たびこふれ

グラン・サッソ襲撃事件

記事投稿日:2014/01/11最終更新日:2017/11/29

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グラン・サッソ国立公園。イタリアのチベットとの異名を持つ美しい山です。

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ケーブルカーに乗って到着したカンポ・インペラトーレと呼ばれる山頂には、1軒のホテルが建っていました。

近寄って見ると、何やらやたら年期の入った建物。赤い壁の色がところどころ剥げてしまっています。冬には雪に覆われるのでしょうから、メンテナンスが大変なのかな?と思いながら、Barで休憩しようと中に入りました。

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中に入ってみると、こんな表示があってびっくり。「1943年8月28日から9月12日まで、このホテルでベニート・ムッソリーニを捕虜とした」と書いてあります。そう、このホテルは第二次世界大戦中、逮捕されたムッソリーニの身柄を秘密裏に拘束した場所だったのです。しかもムッソリーニはこの場所からドイツ軍によって救出され、救出作戦は「グラン・サッソ襲撃」の名で小説や舞台にもされているのだとか。

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首相の地位を追われ逮捕されたムッソリーニは、ナチス・ドイツによる奪還を阻止するためイタリア各地を点々と移動しました。しかしドイツ軍は最終的にムッソリーニがグラン・サッソにあるホテル「カンポ・インペラトーレ」に幽閉されたことを突き止めます。幽閉地はわかったものの、ここはご覧のとおり山の山頂。そこで、特殊部隊を組んでグライダーで空から救出部隊を送り込むという、まさに度肝を抜く作戦が決行されたのです。

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死者を出さずムッソリーニを無傷で救出したスマートさで、このグラン・サッソ襲撃事件は一躍有名になりました。救出後、ムッソリーニはナチス・ドイツの傀儡国家であるイタリア社会共和国のリーダーとなります。その後のことはご存知の通り、ナチス政権は崩壊し、1945年ムッソリーニは拘束、銃殺されました。

一説によれば、カンポ・インペラトーレから救出されたムッソリーニはそのまま政界からの引退を望んだとのことですが...。ファシスト党創設者として独裁政権を築いた男は、この美しい山々を前にして一体何を思ったのでしょうね。

わずか2週間ほどの滞在だったようですが、戦争という狂気に満ちた心を、少しは洗い流すことができたのでしょうか。

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佐藤 モカ
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記事投稿日:2014/01/11最終更新日:2017/11/29

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