元大関・把瑠都さんが日本で相撲を取るようになったきっかけとは?

私の故郷「エストニア」をご紹介します!

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今回インタビューにお答えいただいたのは、元大相撲力士の把瑠都さん。バルト三国のひとつであるエストニア出身で、日本とエストニアの両方が故郷だという把瑠都さんに、エストニアをはじめとしたバルト三国の魅力について伺いました。全3回に渡ってお伝えしていきます。

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(左)エストニア共和国出身 元大相撲力士・元大関 把瑠都 凱斗(ばると かいと)さん
(右)阪急交通社 伊藤 敬

伊藤 把瑠都さんの出身地について教えてください。

把瑠都さん 私は、エストニアの首都・タリンの東約120kmの「ラクヴェレ県」というところで生まれ育ちました。一番近いスーパーまで10㎞という自然に溢れた農業の街で、私の実家も農家でした。緑豊かな森や、広大な畑、牛や豚が飼われている牧草地などが広がり、まさに畑の中で生まれたという感じです(笑)。

伊藤 自然に囲まれて育ったんですね。そんな把瑠都さんが、日本で相撲を取るようになったきっかけはなんですか?

把瑠都さん 高校生の時にタリンにあるスポーツ学校に入学して、柔道を学んでいました。その時に相撲にも興味があって、少し教えてもらっていたんです。それで、高校3年生の時にエストニアの相撲大会に出場したんですが、そこで日本から来ていた先生に、「日本に来て相撲を取らないか」と誘われて。19歳の時に日本に渡って相撲部屋に入門しました。

伊藤 初めて日本に来たときはどのような印象でしたか?

把瑠都さん とにかく街が大きい大きい!!ビルがどこまでも続いて、東京という街はどこから始まってどこで終わるのかもわからないほどで。それから人がとても多いのに道が狭くて可哀想だなと思いました(笑)。広大な自然が広がるエストニアとは全く違う景色に驚きました。

◆把瑠都 凱斗(ばると かいと)◆

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本名:カイド・ホーヴェルソン(Kaido Hoovelson)

エストニア共和国出身で、バルト三国史上初の元大相撲力士。19歳で来日し、三保ヶ関部屋に入門。2004年5月場所で初土俵の後、序ノ口・序二段と2場所連続で優勝するなどのスピード出世を果たし、2005年7月場所で十両昇進、2010年には大関に昇進した。豪快な取り組みで数々の戦績を残し、2012年初場所では悲願の初優勝を果たすなど観客を魅了したが、2013年、怪我を理由に惜しまれつつも現役を引退。

現役時代の把瑠都関の活躍により、エストニアは相撲ブームに。現役引退後も、エストニアに自身のミュージアム(※)を作るなど、日本文化をエストニアに広めるよう尽力している。

(※)把瑠都ミュージアムは期間限定で運営されていたようで、現在は閉館しております。把瑠都さんご本人に確認済みです。2019年5月23日 たびこふれ編集部

第1弾はここまでです。
>>>第2弾「元大関・把瑠都さんが思う、エストニア人と日本人が似ている理由とは?」はコチラから!

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