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スイス菓子のエンガディナー・ヌストルテは、異国がもたらした「美味しい」伝統
国内・海外を問わず、旅行先で出会う現地の美味しいご飯やお菓子は旅の大きな楽しみのひとつだ。スイスの三大ご飯と言えばチーズフォンデュ、ラクレット(オーブンの熱で溶かしたチーズをジャガイモやピクルスと一緒に頂く料理)そしてロシュティ(削ったジャガイモをラードもしくはバターで焼き固めたもの)。特にチーズフォンデュは大変有名なので、スイスに特別縁や関心がない方もどんなものかは大体ご存知のはず。
バーゼルのレッカリBasler Läckerli(はちみつとスパイスとドライフルーツが入った硬いクッキー)を始めスイスにも「銘菓」と呼ばれるものはたくさんあるのだが、チョコレート以外のスイス菓子というものがスイス料理ほどは知られていないのが残念だ。これまでにシュピッツブーベンSpitzbuben(ラズベリージャムが挟まったクッキー)、アプフェルヴェーエApfelwähe(リンゴのパイ)、ファスナハツキュエヘリFasnachtschüechli(カーニバルの時期に食べる揚げ菓子)などを紹介したが、今回はスイス菓子の代表と言っても過言ではないエンガディナー・ヌストルテEngadiner Nusstorteを紹介したい。
目次
エンガディナー・ヌストルテは、どんなお菓子?
エンガディナー・ヌストルテというのはスイス東部グラウビュンデン州エンガディン地方の銘菓で、ミュルベタイグMürbeteigと呼ばれる種類の生地(タルト生地や英国のショートブレッドに似た食感を持つ)にクルミがたっぷりと入った生キャラメルが詰まった焼き菓子。
それぞれの素材と地元の伝統
名前のエンガディナーは「エンガディン地方の/エンガディン風の」という意味で、トルテTorteは甘いケーキ。ヌスNussは本来ナッツ類全般をまとめて指す単語だが、このお菓子に使われるのはクルミだけだ。
そんなクルミ一押し!のヌストルテだが、実はクルミはエンガディン地方の特産品ではない。エンガディン地方はスイスの中でもとりわけ寒く、その気候は温暖を好むクルミの栽培には厳しすぎるからだ。それでもこのヌストルテがエンガディン地方の銘菓となったのには、エンガディン人の「出稼ぎ」という歴史的背景がある。フランスやイタリアなど外国に出稼ぎに行ったエンガディン地方の菓子職人が滞在先でクルミという新しい素材に出会い、そこから元々エンガディン地方(もう少し正確に言えばウンター・エンガディン地方)にあったフアチャ・グラッサFuatscha Grassaという名前の伝統焼き菓子(バターと小麦粉の比率がほぼ1対1というリッチなバタークッキー、基本的には日曜日のためのお菓子)の生地にクルミのフィリングを詰めるアイデアが生まれ、後に菓子職人が帰郷する際に一緒に持ち帰った新しい「輸入素材」が地元の伝統と融合して今日のエンガディナー・ヌストルテが誕生したという訳だ。
スイスでも私が住んでいるような低地(標高500m前後)では個人宅の庭や農地脇・近隣の林などでクルミの木をしばしば見かけるものの、その収穫量はあくまでも各家庭での個人消費が限界。一般のスーパーマーケット等小売店で売られているクルミはほぼ全て南フランス産だ。エンガディン地方ではその高く均一な品質や優れた味覚から特にカリフォルニア産のクルミを使うという菓子店もあるとのことだが、いずれにしろエンガディナー・ヌストルテに使われるクルミはすべて外国からの輸入品。外国人の比率が全住民の20%を越えるスイスでは近年「外国人移民のスイス社会への適応・同化」が大きな問題となっているが、エンガディナー・ヌストルテはスイスの古い伝統と異国の新素材が見事に合体して新たなスタンダードとなった「同化政策のお手本的成功例」とも言える。
外国のお菓子というと洋酒を始め馴染みの薄いスパイスやドライフルーツが入っていたりしてちょっと苦手という方も多いが、このエンガディナー・ヌストルテにはそういったいわゆる「異物」が全く入っていない。クルミ生キャラメルの材料は砂糖と生クリームとはちみつ(とクルミ)だけだし、生地も小麦粉・バター・砂糖・卵と少量の塩のみ。その味は材料から想像される通り、シンプルかつ力強いものだ。私の一番のお薦めはツィリスZillisという村にある「アルテ・ポストAlte Post」のヌストルテだが、エンガディン地方のお菓子屋さんやパン屋さんにはそれぞれのお店に独自の秘伝レシピで焼かれた自慢の一品が並んでいる。基本的にローカルな品物が全国区で有名になることが稀なスイスだが、ヌストルテを始めとするいくつかの地域銘菓はちょっと別格扱い。スイス人も大好きなこれらのお菓子はスーパーマーケットなどでも手軽に購入することができる。砂糖にバター、生クリーム、そしてクルミ...高カロリーな材料が大集合の「カロリー爆弾」にもかかわらず思わず食べ過ぎてしまうほど危険な美味しさだが、これから迎える厳しい冬を前にエネルギーを蓄えるにはもってこいだ。
自分で焼いてみたいという方のためにベーシックレシピをご紹介。時間と手間はかかるが決して難しい種類のお菓子ではないので、是非お試しいただきたい。
作り方
クルミ生キャラメル
鍋を弱火にかけて砂糖(170~200g)をゆっくりと溶かしカラメルシロップを作る。そこに大まかに砕いたクルミ(200g、ローストする必要はない)とはちみつ(大さじ2程度)を入れて混ぜ、生クリーム(200cc)を注ぎ入れて固まったカラメルを溶かす様断続的にかき混ぜながら弱火のまま20分ほど煮詰める。
生地
小麦粉(300g)・砂糖(150g)・バター(150g)・塩(ひとつまみ)をボウルに入れ、粉とバターが均一になるまで両手ですり混ぜる。混ざったら卵(1個)を加えて生地を手早くまとめ、冷蔵庫で数時間休ませる。
生地全量のうち1/3をスプリングフォーム(スポンジケーキなどを焼く際に使う底面が外せる焼き型。底面にはベーキングシートを敷き側面にはバターを塗っておく)の大きさに合わせて3mm厚程度に伸ばし(2枚のラップに挟んで伸ばすと便利)再び冷蔵庫に入れる。残りの生地を焼き型の底と側面に押し付けるようにしてまんべんなく指で押し伸ばす。
底面にフォーク等で充分に穴を開け、その上に室温程度に冷ましたクルミ生キャラメルを均一に敷き詰める。生キャラメルの表面より上に出ている側面の生地を内側に向けて倒し、倒した生地の表面に水を塗る。
3mm厚に伸ばした後、冷蔵庫で休ませておいた先ほどの1/3生地をその上に乗せ、
型からはみ出た余分を切り取り、側面生地との接着面(水を塗った所)をフォーク等でしっかりと押さえる。
生地の表面にフォーク等でまんべんなく穴を開け、170~180度に余熱したオーブンの最下段で40分ほど焼く。
重要なポイント
ヌストルテの表面は「こんがりキツネ色」に色づいてはいけないのが重要なポイントなので、オーブンの癖に合わせて焼き時間と温度は微調整したい。切り取って余った生地はオーブンの端でトルテと一緒に10分ほど焼いてしまえば「簡易フアチャ・グラッサ」も楽しめる。食べるのはトルテが完全に冷めてからで、焼いた翌日以降に頂く方が生地が落ち着いて良いのだけれど、私はおおよそ待てない。乾かないようラップにきっちりとくるんでおけば問題なく数週間は日持ちするので長期保存も可能だが、これはあくまでも「食べずに置いておく誘惑に勝てれば」の話。やはり私にはとても無理なので、数日で完食だ。
いただきます...いや、いただきました!
その他
エンガディナー・ヌストルテについて(「スイス・食の遺産」ウェブサイト内、独語)
www.kulinarischeserbe.ch/product.aspx?id=279
※現在閲覧できません
フアチャ・グラッサについて(同上、独語)
www.kulinarischeserbe.ch/product.aspx?id=455
※現在閲覧できません
ガストハオス「アルテ・ポスト」Gasthaus Alte Post
Hauptstrasse 36
CH-7432 Zillis
http://www.alte-post.ch/
ヌストルテはもちろん、伝統郷土料理の「カプンスCapuns」も絶品。
宿泊はダブルルーム一室一泊150フラン(トイレ・バス/シャワー共同、朝食付)から、トイレ・バス付きは170フランから
※編集部註:本記事は2018年2月に公開しましたが、2021年8月に一部修正いたしました。
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Asami AMMANN-HONDA
- スイス東部トゥールガウ州の農村在住。元書店員、現在は兼業主婦(介護補助士&日本語教師&日独英通訳)。趣味はスポーツ・園芸・料理、専門は音響映像技術。