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東京オリンピック新種目!今再び注目されるスケートボードの歴史

記事投稿日:2019/02/15最終更新日:2019/02/15

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2020年東京オリンピックより正式種目として認定されたスケートボード。昨今全世界でスケートボードブームが巻き起こっています。そのスケートボードの発祥の地ロサンゼルスからスケートボードのお話をお送りいたします。

今回はスケートボードの歴史についてお話します。スケートボードは1940年代ごろ、カリフォルニアではじまったといわれています。

スケートボードの歴史を大まかに5つの時代に区分してご紹介していきます。

目次

1940-1960年代:スケートボードの誕生

1940年頃、木の箱にローラースケートのウィール(車輪)をつけて滑り出したのがスケートボードのはじまりといわれています。しかし、スケートボードと呼ばれるようになるのは、まだ先の話です。

1950年頃、カリフォリニアにはもうすでにサーフィン文化がありました。サーファー達が波のない時に道でサーフィンのかわりに波乗りをしたいと遊び始めたのが今のスケートボードだとか。当時は「サイドウォーク・サーフィン」と呼ばれていました。1940年頃に作られた木の箱から、私たちが知っている今のスケートボードに似た形になったのがこの頃といわれています。ただ誰が初めて作ったのか、そのあたりは謎です。

1960年頃には、南カリフォルニアのいくつかのサーフィンメーカーが、小さなサーフボードに似たスケートボードの製造を開始。そしてスケートボード・チームを結成して製品を売り出しました。サーフボードブランド「Makaha」の創設者Larry Stevensonのサポートで1963年にカリフォルニア州ハモサビーチにある中学校でエキシビションが開催されたり、1964年にStan Richardsが主催する "Surf's Up"というテレビ番組でスケートボード・チームが紹介されて、スケートボードが広まっていきます。

1970年代:Z-Boysの登場とチャンピオンシップの開催

1970年代はコンテストも多く開催されていました。主にフリースタイル、スラローム、ダウンヒルです。すでにこの頃から、6歳以下、7-9歳、10-12歳、18歳以上のように年齢が細分化された大会が行われていました。

1975年にはスケートボーダー500人ほどが参加した世界チャンピオンシップが開催されました。そこにはサンタモニカのスケートチームである「ZEPHYR」のJey Adams、Tony Alva、Stacy Peraltaなど、今となっては伝説的なメンバーが出場していました。彼らはZ-Boysとして知られています。映画「ロード・オブ・ドッグタウン」でZ-Boysの活躍を知ることができます。これを見れば、なぜカリフォルニア・サンタモニカ(ベニスビーチ)がスケート発祥の地と呼ばれるかが分かるはずです。

実は、この時、このスケートボードのチャンピオンシップに招待された日本人がいます。それは当時18歳のアキ秋山さん。秋山さんアメリカから招待されて10戦ほどの大会(ペプシチャレンジプロ、カタリナクラシック、オーシャンサイドフリースタイルプロ等)に出場しています。この写真はその当時の秋山さんのことが記事になったアメリカのスケートボードマガジン。

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秋山さんより直接お借りしました。彼は現在東京都大森でやきとり「次男棒」を営んでいます。当時のお話を直接秋山さんから聞きたい方は「次男棒」にてお話が聞けると思います。還暦過ぎた今でも現役バリバリのスケーターです。

次男棒

■住所:東京都大田区大森北1-36-10-1階
■電話番号:03-6450-0411
■Facebook:https://www.facebook.com/jinanboh/

現在のウィール(車輪)の素材であるウレタンが使われるようになったのは1970年の初めの頃。それまでは金属製のウィールでした。このウレタン製ウィールが開発されてからまたスケートボードはブームとなります。デッキ(板)にウィール(車輪)を取り付ける金具であるトラックの開発も行われました。1976年にTracker Trucksがスケートボード用にトラックの開発を行っています。

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この頃にはまだスケートパークと呼ばれている場所はありません。1976年、カリフォルニア州は大規模な干ばつに襲われ、水不足に陥りました。当時、家の庭にあったスイミングプールに水が入れることができなくなり、スケーター達は水の入っていないプールでスケートボードを始めます。これが現在のパークスタイルの原型になりました。

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Alan Gelfandにより、スケートボードでジャンプをする「オーリー」という技も開発されたのもこの頃です。

技、道具の開発、パークの出現によりスケートもブームになるかと思いきや、再びスケート人気は低下していきます。

1980年代:Bones Brigadeとスケートビデオの登場

1980年頃のスケートボード・カンパニーは、スケーターによって小さい個人会社として運営されていました。

スケートボード普及のため、エアー(空中トリック)等ができるバーチカルランプ(いわゆるハーフパイプ)が作られましたが、一般のスケーターはわざわざバーチカルランプのある場所まで行きませんでした。ストリートでスケートするほうが「リアル」で人気だったのです。

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それに伴いストリートスケートファッションも流行りだし、多くのスケートボード用シューズやスケートファッションのブランドが次々と誕生しました。ストリート・カルチャーとして、スケートボードが世に広まっていきます。

そしてRodney Mullenにより、オーリーの時に板を一回転させる「キックフリップ」や、足を軸に板を1回転させる「インポッシブル」など、基本的な技が開発されていきます。

80年代で欠かせない話題といえば、Powel Peralta前述のZ-BoysのメンバーであるStacy Peraltaが立ち上げたブランド)が1984年に「Bones Brigade Video Show」というビデオをリリースしたことです。当時雑誌や新聞でしか見ることができなかったスケートボードシーンを動く媒体(ビデオ)で見ることができるようになったのは画期的でした。そこに出演していたのは同社のスケートチームBones Brigade。Bones BrigadeにはStacy Peralta、Steve Caballero、Tommy Guerrero、Lance Mountain、Mike McGill、Tony Hawk、Rodney Mullenなど、その後のスケートボードを牽引していくスケーター達が所属していました。その後、彼らが1987年にリリースした「The Search for Animal Chin」は伝説のビデオとして語り継がれています。

ちなみに Steve Caballero、Tony Hawk、Lance Mountainの3名は未だ現役で、カリフォリニアのスケートパークで遭遇することがあります。

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<2018年10月にスケートボード留学に来た永原ユウロ君とSteve Caballero>

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<同じく永原ユウロ君とLance Mountain>

1990年代:Xgamesがスタート

1990年代になるとストリート・スケートがブームになります。それにともないデッキのサイズがスリムになり、ウィールも小さく、そして硬くなります。そうすることによってストリートで滑る時のトリックがやりやすくなるからですね。70年代とくらべると劇的にスリムになりました。

1995年に初めてのXgamesがRhode Islandで開催されます。ストリートではChris Senn、バーチカルではTony Hawkが優勝しています。その後、1999年のサンフランシスコで開催されたXgamesでトニーホークが空中で2回転半する「900(ナインハンドレッド)」を初めて成功させました。

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Xgamesは招待選手のみが出場できる大会です。90年代には日本人がXgamesに出場するなんて夢の話でしたが、最近では日本人も招待されるようになりました。2016年には当時16歳の中村キサさんが優勝して日本人初のXgamesゴールドメダリストなっています。

2000年代~現在:スケーターの増加~オリンピック正式種目へ

2001年の調査によりますと、18歳以下の野球で遊ぶ人の数が800万人だったのに対し、18歳以下のスケートボーダーは1000万人いることが分かりました。なんとスケートボードで遊ぶ子供の方が、野球をする子供より多いのです。

さらに2002年にはNintendo 64のソフト『Tony Hawk Pro Skater 1』が発売され、今までスケートボードとは無縁だった子供たちの間にもスケートボードが流行りました。

2003年には、世界スケートボード協会が毎年6月21日を全世界でスケートボーディング・デーとすることを定めました。

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そして2020年、東京オリンピックにスケートボードが正式種目として加わり、ますますスケートボーダーが増えていくことになると思われます。日本でもアメリカのようなスケートパークを作ろうと、各地にスケートパークの建設が予定されています。

最後に

駆け足ではありますが、スケートボードの歴史を簡単に紹介してみました。次回はアメリカにはどんなスケートパークがあるのかご案内いたします。

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