築の宝庫!外灘の路地裏を歩く ~中国・上海~

筆者が向かったのは新華路(シンファールー)。新華路は街路樹の緑が深い、上海でも有数の落ち着いた雰囲気があるエリアとして知られています。

新華路の街路樹1.jpg

この道沿いには100棟ほどの洋館が建ち並んでいます。どれも今から100~80年ほど前の旧租界時代に、上海に住む欧米人向けに建てられた家です。

特に新華路にある「外国弄堂(ワイグオノンタン:外国人の住宅街の意味)」と呼ばれる一角には、U字型の道の沿道に29棟の洋館が建ち並んでおり、この道を歩くとかつての外国人居住区の面影をたどることができます。

目次

欧米人上流階級層の住まいだった「外国弄堂」

「外国弄堂」は上海に租界があった時代、イギリス系不動産デベロッパーが開発した欧米人向け高級住宅地です。「上海租界時代随一の名建築家」の誉れ高い、ハンガリー人建築家・ヒューデックがここにある多くの邸宅の設計を担当しました。計29棟の洋館がこちらに集まっています。建築のレベルの高さから、12棟が上海市優秀歴史建築に指定されています。住宅街は1928年に完成しました。

この住宅街の特徴は、イギリス、アメリカ、オランダ、イタリア、スペイン等様々な国の様式の邸宅があること。世界各国からの外国人居住者のニーズに対応するためと言われています。

どの邸宅にも決まって広大な庭があり、ゆったりした作りになっています。スペイン、ポルトガル、イギリス、スウェーデンの領事館や領事公邸もありました。旧租界時代の上海は、外国人にとって有利なビジネス環境だったとはいえ、このレベルの邸宅に住むことは一般人には難しかったようです。

主に建物を外側から伺う形になりますが、ここで見られる邸宅をご紹介していきます。

外国弄堂入り口.jpg

こちらが「外国弄堂」の入り口です。バーが下がっていますが、通常歩行者は自由に出入りできます。

アメリカ系レコード会社社長私邸 

コロムビアレコード社長宅.jpg

上海租界時代の住宅様式でよく見られる、スペイン式の邸宅。1940年前後築。アメリカ系レコード会社のイギリス人上海支社長の私邸でした。

1949年の新中国建国以降、多くの外国人同様、社長は帰国。その後は上海市交響楽団が借りていました。1957年にかつての主がこの地を訪問。1980年前後、社長の娘が訪問し、当時を懐かしんだということです。

この邸宅は広大な庭がポイント。

コロムビアレコード社長宅庭.jpg

スペイン風建築に用いられる半円形の瓦が屋根となった塀。塀は延々と伸びており広大な庭の存在を示しています。中には巨木が生い茂っており、邸宅完成当初に主が植えた木が残っているように見えます。

アメリカ人宣教師の邸宅

宣教師自宅.jpg

1925年築のイギリス建築。アメリカ人宣教師ギルバートレイドが居住した邸宅です。

ギルバートレイド氏は1882年、アメリカキリスト教北長老会から中国に派遣されました。1892年に帰国するも、2年後ににフリーの宣教師として上海を再訪。宣教師としての活動のみならず、新聞記者も勤め、合計40年ほど中国に滞在。北京、上海などに足跡を残しました。

中国系資本の紡績会社社長邸宅

紡績王の家1.jpg

租界時代も終盤に入ると、経済力をつけた華人商人が台頭し、外国人御用達だったエリアにも進出するケースがあります。この邸宅は元々は外国人居住者用に建てられたものですが、そんな経済力をつけた華人がその後購入したものです。

邸宅の様式はスペイン風。上海紡績会社社長・薛福生(せつ ふくせい)が購入しました。現在同氏の家族の方が暮らしているそうです。筆者は写真左に見える赤扉のガレージに注目しています。この作りは完成当時の意匠そのままになっている貴重なものと感じました。

中国で唯一無二の「ケーキの家」

ケーキの家1.jpg

高い塀と固く閉じられた門、そして伸び放題の植物に遮られ、その全体像を見ることは難しいのですが、こちらは上海の近代建築好きな人の中でとてもよく知られた存在の邸宅です。1925年築。上海、中国でもここだけの二階建て円形邸宅。その形から「蛋糕房子(ケーキの家)」の愛称で呼ばれています。

この邸宅はかつてスペイン大使公邸として使われました。その後上海の名門大学・同済大学校長周氏が購入。現在は海外在住の周氏の家族が所有しているそうです。

気になる間取りは1F真ん中に円形広間。広間中央には噴水。広間外側に各部屋があり、広間から行ける構造になっていたそうです。かなり豪華なつくりであることが伺えますが、現在空き家の状態が続いており、中の様子が気になります。

ケーキの家.jpg

こちらは以前、この邸宅を庭側に回って見た時の様子です。中央青い屋根の建物が「ケーキの家」です(現在は手前の家の塀に高い垣根が足され、この角度で見ることはできなくなっています)。

スウェーデン領事公邸

大使公邸.jpg

イギリス式の1925年築の邸宅。1936から1947年にかけてスウェーデン領事公邸として使われていました。庭には樹齢200年のモクレンがあり、春には白い花が咲き誇るそうです。

1949年の新中国成立直前に「中国実業の父」、「中国高等教育の父」と呼ばれる盛宣怀の家族に売却。その後上海の名門大学である交通大学の職員住宅に。現在更に所有者が変わった模様との話です。建物の保存や手入れがよく行き届いている様子がうかがえます。

「外国弄堂」内の無名の建築にも注目!

ここまで外国弄堂内の有名建築にフォーカスしてご紹介しましたが、他にも外国弄堂内には数々の邸宅があります。歴史的な経緯で所有権が分割され、現在集合住宅化しているものが多いです。こうした邸宅は近寄って見られるため、細かい意匠に気づけます。(※住民の方の迷惑にならないように注意して見学ください。)

かつて邸宅内で使われていた暖炉の煙突に鋼鉄の意匠を発見したり・・・

えんとつの意匠.jpg

窓枠の意匠を楽しんだり・・・上の写真の煙突と同じ建物なのですが、どことなく似ているデザインですね。

窓枠の意匠.jpg

このドアの金具はドアに使われている木材が湿気の為にそるのを防ぐためのもの。

外国弄堂のドア.jpg

入口やベランダ、窓のつくりが年代を感じさせます。

スペイン風邸宅2.jpg

門柱がねじれ模様が入っているところや、窓の間にもねじれ模様が入っているところが面白いですね。

スペイン風邸宅.jpg

外国弄堂 基本情報

  • 中国語表記:外国弄堂
  • 住所:上海市長寧区新華路211-329弄
  • アクセス:地下鉄11号線「交通大学駅」徒歩11分

「外国弄堂」周辺の有名建築

アラブ石油王の息子の新居?!この界隈で最大の邸宅

アラブ石油王の邸宅.jpg

外国弄堂の入り口のすぐ近く、新華路315号に建つイギリスカントリー風の建物。ここはアラブの石油王の息子が結婚の為に建てたと言われる、当時新華路でもっとも豪華な邸宅。1949年以降、上海市第一商業局療養院となり、現在はオフィスになっています。

スピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」原作者の家

太陽の帝国の家.jpg

また付近の番禺路508号には、1980年代に公開された、租界時代から戦後直後の上海を舞台にしたスピルバーグ監督の映画「太陽の帝国」の原作者である、J.G.バラード氏が幼少期を過ごした家が残っています。高級住宅地に建つ大邸宅に住んでいたJ.D.バラード氏、かつての生活が何一つ不自由ないものだったことを感じさせます。

人気リノベスポット「コロンビアサークル」

コロンビアサークル3.jpg

外国弄堂を歩いたら、ぜひ足を運んでみてほしい場所が「コロンビア カントリー クラブ(中国語では「上生新所」の呼称が一般的)」。ここは1924年に開業した、旧租界時代のアメリカ人向けレジャースポットでした。長らく「上海生物化学研究所」の研究センターとして建物が使われていましたが、研究所は移転した2018年、リノベーションスポットとして公開。

このスポットの目玉が旧租界時代のプールです。

租界時代プール.jpg

これだけきれいにリノベーションされた租界時代のプールが見られる場所はここが唯一。泳ぐことはできませんが、観賞用として目を楽しませてくれ、プールサイドに並ぶカフェやレストランでゆっくりお茶や食事を楽しむことができます。

実はこのスポットは現在通称として「コロンビアサークル」と呼ばれていることが多いのですが、本来は旧租界時代、この辺り一帯が「コロンビアサークル」と呼ばれる住宅街であり、レジャースポットは「コロンビア カントリー クラブ」の名称でした。上海旧租界時代、外国人は外灘の会社に勤務し、郊外のゆったりとした邸宅に住み、週末や休日はカントリークラブでバーベキューやスポーツ、ダンスを楽しむ、そんなライフスタイルを想像させます。

コロンビア カントリー クラブ 基本情報

  • 中国語表記:上生新所
  • 住所:上海市長寧区延安西路1262号
  • アクセス:地下鉄11号線「交通大学駅」徒歩17分

他にもある周囲の必見スポット

孫科邸

孫科邸宅.jpg

リノベーションスポット「コロンビアサークル」に隣接する邸宅は、日本人にも有名な、中国革命の父・孫文の息子である孫科の上海の住まい。こちらは現在、内部非公開ですが修復が進められており、近日公開との話を聞いています。

ヒューデック記念館

ヒューデック記念館外観2.jpg

「外国弄堂」内の邸宅の多くを手がけ、武康大楼、国際飯店など租界時代の上海の名建築を数多く設計した、ハンガリー人・ヒューデックの記念館もこの付近にあります。

ヒューデック記念館は、1930年にヒューデックが設計いヒューデック一家が居住した家です。2013年のヒューデック生誕120周年の年にかつて暮らした邸宅を改装した記念館がオープンしました。中には第一次世界大戦で捕虜になりながらも、決死の逃亡をして上海に入り、建築家として成功をおさめた軌跡、貴重な肉筆の手紙や、手掛けた建築の設計図などが展示されています。

ヒューデック記念館 基本情報

  • 中国語表記:邬达克纪念室
  • 住所:上海市長寧区番禺路129号
  • 営業時間:火~金曜 14:00-16:00、土、日曜 9:00-16:00、月曜休館
  • アクセス:地下鉄11号線「交通大学駅」徒歩16分

実はヒューデックは先に紹介した、孫科邸を自身の新居として設計し建設を進めていたのですが、別の教会建築プロジェクトで便宜を図ってくれた孫科へのお礼として「タダ同然」で新居を売り渡したというエピソードがあります。孫科邸とヒューデック記念館、つまりヒューデックのかつての住まいは道路を挟んで対面にあり、そんなエピソードを浮かべつつ、2つの邸宅を見るのも面白いです。

様々な表情を見せる上海の街並み、今回は洋館を中心にご紹介しました。旧租界で財を成した成功者が住んだエリアを散策しつつ、古き時代に思いを馳せてみるのも面白いと思います。

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阿信(axin)
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記事投稿日:2020/10/03最終更新日:2020/10/03

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