黒船来航と品川台場――江戸が選んだ外交のかたち【港区 江戸の文化財】

幕末、異国船の来航に揺れた江戸。海の守りとして築かれた品川台場は、単なる軍事施設ではなく、徳川幕府の外交姿勢そのものを体現する存在でした。本記事では、六つの砲台の役割とその背景をひもときながら、品川台場が「江戸の外交の転換点」と呼ばれる理由を探ります。

目次

江戸時代末期に築かれた六つの砲台

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<黒船来航のイメージ AI>

嘉永6年(1853年)、マシュー・ペリー率いる黒船が浦賀に来航すると、江戸の町は大きな衝撃に包まれました。幕府はこれを受け、急ぎ江戸湾の防備強化に着手します。

その中心となったのが、現在の東京湾沿いに築かれた品川台場です。幕府はわずか1年足らずの間に、第一から第三台場、第五台場、第六台場、御殿山下台場(地付台場)の六つの台場(砲台)を海上に築きました。

設計を担当したのは、蘭学者としても知られる江川英龍。西洋式の砲術や築城技術を取り入れた、当時としては最先端の防衛施設でした。

たった1年で海上に人工島を造成し、砲台を設ける――。
それは「江戸を守る」という強い意思の表れだったのです。

品川台場が江戸時代の外交の転換点である理由

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<江戸のまち並みイメージ AI>

品川台場は、単なる軍事拠点ではありませんでした。

当時の幕府は、開国か攘夷かという難しい選択を迫られていました。武力で排除するのか、それとも交渉によって道を探るのか。その狭間で揺れ動いていたのです。

台場の築造は、「戦う備えはする。しかし、戦争を望んでいるわけではない」という明確な意思表示でもありました。

実際、幕府は翌年に日米和親条約を締結し、開国へと舵を切ります。
つまり台場は、武力衝突を回避するための"交渉力"を高める装置でもあったのです。

守りを固めつつ、対話を模索する。
その姿勢こそが、品川台場を「江戸外交の象徴」と呼ぶ理由なのです。

品川台場から見通す徳川の覚悟

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<〔江戸切絵図〕 芝高輪辺絵図>

260年以上続いた徳川の平和。その終盤に直面した未曾有の国難が、黒船来航でした。

その危機に立ち向かうべく造られた品川台場は、外圧への恐れの象徴であると同時に、「国を守る」という為政者の責任を形にした存在でもあります。

結果として幕府は倒れ、時代は明治へと移りました。
しかし、短期間で巨大な防衛施設を築き上げた事実は、徳川政権が最後まで国家の安定を守ろうとした覚悟を物語っています。

品川台場を見つめることは、時代の転換点に立った徳川の"決断の痕跡"をたどることでもあるのです。

令和となった現在。品川台場は残っているの?

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<品川第三台場 砲台跡>

結論から言えば、現在でも品川台場はどなたでも見ることができます。

現存しているのは主に第三台場と第六台場です。
特に第三台場は整備され、公園として一般公開されています。

東京湾岸の近代的な風景の中に、幕末の石垣が静かに佇む光景は、まさに時代を超えた対話のようです。

あの有名な公園が?「第三台場」

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<品川第三台場>

第三台場は現在、台場公園として整備され、一般公開されています。
こちらも国の史跡(文化財)に指定されており、保存と活用が両立された貴重な歴史空間です。

お台場エリアの華やかな商業施設群のすぐ近くにありながら、園内には当時の石垣や砲座跡がそのまま残されています。海に突き出す石垣の重厚さは、幕府の本気の海防政策を雄弁に物語っています。

さらに、近くにはレインボーブリッジが架かり、近代都市の象徴と幕末の防衛拠点が同じ視界に収まるという、東京ならではの風景が広がります。

東京湾に浮かぶ誰も立ち入ることのできない島「第六台場」

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<品川第六台場>

第六台場は、現在も東京湾の海上に原形をとどめる貴重な史跡です。
国の史跡(文化財)にも指定されており、幕末の海防政策を今に伝える重要な遺構として保護されています。

しかし安全上の理由から、一般の立ち入りは禁止されています。長年の風雨や波浪の影響により構造が脆弱になっていることに加え、島内には豊かな自然が広がり、野鳥の生息地にもなっています。そのため、現在は船上や対岸から遠望するのみとなっています。

人工島として築かれた場所でありながら、いまや"無人島"のような存在。
静かに佇むその姿は、黒船来航という緊張と、江戸を守ろうとした人々の決意を今に伝える、幕末の証人といえるでしょう。

第三台場、第六台場品川台場は、単なる過去の遺構ではありません。
いまもなお東京湾に浮かび続ける、「江戸の外交の記憶」そのものなのです。

港区の文化財を知ると、港区のまちを見る目が変わる

高層ビルが立ち並び、最先端の都市景観が広がる港区。
しかし、その足元には江戸の記憶が幾層にも重なっています。

品川台場をはじめ、芝の古道や寺社の石垣など、それらは単なる観光資源ではなく、時代の転換点に立った人々の決断や覚悟を今に伝える文化財です。

文化財を知るということは、歴史を知識として学ぶだけではありません。
なぜこの場所に築かれたのか。なぜ守ろうとしたのか。その背景を知ることで、何気なく歩く道や海の景色が、まったく違って見えてきます。

いま私たちが立つこの場所も、かつては歴史の最前線だった。
そう気づいたとき、港区のまちは、より立体的で奥行きのある風景へと変わるのです。

港区文化財セミナー・港区文化財まち歩きツアーとは

ここまでご紹介してきた内容は、「なぜ徳川幕府は260年もの平和を維持することができたのか」という問いをひも解く、その一端にすぎません。

私たち港区江戸文化共創協議会が企画・運営する無料セミナー&ツアー「港区文化財セミナー」「港区文化財まち歩きツアー」では、品川台場をはじめとする港区内の文化財をテーマごとに全5回シリーズで解説しています。

港区文化財セミナーとは

第三回一般セミナー確定稿.png



無料セミナー『港区文化財セミナー』では、講師に黒田尚嗣氏(一般社団法人 日本遺産普及協会 代表監事)をお迎えし、港区に根付く文化財の基礎知識はもちろん、「なぜ徳川幕府は平和を維持できたのか」という視点から、その物語を深く読み解きます。

開催予定


第1回「徳川」※終了
第2回「外交」※終了
第3回「文化」(2026年5月9日(土)14:00~15:00予定)
第4回「交通」(2026年8月予定)
第5回「事件」(2026年8月予定)

詳しくはこちら
https://www.hot-link.jp/index.php/minato/edo/seminar

港区文化財まち歩きツアーとは

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無料ツアー『港区文化財まち歩きツアー』では、ガイドに港区観光大使の澤内隆氏、日比野薫氏をお迎えし、港区に残る文化財を実際に巡りながら解説します。各文化財の基礎知識に加え、徳川幕府の平和と港区の文化財がどのように結びついているのか、その背景にある物語を体感的に学んでいただけます。

開催予定

第1回「徳川」※終了
第2回「外交」※終了
第3回「文化」(2026年6月27日(土)14:00~15:30予定)
第4回「交通」(2026年9月予定)
第5回「事件」(2026年12月予定)

詳しくはこちら
https://www.hot-link.jp/index.php/minato/edo/tour

港区文化財を通じた江戸の追体験をしてみませんか

現代の不安定な世界情勢を背景に、本シリーズでは、思想や制度、文化によって平和を築いた江戸時代の価値を見つめ直し、過去から未来へとつながる知的なヒントを得ることを目的としています。

継続して参加することで、港区の文化財を手がかりに、徳川幕府が大切にしてきた「いまこそ語り継ぐべき思想」に、より立体的に触れていただけます。

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港区江戸文化共創協議会

2025年10月に、港区地域の観光関連団体が連携し、港区の江戸の文化財を活用した観光振興を行う港区江戸文化共創協議会を組成しました。本協議会は2026年1月より、現在の港区を舞台に、260年にもわたり江戸時代の平和な社会を支えた徳川の『精神』や江戸の都市計画に着目した体験型の知的テーマ旅行プログラムを実施しています。
※協議会構成員:一般社団法人港区観光協会、一般社団法人地域未来企画、一般社団法人日本遺産普及協会、浜松町・芝・大門マーチング委員会、株式会社阪急交通社
※本協議会は公益財団法人東京観光財団が実施する「観光まちづくりにおける江戸の文化財等の活用促進事業」を推進する協議会です

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