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教皇が造った理想都市 ― ピエンツァとオルチャ渓谷、世界遺産の美しき理由

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目次
- ピエンツァの歴史
- 世界遺産の理由
- オルチャ渓谷の成り立ち
- ピエンツァのユニークな通り
- いつもの余談です
(1) ピエンツァの歴史
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トスカーナ地方のなだらかな丘陵地帯に、ひっそりと佇む小さな町、ピエンツァ。
この町は小高い丘の上にあり、眼下には世界遺産にも登録されているオルチャ渓谷の雄大な風景が広がっています。
一見すると、周辺に点在する他の丘上都市と変わらない素朴な町に見えますが、ピエンツァには大きな特徴があります。それは、この町がルネッサンス期にローマ教皇の理想によって造られた「理想都市」であるという点です。
もともとこの町は、コルシニャーノ(Corsignano)と呼ばれる何の変哲もない農村でした。しかし1458年、この地に生まれたピウス2世(本名エネア・シルヴィオ・ピッコローミニ)がローマ教皇に即位したことにより、その運命は劇的に変わります。
人文主義者(ウマニスタ)としても知られる教皇は、自らの故郷を理想の都市として再生させることを決意。町の名を「ピエンツァ」と改め、わずか3年という壮大かつ無謀ともいえる計画で都市改造を開始しました。
その設計を担ったのが、ルネッサンスを代表する建築家の一人、ベルナルド・ロッセッリーノです。
彼は教皇の思想を具現化し、広場・大聖堂・宮殿を幾何学的に配置した、調和の取れた都市空間を創り上げようとしました。
しかし1461年、教皇とロッセッリーノが相次いで亡くなったことで、この理想都市は未完成のまま終わります。それでもなお、ピエンツァはルネッサンス期の都市計画理念を今に伝える極めて貴重な存在として、1996年に世界遺産に登録されました。
その理由は、「人文主義の理念に基づき、都市全体が統一的に設計された初期の理想都市の完成例である」という点にあります。
(2)世界遺産の理由
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町の中心であるピオ2世広場からカステッロ通りへと進むと、まるで城壁の上を歩くような感覚でオルチャ渓谷の絶景を楽しむことができます。なだらかな丘と糸杉の並木、そして季節ごとに色を変える大地のパッチワークは、まさに「トスカーナの原風景」とも言える美しさです。
(3)オルチャ渓谷のなりたち
このオルチャ渓谷の景観は、自然のままに残されたものではありません。中世以降、この地はシエナ共和国の支配下で農地として整備され、排水や土地改良が進められました。さらにルネッサンス期には、「理想的な田園風景」という思想のもとで農村景観が意識的に整えられていきます。
つまり現在私たちが目にするこの美しい風景は、人間の営みと美意識によって長い時間をかけて形づくられたものなのです。
その結果、オルチャ渓谷は2004年、「ルネッサンス期の理想的な農村景観を現在に伝える文化的景観」として世界遺産に登録されました。絵画のような風景は偶然の産物ではなく、人と自然が共に作り上げた芸術とも言えるでしょう。
(4) ピエンツァのユニークな通り
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<フォルトゥーナ通り(幸運)>
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<アモーレ通り(愛)>
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<バーチョ通り(キス)>
また、ピエンツァの町には、そんな壮大な理想とは対照的な、微笑ましい遊び心も隠されています。カステッロ通りからロッセッリーノ通りへと続く細い路地には、ユニークな名前が付けられています。
- フォルトゥーナ通り(幸運)
- アモーレ通り(愛)
- バーチョ通り(キス)
幸運にも理想の人と出会って、愛が実り、キスするまでの関係に、その次の通りは何という名前?気になりますよね。そこまで来たら電気を消しますよね、そうです「暗闇通り(via del buio)」が続きます。理想都市を築いた教皇に対して、町の人々が残したささやかなユーモアかもしれません。
毎年9月第1日曜日には収穫祭が開催され、可愛らしいチアガールやバンドによるパレードが町を賑わせます。中世の面影と現代の楽しさが同居するこの町には、どこか心が和む穏やかな時間が流れています。
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イタリアの中でも決して知名度が高いとは言えない町ですが、ピエンツァを知っているなら、ちょっとした"イタリア通"を名乗っても良いかもしれません。
いつもの余談ですが。。。
イタリアに赴任していた2003年から2011年頃、ローマ以南の高速道路サービスエリアで、ある"衝撃的な事実"に気づきました。
それは――トイレに便座がないことです。
最初は「壊れているのかな?」と思ったのですが、どうやらそうではなく、"最初からないのでは?"と思えるほど自然な佇まい。しかも一箇所ではなく、いくつものサービスエリアで同じ光景に出会いました。
やむなく利用する際には、まず簡単に掃除をしてから、ひんやりとした陶器に覚悟を決めて座る――という、なかなかの修行のような時間を過ごしたものです。
気になって現地のイタリア人女性に聞いてみたところ、返ってきた答えは実にあっさりしたものでした。
「座らないわよ。浮かせるの。」
どうやらイタリア女性の多くは、便座に直接触れないように、いわば"中腰スタイル"で用を足すのが普通とのこと。しかも「日頃から足腰を鍛えているから問題ない」との頼もしい一言まで添えられました。
さらに聞けば、「急いでいる時にいちいち掃除なんてしていられないでしょ?」とのこと。なるほど、合理的と言えば合理的です。
最近では南イタリアのサービスエリアもかなり整備され、便座付きの清潔なトイレが増えてきましたが、それでも場所によっては"あのスタイル"が健在なところもあります。
イタリアを旅される際には、絶景だけでなく、こうした"文化の違い"にもぜひご注意を。思わぬところで、旅の思い出が一つ増えるかもしれません
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ドルチェビータ
- 2003年より2011年までイタリア、2014年から2017年まで英国にいました。




























