アルプスに囲まれたかわいい街並み!チロルの古都インスブルックはどんな町?|オーストリア

アルプスの美しい自然や有数のスキーリゾートで知られる、オーストリアのチロル地方。このチロル州の州都インスブルックは、険しい雪山に囲まれた中にも、上品な魅力と、歴史の深みのある町です。

今回は、そんなアルプスの古都インスブルックの見どころをコンパクトに回り、思わず「この家かわいいねー」と足を止めてしまう街並みと、エピソードたっぷりの歴史をご紹介します。

目次

インスブルックへの行き方

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<チロル地方のアルプス山脈>

ウィーンから車で西に約5時間の距離にあるにあるインスブルックですが、そのルートは少し変わっています。オーストリアの中に、ドイツが食い込んでいる場所があるため、オーストリアを一旦出て、ドイツを通ってからまたオーストリアに戻るというルートが近道。

移動中にもう一国見れてしまうので、少しお得な気分になりますね。また、実は電車での移動の方が速く、こちらもドイツを一部通るルートで、4時間ほどで到着します。

途中でリンツやザルツブルクなどの町も通りますので、途中下車を楽しむのもおすすめです。ドイツのミュンヘンからも、車や電車で南へ2時間の距離です。

一番の見どころは「黄金の小屋根」とかわいい街並み

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<インスブルックを流れるイン川>

インスブルックは、「イン川の橋」という意味を持つ地名で、その名の通り、雪解け水をたたえたイン川が町を流れています。

この町は、アルプス越えで知られるブレナー峠につながる交通の要所として大昔から人が住み、14世紀ごろにハプスブルク家の影響下に入りました。

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<黄金の小屋根>

インスブルックの一番の見どころは、「黄金の小屋根」と呼ばれる、豪華な建物のファサード。1500年に神聖ローマ皇帝マクシミリアンの再婚を記念して作らせたもので、2,657枚の銅のタイルに金箔を貼った黄金に輝く屋根は、当時の皇帝の勢いと権威を象徴しています。

バルコニーからは、マクシミリアン本人が広場で行われる裁判や中世馬上槍試合を眺めたそうですよ。

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<黄金の小屋根が面する広場。右がヘルビングハウス>

この広場に面して、バロックの装飾がメルヘンチックなヘルビングハウスや15世紀に見張りの塔として作られたインスブルック街塔などが並び、歴史を感じさせる街並みとなっています。

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<メルヘンに出てきそうなお店の看板>

さらに、大通りから少し入った細い通路や街並みを歩いてみましょう。入り組んだ迷路のような通路を飾る、建物の装飾や看板がとてもかわいらしくて、思わずもっと迷いこんでみたいと思うような、歩いているだけでも楽しい町です。

黄金の小屋根(Goldenes Dachl)

※屋外のためいつでも見学可

皇帝を守るはずだった28人の「黒い人」とは?

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<宮廷教会>

「最後の騎士」の異名で知られる神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は、自分の霊廟を守るために、ハプスブルク家の祖先や世界史上の英雄などをかたどった28体の巨大なブロンズ像を、生前からここインスブルックで作らせていました。

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<宮廷教会のブロンズ像と慰霊碑>

マクシミリアンは死後、遺言に従い故郷のヴィーナー・ノイシュタットに埋葬されましたが、用意していたこの28体のブロンズ像は、棺の周りに置くと床が抜けてしまうことが分かったため、インスブルックに新たに「宮廷教会」が建てられ、このブロンズ像を並べて、慰霊碑としました。

現在でもこの像は、現地人の間で「黒い人たち」と呼ばれ、親しまれています。

ブロンズ像
<宮廷教会に立ち並ぶブロンズ像>

実際に宮廷教会を訪れると。立ち並ぶブロンズ像の迫力に驚かされます。皇帝を見守るために作られた、巨大な歴史上の人物や英雄たち。

その表情や装飾、甲冑などは、500年前に作られたとは思えないほど緻密で精巧です。一人一人の性格や役割、時代を反映していて、28体全てが全く異なる個性を持っています。

オーストリアでも多くの歴史的人物や英雄の像を見てきましたが、これほど精巧に作られ、ディテールが美しい像は見たことがありません。

マクシミリアンの妻や妹、娘などの女性像も多いのも特徴で、気品にあふれていて、衣装も表情も印象的です。

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<アーサー王像>

中でも、すらっとしたシャープな印象で、甲冑の装飾が美しいアーサー王像に目を引きますが、こちらはマクシミリアン一世の有名な肖像画を描いた、アルブレヒト・デューラーのデザインによるもの。

中央の慰霊碑自体はマクシミリアンのお墓ではありませんが、自分の家族や親戚、先祖や英雄たちに見守られる慰霊碑は、マクシミリアンの偉大さを物語っています。

この教会の片隅には、ナポレオンに抵抗したチロルの英雄アンドレアス・ホーファーの墓碑もあり、チロル人にとっても重要な位置づけにある教会です。

インスブルック 宮廷教会(Innsbruck Hofkirche)

インスブルック王宮(ホーフブルク)

宮廷教会の側には、ハプスブルク家の人たちがインスブルック滞在時に王宮として使用していた建物、「ホーフブルク」があります。

15世紀にチロル公の城として作られたこの建物は、前述のマクシミリアン一世の時に増築され、18世紀後半になると、「女帝」マリア・テレジアが後期バロック様式に増築・改築し、今の形になりました。

現在では、ウィーンの王宮(ホーフブルク)、シェーンブルン宮殿に次ぐ、オーストリアで最も重要な三大君主建築と呼ばれています。

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<ホーフブルクのファサードと雪をかぶったアルプスの山々>

宮殿内部に広がるハプスブルクの世界

実際に中を見学してみると、その壮麗さとハプスブルク色の濃さに驚かされます。シェーンブルン宮殿の改築を手掛けた建築家ニコラウス・パカッシの手によるもので、「リトル・シェーンブルン」の名の通り、アットホーム感の増したシェーンブルン宮殿といった雰囲気です。

大広間は、マリー・アントワネットを含むマリア・テレジアと夫フランツ・シュテファン(神聖ローマ皇帝フランツ一世)の16人の子供たちの壁画が取り囲み、さながら家族の一家団欒に参加したような気分になります。

マリア・テレジアと家族の物語

この宮殿では、マリア・テレジアとフランツ1世の次男レオポルト(のちのレオポルト二世)の結婚式が1765年に執り行われました。

この式に参列していたフランツ1世は、式の13日後にこの宮殿で急死します。この死を嘆いたマリア・テレジアは、夫が亡くなった部屋を礼拝堂に改修し、女子修道院を設立しました。

また、マリア・テレジアが、夫の寝間着に一針一針刺繡を施した布が展示されていて、涙を誘います。

19世紀の改修とエリザベートの滞在

19世紀の改修とエリザベートの滞在19世紀には、皇帝フランツ・ヨーゼフの弟が、皇妃エリザベートのために約5部屋を改修し、それぞれの部屋を赤やピンク、水色や緑色のテーマで装飾しました。

旅を続けていたエリザベートは、この宮殿には計3回、のべ4泊しかしなかったとのことですが、皇帝本人は何度もここに立ち寄っていたそうです。

さまざまなハプスブルク家の君主たちのエピソードが詰まった宮殿ですので、歴史好きには見逃せませんね。

インスブルック ホーフブルク王宮博物館(Hofburg Innsbruck)

まとめ

険しいアルプスの山々に囲まれた、かわいらしい町インスブルックの見どころ巡り、いかがだったでしょうか?ちょっとした街の片隅にも、足を止めて見たくなる魅力が宿り、オーストリアの繁栄を築いたハプスブルク家の君主たちそれぞれが足跡を残している、街歩き好きにも歴史好きにもたまらない町です。

見どころがコンパクトにまとまっていて歩きやすい町ですので、ヨーロッパ周遊旅行の際には、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。

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ひょろ

オーストリア、ウィーン在住。10年以上暮らしてもまだ新しい発見の連続のウィーンの魅力を、記事執筆、現地調査、ネットショップなどを通じてお届けしています。国際機関勤務を経て、バイリンガル育児の傍ら、ミュージカル観劇が趣味。

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