東京の深夜に出現する幻の屋台バー「TWILLO」

雨の日も雪の日も、風の強い日も、夜10時すぎ、都内のどこかでキャンドルを灯す屋台バーTWILLO(トワイロゥ)。店主はキューバの葉巻を燻らし、バカラのグラスで酒を供する吟遊詩人のような風情。夢と現実の境界が曖昧になるひとときに心酔しました。

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東京の夜をさまよう白いモバイルサロン「TWILLO」

隅田川の水辺で出合う

隅田川に架かる永代橋。日没からは淡い水色にライトアップされ、その光が水面に映り揺らぐさまは最高にロマンティック。都内でも屈指の夜景だと思っています。そんな特別な水辺にバカラのグラスで酒を呑める屋台が出没していると知ったのは5年前のこと。実際には屋台はその日の気分で移動し、夜10時過ぎの開店時にTwitterで主人・(かみ)(じょう)(しょう)太郎(たろう)さんが現在地をつぶやくまでどこに居るのかわからないのです。しかし、この屋台の存在を意識した晩はたまたま永代橋のほとりに「着地」していたのでした。私は近くの門前仲町で深夜零時過ぎまで親友と呑んでいたのですが、心躍らせ永代橋を目指しました。終電の時間を過ぎているというのに、屋台のまわりでは男女数人が静かに語らい、美しくきらめくバカラのグラスで酒を愉しんでいる。その情景、状況が神秘的。初めて会う人たちとすぐにくつろいで言葉と酒杯を交わせたのも不思議でした。水辺の気持ちよさ、屋台の謎めいた雰囲気に惹き寄せられる者どうし。日常をリセットしたいと願う者が出会い、つかの間の非日常を愛でる。白い屋台はその空間と時間を創出するサロンでした。

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移動自体が冒険

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足元は冒険にふさわしい登山靴

5年ぶりの再会

夢心地の快楽に魅了され、またあの橋のたもとで呑みたい、心酔したい。そう願い、毎晩神条さんのつぶやきをチェックしましたが、なかなか同じ夢に溺れることはできませんでした。そして、5年後。再び、あの水辺に着地したという知らせが。仕事場から歩いて目指したときの高揚感といったら・・・。そして、5年前と同じ場所で白い屋台が見えたときの悦びといったら。TWILLOはアプローチまでも特別な時間になる酒場なのでしょう。私は現地に着くなり神条さんに取材を申し込みました。深い感銘を受けた空間を撮りたい、主人の話を聞きたい。TWILLOの取材は叶えたい夢リストの上位にありましたので、すぐに快諾していただけたときは有頂天に。心のなかで歓喜しました。ただ、この日は事情により開店前に場所を移ることになり、30分ほど神条さんと一緒に移動。はたして車が脇を走る夜の車道を歩くことがいかに冒険的な行為なのか実感できたのです。憧れの場所で呑めないのは残念ですが、偶然稀有な状況に遭えたのはとても幸運でした。

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着地すると現在地点を ツイートする神条さん

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ガラケーでつぶやく。情報過多で心が囚われないようスマホは持たないそう

水の引力

屋台がたどり着いたのは、かつて運河が流れていた場所でした。水はなくなっても、その土地には水の気配が眠っているものです。実利的な理由は当然あるのでしょうが、その見えない「気」に神条さんは引き寄せられているのかなと、勝手に想像しました。街が寝静まる夜に現れる精霊。水辺と水が流れていた土地には心鎮まる安らぎがあります。その気に触れながら酒を呑むのは、今の東京ではなかなか得難い享楽だと思います。

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かつての運河に架かる橋で開店。ほのかな灯りが幻想的

外呑みが好き

台風が直撃するなど、よほどの悪天候でなければ正月も含めてほぼ年中無休で開店している神条さん。気力・体力に感嘆しますが、「頑張ってやっているという意識じゃない。自分が楽しむためにここに立っています」と神条さんは笑顔を浮かべます。開放的な外で酒を呑むのが好きで、仮に休みがあっても家の近くの公園でビールを呑んでいる。だったら屋台を出しながら呑んでいても同じかなと思い、休まないでいるそうです。もちろん屋台は生活が成り立つ仕事だから続けられるのでしょう。おとぎの国から現れてくるようなミステリアスな風情の人だけど、尋ねれば誠実に答えてくれる。穏やかで誠実な人柄が佳い意味でアンバランス。葉巻を燻らせ客を待つ。いつもの、または私のような一見の客を。飄々と軽やかに冒険の旅を続ける自由で独立した生き方に羨望してしまいます。

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毎晩ふと思いついた言葉を題目にかかげています

酒2種のみ

現在、TWILLOが供するのは 23年物のラムとカルバドス(リンゴのブランデー)の2種のみ。それぞれバカラとラリックのデキャンタを充たし、オーダーを受けると、年代物のバカラグラス・コレクションから神条さんが選んだひとつに注がれていきます。これらのクリスタルガラスにキャンドルの炎が映るさまに、ただただ見惚れてしまいます。私はこの景色を映しこみたいと願ったのが、取材依頼したいちばんの大きな理由でした。世界最高峰の描写力といわれるライカレンズ越しにこの光景を眺め、私は至福の想いに酔いました。仕事の意識が遠のくなか我に還り、バカラを使う理由を質問。「屋台なので、もしプラスチックのカップでお出ししても、それでがっかりしちゃう人はいないでしょう。まぁ屋台だから、こんなもんでしょうと納得してくれると思います。その当たり前の気分を佳い意味で裏切りたかった」と神条さん。どうせ裏切るのなら徹底的にやりましょうと。バカラはもともと好きでもあったので揃えていくことにしたのだそうです。場の空気を華やかに変えるバカラの魔術は女性の心もとらえます。TWILLOは屋台では珍しく女性のひとり客を多く見かけるのですが、これもバカラの演出がきっと効いているのでしょう。

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ラムの入るバカラのデキャンタとグラス。自然に割れたバカラのグラスはキャンドルの台に活用しています

値段がない

何杯でも呑みたくなる熟成ラムの味わいに唸りながら神条さんに酒の料金を聞くと、驚きの答えが返ってきました。「値段は自分で決めてもらいます。2つのお酒をストレートで出すだけとメニューも絞られていますが、値段もないんです。ここで過ごした時間の価値で決めてもらう。楽しかったらたくさん置いていってもらうお客さんもいるし、つまらなかったら、こんなもんでというお客さんもいます」。なんという独自ぶりでしょうか。私はこの日に夢が実現できたことと、ラムのおいしさに心底酔えたので自分なりの感謝をお渡ししました。その額が適当だったのか考えつつ、本心に問いかけてくるようなスタイルにちょっとどきまぎしてしまったことも正直に告白しておきます。

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ぶらりと寄る近くの人だけでなく、遠くから電車を乗り継いでやって来ては1、2杯呑んで帰って行く人も

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葉巻が似合う神条さん。その格好よさに痺れ、私も葉巻を嗜みたくなりました

夢の余韻

5年前の深夜と同じように、この日も初対面の客全員と心を開いて親しく話すことができました。そのうちのひとりの女性が仕事場から向かう途中、渡った隅田川が鏡のように凪いでいてきれいだったと言います。あんな川の状態は珍しいと。この女性は日々、川の水景を注視しているからこその気づきなのでしょう。そう景色の変化を感得できる女性に会えて嬉しくなりました。TWILLOを後にして実家のある佃島まで歩いて帰り、隅田川を眺めると刻一刻と変わる潮汐の影響を無視したかのように水面は依然とフラットのままでした。陶然としながら、これもTWILLOの呼びこむ神秘なのだろうと夢の余韻に浸っていました。

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TWILLOからの帰路で目にした隅田川

TWILLO(トワイロゥ)

居場所:都内のどこか。 Twitterで毎晩10時過ぎに告知
営業時間:10時過ぎから明け方まで
定休日:特別な悪天候以外、基本的に無休
Twiiter:@twillo0

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ヤスヒロ・ワールド

東京佃島生まれ育ちの江戸っ子。旅行ガイドの編集者。
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