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【オランダ】人間と地球上の生き物をつなぐ『フローテ・ミュージアム』
アムステルダムにあるアルティス動物園は、2022年に生物多様性を体験するための『フローテ・ミュージアム』をオープンしました。写真や映像、インタラクティブなコンテンツを通じて、人間と生き物、そして地球とのつながりを学ぶことができます。
目次
「大きな問いかけのミュージアム」
アムステルダムの東区にあるフローテ・ミュージアム(Groote Museum) は、人間と地球上の生き物とのつながりをテーマにしたミュージアムです。
私たち人間は、動物や植物、微生物、そして地球そのものと互いに影響を与えながら共に生きています。フローテ・ミュージアムは、来館者一人一人が地球の一部としての人間を見つめ直し、より良い未来に一歩踏み出すことを目指して設立されました。
<中央ホールで来館者を出迎える巨大なクエスチョンマークのオブジェ>
フローテ・ミュージアムは「大きな問いかけのミュージアム」として、好奇心を持ち続けることの大切さを伝えます。「あなたはどこから来たのか?」「あなたとチンパンジーは何が違うのか?」「地球の未来はどこに向かうのか」と問い続けることで、人間と生き物、そして地球とのつながりに気付くのだそうです。
キュレーターのペーター・デン・デッカー氏は、「フローテ・ミュージアムで見て、嗅いで、感じてください。思いもよらない生命の結びつきに驚き、それまで当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなります。新しい視点から、全く違った疑問を抱くことができるようになります」と語っています。
体験型の展示が楽しめる西ホール
フローテ・ミュージアムは、中央ホールを挟んで東西に2つのホールがあり、合計14の展示ゾーンで構成されています。それぞれの展示ゾーンは、「脊椎」「心臓」「手」「耳」など、人体の一部をテーマにしています。来館者は自身の身体の一部を出発点にして、世界とのつながりを実感することができます。
吹き抜けのホールは広々としていて、2階は回廊になっています。イラストや写真、映像、インタラクティブなコンテンツなど、さまざまな趣向を凝らした展示があり、一度では体験し尽くせない魅力があります。私自身もすっかりフローテ・ミュージアムのリピーターになりました。いくつかのコンテンツをご紹介します。
西ホールの「心臓」のゾーンには、人間を含むさまざまな生き物の心拍数を比べられる装置があります(上写真)。ボタンを押すと、それぞれの生き物の心拍数と同じテンポで、ランプが点滅します。
人間の成人の平均的な心拍数は1分間に60~70回ですが、1分間に1,000回以上も点滅するトガリネズミや、おだやかに10回ほど点滅するマッコウクジラなど、生き物の多様性に驚かされます。蚊や金魚、心臓が3つあるタコと比べて、人間に近い心拍数のゴリラやチンパンジーには親近感を覚えました。
テクノロジーの進歩は、ときに倫理的な課題やジレンマを生み出します。両親の望みを叶えるために遺伝子操作ベビーを誕生させることは非倫理的か、人間の細胞から培養したサステナブルな人肉サンドイッチを食べる未来はやってくるか、家族同様に暮らしていたロボットが襲われたら、器物損壊罪ではなく殺人罪に問われるべきではないか。
それらの問いに対して、自分がどのような考えを持っているのか、ハンドトラッキングセンサーでデバイスを操作しながら回答していきます。新しいテクノロジーに対する自らの倫理的価値観に改めて向き合うことで、進歩には責任が伴うのだという意識が高まりました。
キツネの剥製とアニメーションを組み合わせたコンテンツ(上写真)は、死を迎えた生き物が、どのように土にかえるのかを教えてくれます。
キツネが亡くなった後、体内のガスは大気中に拡散し、筋肉や脂肪はカラスについばまれ、土に染み込んだ腐敗液を栄養にして、ウジ虫や昆虫、キノコなどが生まれ、やがては草花が芽吹きます
生き物はただ消えるのではなく、小さな粒子に分解され、新しい命の源になります。酸素や窒素、水素、炭素など、地球の成分でできている生き物は、命を全うした後に、再び地球にかえっていくのです。
1.「脊椎」のゾーンでは、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類の脊椎の特徴を学ぶことができます。同じ脊椎動物であっても、陸上動物か水棲動物か、二足歩行か四足歩行かなどによって、脊椎の形が大きく異なります。一方で、人間の乳児がワニとまったく同じように背骨を動かす、といった興味深い共通点も学ぶことができました。
2.「耳」のゾーンでは、ヘッドフォンとソファーが並び、森のざわめきや動物の鳴き声、機械音などのサウンドスケープを楽しむことができます。『雨の音』では、雨音の種類(小雨、雷雨、雨上がり)や、雨が降る場所(木の葉、傘、水面など)を選ぶことができます。『子宮の中』では、赤ちゃんの頃に子宮の中で聴いていた母親の鼻歌や父親の声、そして出産の瞬間までを再現しています。
3. ランダムに並べられた1から9までの数字の位置を覚えて、小さい順にクリックするゲームで、チンパンジーと競争します。京都大学の研究によれば、チンパンジーの直感的な記憶力は人間よりも優れていて、9つの数字を一瞬で記憶できることが証明されています。
4. 館内には、生き物の剥製や骨格標本が至るところに展示されています。キリンやゾウ、ウシ、リス、ウサギなど馴染みのある動物から、ヤマアラシやナマケモノ、アリクイまで、多彩な生き物を身近に観察することができます。
イベントに参加できる東ホール
東ホールには、「目」「鼻」「結合組織」「腸」などのゾーンがあり、中央にはワークショップやゲームが催される交流スペースが設けられています。広々とした階段にはクッションが並べられ、西ホールに比べて寛げる空間になっています。
「鼻」のゾーンには、強い香りのたちこめるトンネルがあります(下写真)。爽やかな森の香りに、バニラの甘みを足したような、どこか懐かしい香りです。
真っ暗なトンネルの中には、18世紀の哲学者ジャン=ジャック・ルソーの言葉「嗅覚は想像力の感覚である(L'ODORAT EST LE SENS DE L'IMAGINATION)」が刺繍された作品がありました(上写真)。ルソーは、人間には野生的な嗅覚に加えて、想像力と共に働く嗅覚があり、それは特定の感情や思い出を呼び覚ますと説きました。
懐かしい香りをかぐと胸がキュンとする感覚は、人間以外の生き物にもあるのだろうかと、ふと疑問に思いました。
東ホールの奥にある図書コーナー(上写真)は、私がフローテ・ミュージアムをリピートする理由のひとつです。さまざまな展示を体験した後に、ほっと一息つける場所です。
フローテ・ミュージアムには、今回ご紹介した展示に加えて、さまざまな示唆に富むコンテンツが用意されています。小さな映画館のようなセットでは、地球上で巡りゆく命を写した映像作品が上映されていたり、人間の目や耳では感じられない植物のコミュニケーション方法が紹介されていたり、生物多様性や人間の責任について考えるきっかけになります。
75年の空白を経て再オープン
フローテ・ミュージアムは、185年の歴史を持つアルティス動物園によって運営されています。1851年に建造され、当初はアムステルダムで最初のミュージアムでした。1947年に一度閉館したものの、2017年から4年にわたる修復工事を経て、2022年5月10日に現在のミュージアムがオープンしました。
館内には19世紀の雰囲気がほぼそのまま残され、左右に分かれる「蝶の階段」もかつての輝きを取り戻しました(上写真)。展示ケースのガラス扉やフローリングの木材も、当時のものが使用されています。1974年にはオランダの国家遺産に指定されており、建物そのものにも一見の価値があります。
<フローテ・ミュージアム前の広場にはカフェやレストランがあります>
フローテ・ミュージアムで人間と生き物、そして地球とのつながりを学んだ後は、いつもの景色が違って見えてきます。キュレーターのエヴェリーン・ヘンセル氏の、「人間を広い視野で捉えることができれば、未来についてよく考え行動できるようになる」という言葉が心に響きます。
生物多様性についての理解を深めたい方は、アルティス動物園とフローテ・ミュージアムの両方を訪れてみてください。隣同士にあるので、1日で両方を訪れることもできますし、お得なコンビネーションチケットもあります。
Information
フローテ・ミュージアム Groote Museum
- 所在地:Artisplein Plantage Middenlaan 41, 1018 CZ Amsterdam
- アクセス:アムステルダム中央駅よりトラム14番で11分Artis下車徒歩3分
- 開館時間:10:00~17:00(木曜 10:00~22:00)、12月24~26日 9:00~17:00, 12月31日 9:00~16:00
- 入館料:17.5ユーロ、12才以下無料
- 公式サイト:Groote Museum
※車椅子でご利用になれます
※施設の詳細やアクセス方法など掲載内容は2024年4月時点のものです
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Kayo Temel
- オランダ在住。アムステルダムの美術アカデミーで絵画を学び、イラストレーターとして活動中。20年の在蘭経験を活かして、オランダを満喫するためのローカルな情報をお届けします。