たびこふれ

貿易黄金時代で栄えたマラッカ、さて、ここで世界航海一周した人は本当は誰だったのか?

記事投稿日:2017/08/09最終更新日:2017/08/09

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マラッカというと、 14世紀末〜15世紀初頭に香辛料を中心としたマラッカ海峡貿易を基盤とする、マラッカ王国の全盛であった歴史が有名だ。中国、中東、そしてインド、ヨーロッパから貿易のために多くのビジネスマンがマラッカに上陸して、その後植民地時代となった。

こうした背景があるために、マラッカには当時に関する多くの歴史的博物館や資料館があるが、街をフラッとするだけでも、色々な文化が融合した雰囲気が未だに残っているので、観光地としてとても楽しめる。

ユネスコ文化遺産地域でもある。

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今回は特に「この貿易黄金時代に世界航海一周した人」について焦点を当てたいと思う。数多い博物館の中でも、ジョンカーストリート近辺にある「海洋博物館」と「チェンホー博物館」。すべて徒歩圏内だ。

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「海洋博物館」では、「世界航海一周した人は、本当は誰だったのか?」が展示されている。一般的に知られている、初めて世界一周航海を果たした人物といえば大方がマゼランと答えられるに違いない。マゼランがスペイン艦隊の指揮を取ったリーダーであることは言うまでもないが、実はマゼランは、世界一周を果たす事なく、セブ島で戦死している。

同行記録者によると、マゼラン死後、彼のごひいきであった奴隷翻訳者である、マレー系のアワン(英名エンリークEnrique)という人が船の指揮を再び取って、スペインに帰港したという話がある。西洋びいきなのか日本でもあまりこの人の名前は聞く事がないが、この海洋博物館では、彼の銅像までもしっかりと見る事が出来る。この海洋博物館にはエントランスで日本語の説明が聞けるガジェットをRM3(約75円)レンタルする事が可能だ。

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もうひとつの「チェンホー(鄭和)博物館」

ここでは、人類で初めて世界一周の航海をしたマゼランよりも100年ほど前に中国人の艦隊が世界一周していたというチェンホーのストーリーがある。人類で初めて世界一周をしたのは実は中国人だった、という調査結果をイギリス人の研究者が発表し、論争を巻き起こした。明朝時代の朝廷に使えていた大臣級の有力者、鄭和の艦隊は1405〜1433年に7回の遠征を行い、最盛期には300隻以上の大編成で航海していたと伝えられている。

鄭和は、天体の角度を測定する装置「六分儀」を使って自分達の船の位置を記録しながら航海していたらしく、その「六分儀」測定方法の詳細が、博物館では見る事が出来る。文献によると、船の大きさはコロンブスやマゼランと比較して30倍の大きさで、中国では10世紀、すでに造船技術そのものがヨーロッパよりかなり進んでいたらしいのだ。

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西欧文明が世界史を支配するようになってから、「人類初の偉業」はすべて西洋、ということが「常識」になっているが、私は、50年後くらいには歴史はアジアの偉業に塗り替えられる日もそう遠くはないと思っている。

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記事投稿日:2017/08/09最終更新日:2017/08/09

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