ニューヨーク音楽散歩 伝説のゲイディスコ「パラダイス・ガラージ」

2017年末、マンハッタンのSoHoの西、キング・ストリート沿いにある2階建ての建物が取り壊されました。かつて、そこにはニューヨークの音楽史に刻まれるディスコが存在しました。その名は『パラダイス・ガラージ』。1977年から87年まで、ニューヨークのディスコ・ミュージック、ハウス・ミュージックの中心地として人気があったゲイディスコでした。

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この写真は2011年に撮影したものです。閉店後20年以上経過していますが、当時の面影を残しており、歴史を感じさせます。

<目次>

ニューヨークで発展したディスコ・カルチャーとゲイ・カルチャー

ニューヨークに現在のディスコに繋がるナイトクラブが開店したのは60年代半ばだと言われています。それまでのナイトクラブといえば、生バンドの演奏でお客さんが踊る、という業態でしたが、お客さんのリクエストを叶えやすくするために、レコードを選曲するDJが配置されました。DJの選曲だけでお客さんが喜んでくれるなら、クラブ側はバンドを雇わなくても良くなるため、利益が上がります。そんな理由からDJがかける曲でお客さんが踊るというスタイルのナイトクラブが増えました。かつて第二次世界大戦時のフランスで同じようにレコードに合わせて人々が踊る文化があり、それを「ディスコティーク」と呼んでいたことから、この業態のナイトクラブが「ディスコ」と呼ばれるようになります。

60年代のアメリカといえば、終わりの見えないベトナム戦争に対し、フラワー・ムーブメントやヒッピー・カルチャーが勃興、LSDが流行するなど、カウンター・カルチャーが萌芽した時期でもあります。マイノリティーに対する差別撤廃運動が本格化したのもこの時期です。55年のローザ・パークス事件をきっかけに公民権運動が盛り上がり、64年に人種差別の撤廃を謳った公民権法が制定されました。しかし、実際にはそれでも実質的な人種差別は解消されていませんでした。

ディスコを始めとするナイトクラブは、抑圧された日常を忘れられる場所として機能していました。特にゲイやトランスジェンダーなどの同性愛者、その中でも黒人やヒスパニックなどの有色人種がディスコに集うようになります。

当時、アメリカのほとんどの地域で「ソドミー法」という同性愛を禁止する法律が制定されていました。同性同士で手をつないだり、一緒に踊ったりすることすら禁止されていたといいます。覆面捜査官が男性に声をかけ、それに応じたら即逮捕、というおとり捜査によって、何万人もの同性愛者が逮捕されたとも言われています。有色人種であり、かつゲイであるというマイノリティーの中のマイノリティーに属している人たちが、辛い日常を忘れるためにディスコへ繰り出していくということは、想像に難くありません。

そんな中、69年にグリニッジ・ビレッジで「ストーンウォールの反乱」と呼ばれる同性愛者と警官の大規模な衝突事件が起こっています。ストーンウォールの反乱を機に、同性愛者達の間で団結して自らの権利拡大を訴える運動が加速しました。ソドミー法で禁止されていた同性同士でダンスすることも認められ、ゲイ解放運動の拡大とともに、自らを最も表現できる場であるディスコやゲイクラブも次々とオープンしていきました。ストーンウォールの反乱はゲイ解放運動の起点となった事件だと言われており、現在世界各地で行われているゲイパレードに繋がっています。

70年代に入るとディスコ・カルチャーは一般層にまで拡大していきます。ディスコ・ミュージックはビルボードチャートの常連になり、ロックミュージシャンまでもがディスコ調の曲をリリースするまでにいたりました。ゲイだけではなくストレートの人たち向けの大型ディスコも続々とオープンしていきます。極めつけは77年に公開された映画『サタデー・ナイト・フィーバー』です。ビージーズが担当した主題歌が大ヒットし、サウンドトラックとしては異例のビルボードチャートで24週連続1位を獲得しました。

ラリー・レヴァンとパラダイス・ガラージ

『サタデー・ナイト・フィーバー』の公開と同じ77年、ニューヨークに今でも伝説として語り継がれる2つのディスコがオープンしました。

『スタジオ54』と『パラダイス・ガラージ』です。

『スタジオ54』はハリウッドスター、ロックミュージシャン、アーティスト、デザイナー、映画監督、政治家、実業家など、当時のセレブが足繁く通ったストレート向けの巨大ディスコでした。スタジオ54の特徴として、厳しい入場チェックがありました。スタイルやファッションなど、ドアマンがスタジオ54に相応しいと認めなければ、例えそれが映画スターであったとしても、ダンスフロアへのドアを開けることが許されなかったのです。そのため、ディスコの前は入場待ちのお客さんで溢れかえっており、また、それが道行く人に「このディスコはイケてる」と思わせる手段でもあったのです。当時はスタジオ54に入場できることが一つのステータスでした。

ちなみに現在でもニューヨークではクラブ入場時に並ばせることが慣習になっています。行きたいクラブに長い入場列ができてていても、混んでるだろうと諦めて帰らないでください。実際に中に入ると、全然人がいなくてビックリすることがよくあります。

一方の『パラダイス・ガラージ』は音楽やダンスを愛するゲイのためのディスコとしてオープンしました。スタジオ54に比べると華があるとは言えないパラダイス・ガラージが、なぜ伝説のディスコとなったのか?それはメインDJだったラリー・レヴァンのDJスタイルと音響設備に理由があります。

ラリーは、ディスコ・ミュージックはもちろん、ロック、ソウル、ファンク、ラテン、ニューウェーブ、ヒップホップなど、様々なジャンルのレコードを、歌詞、曲調、音色などの要素を重視し、フロアで踊っているお客さん達にメッセージを投げかけるようにミックスをしていました。また、音響について独学で研究し、パラダイス・ガラージには自身がデザインした「レヴァンズ」というオリジナルのサウンドシステムを導入しました。例えば、最初はボーカルの音量を絞った状態で曲を流しはじめ、強調したい歌詞の部分でボーカルの音量を上げるなど、そのサウンドシステムだからこそ可能なプレイでお客さんに様々なメッセージを送ったのです。前述したように、お客さんにはマイノリティーが多く、辛い日常を過ごしていた人が多くいました。ラリーはDJを通じて彼らに様々なメッセージを送り、彼らを勇気づけていったのです。ラリーとお客さんとの関係はまるで教会における牧師と信徒のような、一種の宗教的な関係に近かったという証言もあります。

80年代のパラダイス・ガラージ 〜黄金期から終焉へ〜

パラダイス・ガラージの常連だったアーティストの一人にマドンナがいます。まだ少しぎこちないパフォーマンスが愛らしいデビューシングル「Everybody」のミュージックビデオはパラダイス・ガラージで撮影されています。

ラリー・レヴァンの古くからの友人でDJのフランキー・ナックルズがシカゴで生み出したハウス・ミュージックが、ニューヨークでいち早く紹介された場所もパラダイス・ガラージでした。当時絶大な影響力を持っていたラリーにより、ハウス・ミュージックは急速にニューヨークに浸透していきました。ラリーがプレイした翌日には、レコード屋の店頭から姿を消すレコードも多かったといいます。

80年代半ばになると、ディスコ・カルチャーに大きな影が覆い始めます。ディスコ・カルチャーの中心だったゲイの間で、謎の病気が蔓延します。そう、AIDSです。次々と仲間が不治の病に侵され、亡くなっていき、同性愛者に対する差別も増していく状況に、シーンは混乱していきました。夜遊びをする人は激減し、多くのゲイディスコが閉店していったといいます。

そんな中、パラダイス・ガラージのオーナーだったマイケルも病に侵されてしまいます。もともと土地の大家との契約が10年だったこともあり、87年9月、パラダイス・ガラージは惜しまれつつクローズしました。

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パラダイス・ガラージは、音楽史的にもカルチャー史的にもとてもアイコニックな場所だったと言えます。上の写真は2015年に訪れたときの写真です。壁にクリーム色のペンキが塗られ、ファサードの装飾も取り外されて、以前のような威厳がなくなっていたのが印象に残っています。

どんな理由があるにせよ、そのようなアイコニックな場所が姿を消してしまったことは残念でなりません。93年に亡くなったラリー・レヴァンを偲び、パラダイス・ガラージのあったキング・ストリートを「Larry Levan Way」と名付けようという運動もあるようです。多くのマイノリティーを勇気づけた重要な場所なので、何らかの痕跡を残してくれる事を期待しています。

先日、我が国の国会議員が「LGBTは生産性がない」という意味不明な主張をして話題になりましたが、簡単にニューヨークのディスコの歴史を振り返っただけでも、同性愛者が多くのカルチャーを生みだしたことが分かります。我が国でも一刻でも早くマイノリティー対する偏見や差別がなくなる事を願っています。

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