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和歌山・熊野古道(世界で2つ!"道"が主役の世界遺産)

記事投稿日:2016/02/29最終更新日:2017/04/19

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生きながら蘇る 神々が宿る巡礼の道〝熊野古道〟

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▲発心門王子 c田辺市

熊野古道は、「紀伊山地の霊場と参詣道」として2004年7月に世界遺産に登録されました。スペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」と世界で2つしかない、『道』が主役の世界遺産です。

『霊場』とは、熊野信仰の中心である「熊野三山」、修験道の拠点「吉野・大峯」、真言密教の根本道場「高野山」の3ヶ所のことです。深い山々が重なりあう紀伊山地では、自然崇拝に根ざした神道、中国から伝来した仏教、その両者を結びつけた修験道など、多様な信仰の形態が育まれてきました。『参詣道』は、この3つの霊場を結び、全国からの巡礼者が霊場を目指して歩いた道のことです。

紀伊山地に育まれた宗教のうち神道を代表するのが、熊野三山と呼ばれる熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社です。熊野三山の歴史は古いと言われています。

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▲熊野本宮大社/全国3,000余りの熊野神社の総本宮のひとつ c田辺市

熊野三山への古の参詣道を「熊野古道」と呼びます。いくつもルートがありますが、なかでも中辺路(なかへち)は、平安時代から鎌倉時代にかけて上皇たちが参詣を100回以上も繰り返した熊野への公式参詣道(御幸道)として知られます。上皇たちの御幸道だっだだけに、中辺路沿いには、熊野の神の子供を意味する「熊野九十九王子」が祀られました。

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▲牛馬童子(ぎゅうばどうじ)像/花山法皇の旅姿を模したと伝えられる愛らしい石像 c田辺市

困難が多いほど熊野の神の救いも大きいと、人々は苦しい道のりを越えて熊野を目指しました。熊野は昔から、黄泉の国熊野に足を踏み入れ、一度死んで魂を浄め、熊野から出るころには再生を果たす〝蘇りの国〟とされていました。前世の罪を速玉が浄め、現生の縁を那智が結び、本宮が来世を救済するといわれ、過去・現在・未来の安寧が熊野三山のご利益と考えられました。熊野古道は、聖地へと続く古からの祈りの道なのです。

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