2,500本もの伝統こけしがズラリ!神田の古書店で奥深い世界を覗く

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2,500本もの伝統こけしに出合える神田「書肆ひやね」

JR神田駅から徒歩で約5分の場所にある「書肆ひやね」。2階の棚には約1,OOO体、多いときには約2,500本もの伝統こけしを展示し、販売

日本の郷土玩具の魅力を伝えているイラストレーター佐々木一澄さんに「神田の古書店にこけしを見に行きませんか?」と誘われ、訪ねてみることにしました。こけしについては知識が皆無に近い、超ビギナーの私が踏み入ってよいのか一抹の不安はありましたが、そんな心配は無用の、マニアックながらも広く開かれた空間でした。こけし道の深淵を覗きつつ、ビギナーの目でこけしに触れ、選び、買ってもみました。

興味の発端

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自宅書棚に、こけし収集家でもある佐々木一澄さんが選んだこけしと、それを描いたイラストを並べて飾っている。佐々木さんはこけしの魅力を教えてくれる私にとっての先生

こけしも含めて郷土玩具を集め、自身の作品にもモチーフとしてよく描いている、イラストレーター佐々木一澄さん。ここ数年、年始に催している日本の郷土玩具展で佐々木さんの眼を通して選ばれたものと、その玩具を描いたイラスト作品を購入するのを私自身の恒例行事として楽しみにしています。木地玩具は明るく調子で、微笑ましく思えるかたちと色のものを求めてきましたが、近ごろは以前には手を伸ばさなかったこけしにも関心を抱くようになりました。工人と交流し、工房でお話しを聞き、産地の様子を見て回っている佐々木さんはきちんとした知識だけでなく、優れた選択の眼もあわせ持つ方。そのセンスに魅せられ、彼の勧めるものは、たまらなく欲しくなるのです。ですから、打ち合わせのあと、伝統こけしをたくさん扱う古書店「書肆ひやね」に寄りませんかと誘われて、舞い上がった心地になり「ぜひ!」と即答しました。

※参考記事(「たびこふれ」2018年1月配信『新春恒例、東京・青山のギャラリーショップでおめでたい郷土玩具を観る、買う

※佐々木一澄さんのHP:www.kazutosasaki.com/

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私にとってのこけしの先生はもうひとり。『伝統こけしのデザイン』(青幻舎)を著したデザイン・ユニットCOCHAEの軸原ヨウスケさんだ。伝統こけしの魅力と基本をビギナーにもわかりやすく説く一冊。比屋根亮平さんも勧めてくれた

コレクターの宝物を受け継ぐ

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コレクターから買い取ったこけしを新たな愛好家やコレクターに販売している

「書肆ひやね」は、こけしを扱い、雑誌『これくしょん』や『愛蔵こけし図譜』など限定本の出版も行っていた西銀座「吾八」(明治44年/1911年に大阪で開店。いったん閉店後、昭和12年/1937年に再オープン、昭和19年/1944年に閉店)の出身、比屋根英夫さんが創業した古書店。「吾八」は大正から昭和、戦後にかけて美術、趣味の古書、郷土玩具、こけしに深く関わった山内金三郎さんが開いた趣味の店で、山内さんはお店の経営を通じて古いコレクターから新しいコレクターにこけしを再流通する仕組みを作った人とされています。そんな店で修業を重ねた比屋根さんの古書店も限定本やこけしといった奥深い世界へと導いてくれる特別な一軒。現在は息子さんの比屋根亮平さんが店を継がれています。

とにかく壮観なのは2階のこけしの数。棚を埋め尽くす量に圧倒されます。店に出ているもの以外にもストックが5~6万本はあるというから驚きです。これほどの品揃えは、東京はおろか日本随一ではないでしょうか。こけしはすべてコレクターから買い取ったもので、東北6県を基本産地とする伝統こけしのみ。青森の津軽系、岩手の南部系、宮城の鳴子系・作並系・遠刈田(とおがった)系・弥治郎系、秋田の木地山、山形の肘折系・山形系・蔵王高湯系、福島の土湯系の大きく10系統を扱っています(この他、雑系も存在)。これら木地を挽いて生まれた木地玩具の一種であるこけしは地方ごとに育まれた技法やかたち、描彩(柄、模様、表情)が何世代も継承されているため、「伝統こけし」と呼ばれます。

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「書肆ひやね」の包装紙。童画家、版画家、造本作家、郷土玩具収集家など多様な顔をもち、「吾八」と深いつながりのあった武井武雄さんが、開店記念にとデザインしてくれた

直観で選ぶ

2階に上がった佐々木さんは、比屋根さんに挨拶した後、黙々とさまざまな模様、かたち、大きさの伝統こけしにくまなく目を凝らし、今日は何を買うか考え始めました。値札を見ると1,000円くらいから買えて、ほとんどが1万円以下。佳いこけしはそれなりの値段なのではと先入観がありましたが、意外な敷居の低さに「よし自分も!」と気分が昂っていきました。

相当に古い個体もあるはずなのに、つい最近に作られたような風情なことが、ビギナーとしては不思議に感じます。実はこけしの描彩は水と紫外線に弱く、直射日光や蛍光灯に長くさらしていると色が褪せてしまうのだとか。それでこけしを入手すると、写真で記録したあと、表には出さずにたいせつに仕舞いこむコレクターが多く、そのためにきれいな状態がずっと保たれているのだと聞き、いかにも几帳面な日本人らしい繊細なコレクションだなぁと感じ入りました。かたち、表情、色、模様が長きに渡って系統として継がれてきたことも古びて見えない大きな要因でしょう。その系統についての知識が無い私は、バリエーションの多さに眼が泳いで焦点が定まりません。しかし、わからないのなら、表情や色、かたちなど自分の好みで直観的に選べばよいのではと、やがて諦めの境地になり、30~40分ほど、こけしの顔ばかりを注視。すると、なんとなく自分の好みが眼に留まるようになりました。それで、覚悟を決めて、ひとつに手を伸ばすと「あっ、佳いですね」と佐々木さん。先生に褒められ、有頂天になったのでした。

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よくここに買いに来ているという佐々木さん。じっくり時間をかけて選んでいた

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佐々木さんの描くイラストに通じる、おどけた表情のものを選んだ。どちらも1,500円以下で買えるこけし。左が鳴子系の伊藤松三郎さんの手による「ねまりこ(座るこけし)」で、昭和40年代(1965年~)の作。右は土湯系の西山敏彦さんが作った弁之助型こけし

愛好家の会に参加

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伝統こけしの愛好家が1月、7月、8月以外の第3土曜日に集まる「三土新明会(さんどしんめいかい)」。こけしの歴史などを勉強できる場となっている

前述したように「書肆ひやね」では専門知識がなくても気軽に自分好みのこけしと出合える空間です。まずは私のように手ごろな値段で買って、こけしの系統や型など詳しく知りたくなったら、こけしの愛好家が集う会に参加してみてはいかがでしょうか。毎月第1金曜と第3土曜の夕方に催される自由参加の「一金会(いちきんかい)」はテーマや勉強会はなく、自慢のこけしを持ち寄って盛り上がる酒宴。

私が今回、参加した勉強会(15:00~16:00)のある交流会「三土新明会」は、この店に通うメンバーによって、こけし研究が発表される場。たとえば、取材時の内容はこけしの起源として五輪塔に着目したもの。内容はディープですが、興味深く拝聴でき、翌日、地元の古い五輪塔を探しに出かけるほど、新たな関心が喚起されたのでした。型に凝り固まらず、自由な発想でこけしにアプローチする探究の姿勢に私は強く惹かれました。

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「三土新明会」に参加していた草加市の工人、岩附義正さんが手にするのは土湯系の師匠、渡辺和夫さんの素朴な風情のこけし。今はこのような小さなサイズのこけしが人気だそう

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岩附義正さんが制作したミニこけし。どれくらいの値をつけるべきか、愛好家仲間に尋ねたくて持参したという

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「三土新明会」の常連メンバーで会社員の田宮順一さんが言及した、こけしと五輪塔の類似点に興味を覚え、翌日、家の近所で風化しつつある五輪塔のかたちを見に行った

伝統の奥深さ

伝統こけしが並ぶ2階では資料も閲覧可能です。私のようなビギナーに優しい内容の良書もありますが、1971年に初版が出版された伝説的なこけし探求本「こけし辞典」(東京堂)など、ものすごくマニアックな書籍も当然のように置かれています。

また、愛好家たちが調査、研究を進めたレポートを束ねた資料もあり、こけしの系統や工人についてなど、微細に及ぶ内容が圧巻。趣味の資料というより学術書の様相です。それだけ、伝統こけしは探求しがいがあるテーマだと驚かされます。底なしの奥行きがある、伝統こけし。生涯の趣味を求めている人は「書肆ひやね」を目指してみてはいかがでしょう。

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右が「こけし辞典」。愛好家が参考に開いた痕跡が表紙や本文用紙の状態に表出。この「こけし辞典」の現代版として「一金会」や「三土新明会」の中心メンバーが制作しているのがWEB版こけし資料の決定版「Kokeshi Wiki」。左が愛好家たちによるレポート「こけし研究ノート」

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この日の「三土新明会」で愛好家が持ち寄った資料。情報交換と共有の場になっている

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伝統こけしの写真集も貴重な資料。コレクションを撮影して私家版写真集をつくる愛好家もいる。店内には、伝統こけしを物撮りできるコーナーも設けられている

書肆ひやね

住所:東京都千代田区内神田2-10
電話 03-3251-4147 (ミニコイ ヨイシナ)
営業時間 11:0019:00
定休日:日曜・祭日
E-MAIL : hiyane@mub.biglobe.ne.jp
HP(
神田神保町オフィシャルサイト):http://jimbou.info/town/ab/ab0085.html
Facebook (
一金会: @ichikinkai

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東京佃島生まれ育ちの江戸っ子。旅行ガイドの編集者。
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