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洞窟だらけの街?南イタリアの世界遺産「マテーラの洞窟住居」

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記事投稿日:2015/07/15
最終更新日:2017/11/02

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イタリア南部、バジリカータ州にある街「マテーラ」には、世界遺産にも登録された異様な住居群があるそうです。その不思議な魅力についてご紹介します。

※以下、写真は全てクリエイティブコモンズライセンスに基づき掲載しています。

参考:クリエイティブコモンズ公式サイト(外部サイトに遷移します)

異世界へようこそ。知られざる岩の街「マテーラ」を彷徨う。

マテーラに惹かれた理由を聞かれると、「他のどんな街とも違うから」と私はいつも答えます。

石畳の路地裏に教会があり、古い橋に川が流れるイタリアの街を歩くと、しばしば似たような風景に出会うことがありますが、マテーラの街はイタリアで訪れる、他のどの街とも異なった趣を持っているのです。ひょっとしたら世界でもこのような特異な姿をした街は他に存在しないかもしれません。

南イタリアのバジリカータ州、ターラントから西へ約70km。イタリア半島の土踏まずの辺りにマテーラの街は位置しています。

初めてその全貌を目の当たりにした者は、その独特で怪異ともとれる景観に誰もが言葉を失うでしょう。

引用:Flickrより
Matera

マテーラは凝灰岩でできた丘の上、チヴィタと呼ばれる旧市街の中心部を起点とし東側はグラヴィーナ川に浸食されてできた深い渓谷、西側には新市街が広がります。旧市街は北部をサッソ・ヴァリザーノ、南部をサッソ・カヴェオーソと呼び、二つ合わせてサッシと呼ばれます。

サッシとは岩という意味であり、この街がまるごと岩で出来ていることを表しています。

引用:Flickrより
Matera

マテーラの摩訶不思議な景観は、この街が岩に掘られた洞窟住居からなるもの。全てが岩で出来た灰色の街は、歩くごとに姿を変え、光の当たり具合で表情を変えてゆきます。

一体どうしてこのような岩塊に人々が住み着いたのか、そしていかにしてこの街が発展してきたのか、マテーラの歴史を紐解いてみることにしましょう。

はじまりは、逃れてきた隠修士たちによる開拓から

先史時代から、この地域には天然の洞窟に人が住み着いていたと云われていますが、街として人工の洞窟を掘り、人々が暮らし始めたのは8世紀のこと。住み着いた人々は、ギリシャ正教の隠修士(※)たちでした。

当時、イスラムの侵入やギリシャ正教内の聖像破壊運動により、居場所を失くした彼らはこの地へ逃れてきたのです。この地域を構成する凝灰岩は、柔らかく掘りやすいけれど崩壊しにくいという性質を持っています。また、余分な水分を吸収してくれるため、住居を作るのに非常に適していたのです。

※注:隠修士とは、孤独生活を送る修道士のこと
参考:コトバンク 大辞林 第三版より(外部サイトに遷移します)

彼らは徹底した世捨て人でした。後年のカトリック修道院が土地の寄進を受けるなど安楽な生活を送っていたのとはちがい、彼らは自給自足の厳しい生活を送っていました。マテーラで見られる洞窟住居跡には、彼らの苦労がしのばれる暮らしの様子が現在も残っています。

11世紀になると次第に隠修士たちの数も減り、修道院や住居も無人になっていきました。その後に住み着いたのが一般の農民たちです。かねてから隠修士たちを真似て洞窟に住居を掘っていた農民たちが、この街に定着するのには時間がかかりませんでした。

前面に切石を積んで建て増しをしてはいるものの、本体は全て洞窟であり、街の景観はそのまま維持されていきます。

引用:Flickrより
Matera

農民たちもやがて移住しゴーストタウン化。しかし、その後は世界に誇る観光地に。

しかし19世紀、近代化の波の中で豊かな者は普通の家屋に移住することを選びました。その結果洞窟住居に残ったのは貧しい農民だけとなり、街は荒廃してしまいました。

スラム化した街の衛生状態や治安の悪化を懸念した政府は、残りの住民を強制的に移住させることにしました。そうして、マテーラは一時不気味なゴーストタウンと化したのです。

ところが1993年、これら洞窟住居群は人々の生活文化が作り上げてきた貴重な遺産だとして、ユネスコ世界遺産への登録が決定します。こうして、マテーラの街は息を吹き返すこととなりました。

洞窟住居の成り立ちとしてはトルコのカッパドキアと似ています。けれど、どことなく寂しげで異次元に誘われてしまいそうな街の雰囲気は、やはりマテーラ独特のものといえるでしょう。

引用:Flickrより
Matera

マテーラを散策するなら、ツアーか現地ガイドは必須

マテーラの散策には、南部のサッソ・カヴェオーソを歩くコースがおすすめです。ところが、マテーラは三次元的な迷路そのもの。

丘のてっぺんの大聖堂を目印にすれば方向を失うことは無いにしろ、見所を正確に回るのは至難の技です。ツアーに参加するか、どこからともなく現れる地元の少年に案内役をお願いし、マテーラ探検に出かけましょう。

サン・ナントーニオ教会は元修道院。内部ではワイン造りが行われており、ワイン貯蔵用の穴が岩に掘り込まれ、雨水を貯めた水槽や氷室までが全て岩を掘って造られています。これも、凝灰岩が余分な水分を吸収してくれる、マテーラの地形だからこそなしえたものです。

共有の中庭であるヴィチナート・アッレ・マルヴェや、モストラ・アッレ―ディ・コンタディーニなどは洞窟住居の典型的な姿で、共通の中庭を持つ住居群の様子や、部屋の内部までかつての暮らしぶりを知ることができます。

引用:Flickrより
Presepe vivente di Matera

サンタルチア・アッレ・マルヴェやマドンナ・デ・イドリスなど、各所にある修道院跡では洞窟修道院の造りを観察することができ、内部には見事な壁画が残っています。

引用:Flickrより
Matera

ふと見上げると、巨大な岩塊モンテッローネがそびえる姿に、ここが岩の街であることを思い出します。複雑に入り組んだ石段の路地や地形をうまく利用した抜け道、袋小路、岩壁に開いた無数の住居の入口......人の住んでいない灰色の街は不気味な廃墟のようでもあり、謎めいた異世界のようでもあり。

マテーラを訪れた者は、誰もがこの不思議な街の魅力に憑りつかれてしまうでしょう。

引用:Flickrより
20090124-DSC_4413.jpg

マテーラはまだ旅行客もそれほど多くない穴場の観光スポット。お隣のプーリア州には、同じく世界遺産に登録されたアルベロベッロもあります。南イタリアを訪れる際は、ぜひ立ち寄ってみては。

関連記事:とんがり屋根の世界遺産。おとぎの国アルベロベッロを100%楽しむ方法

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