ピノッキオの壁画を鑑賞しながらイタリア・ヴェルナンテをぶら歩き

目次

あちらこちらにピノッキオの挿絵

ピエモンテ州南部のスキーリゾート、リモーネを7km北上したところに人口1,300人ほどのヴェルナンテという小さな村があります。

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ミシュランガイドに掲載されるレストランを併設する、知る人ぞ知る、隠れ家的ホテルがある他は、そう知名度は高くありません。

さて、その小さな村を散策してみると、あちらこちらの家の壁にピノッキオの挿絵が描かれているのが目に入ってきます。

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お土産屋さんの店先には可愛らしいピノッキオのグッズが並んでいます。

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なぜヴェルナンテにピノッキオの絵が?

ピノッキオといえば、その物語の作者カルロ・コッローディが子供時代の大半を過ごし、現在はピノッキオのテーマパークがある、トスカーナ州のコッローディ村が有名です。それが、何故にピエモンテ州ヴェルナンテの村中にピノッキオが、と最初は合点がいきませんでした。

調べてみると、1883年に初版が刊行された『ピノッキオの冒険』ですが、1911年に売り出された、アッティリオ・ムッシーノによる色鮮やかなイラストが入ったその絵本は特に絶大な人気を博したそうです。多くの画家がピノッキオの挿絵を描いていますが、ムッシーノの挿絵版は重版を繰り返し、最多の発行部数を記録しているとか。

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そのトリノ出身のイラストレーター、アッティリオ・ムッシーノは、第二次大戦中に一人息子と妻を亡くした後、以前から度々訪れていたヴェルナンテに移り住みました。その後、同業者であり、ヴェルナンテーゼのマルゲリータ・マルティーニと再婚。

その自然豊かな環境の中で制作活動を続けながら晩年を過ごした、ということが分かりました。ムッシーノは沢山の絵本のイラストを手がけましたが、とりわけピノッキオによって有名になりました。1954年にテレビ局のインタビューを受けた際、リポーターから「ピノッキオの叔父」と形容されて以降、それが彼の愛称となっています。

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彼が亡くなった後、村の中心部にアッティリオ・ムッシーノ美術館がつくられ、妻マルゲリータが寄贈したムッシーノ作のイラスト、スケッチ、本、雑誌の数々が展示されています。ヴェルナンテにはその美術館だけでなく、ムッシーノにちなんで名づけられた小学校、ピノッキオに見守られる彼の墓が残っています。

ムッシーノのピノッキオ挿絵作品に感銘を受けたブルーノ・カルレット(Carlet)とバルトロメーオ・カヴァッレッラ(Meo)が、1990年頃から村の壁に彼の『ピノッキオの冒険』原画を描き始め、その数は2016年時点で150を超えるそうです。

ピノッキオ壁画巡り

村の中心部、ウンベルト1世通りとカヴール通りが交わったところにツーリスト・インフォメーション・センター、そして壁画巡りのスタート地点の看板があります。ウンベルト1世通り沿いのあちらこちらにある、ピノッキオの絵がついた矢印に沿って進みます。

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のんびりと散策しながらも、壁画探しに夢中になってしまいます。

最後に

小さいころ読んだピノッキオのあらすじを思い返しながら、ヴェルナンテの村をぶら歩きしてみてはいかがでしょうか。

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サルシ なおみ

イタリア・リグーリア州の小さな村で田舎暮らしを満喫中。自家製のワイン・オイル作りにいそしむ傍ら、築700年の自宅の改装にも精を出す日々を送っています。

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