国定忠治「赤城の山も今宵を限り」で知られる侠客の墓石はボロボロにされていた|群馬県

江戸時代後期に実在した侠客、国定忠治(くにさだ ちゅうじ)。東海林太郎さんの歌は大ヒットしましたし、浪曲や講談、芝居の『名月赤城山』の主人公としても、その名は全国に知れ渡っています。

赤城の山も今宵を限り。生れ故郷の国定の村や、縄張りを捨て国を捨て、可愛い子分のてめえ達とも別れ別れになる門出だ...」のセリフはあまりに有名です。

忠治が生まれた国定(群馬県伊勢崎市)だけでなく、上州ゆかりの人物として県民の英雄的存在のはずが、実はあまり派手なアピールはされていません。その辺りの謎を探りつつ、「国定忠治の墓地」がある養寿寺へ出かけてきました。

目次

上州(群馬県)にはなぜ侠客が多く存在したのか

群馬県 国定忠治 歴史 地図 
<群馬県公式サイト|tsulunosPLUS(ツルノスプラス)3年6月号>

上州に侠客が多く生まれた理由|博打の土壌

江戸時代の特に後期、上州(群馬県)には侠客(博徒)と呼ばれる人たちが多く存在しました。理由はいくつか考えられますが、下地となってるのはその地域性です。

当時の上州は中山道や三国街道が通る関東と信越を結ぶ交通の要衝となっており、利根川水系の舟運が物資輸送の動脈として発展しました。

宿場町が栄え、養蚕や絹の生産が盛んで、農家が自分たちで作った繭や絹を売り、直接現金を手にする機会が他藩よりも圧倒的に多かったのです。

養蚕はそれ自体、天候や疫病などに左右されやすく博打の要素が高い産業ともいえますが、現金が潤沢にあると、それを目当てにした博打が盛んになります。

博徒が勢力を伸ばした上州の治安事情

また、政治的にも上州は大きな藩が統治していたわけではなく、小藩が入り組むように存在し領地を守っていました。そこで悪事を働いても、隣の領地へ逃げ込めば警察力の手が届かなくなります。ここを突いて、博徒集団が活動しやすい環境がありました。

こうして博打が盛んになった上州の治安は次第に悪化していきます。その時に村々をまとめ上げていたのが、親分衆。侠客たちです。そんな背景があって大前田栄五郎や国定忠治といった侠客が誕生するのです。

「かかあ天下」と博打文化|上州人気質が生まれた背景

余談になりますが「かかあ天下」で知られる群馬の県民性はこの頃に生まれたといって良いでしょう。「かかあ天下」とは妻が威張っているわけではなく、妻が養蚕や織物業に精を出している間、夫は子どもを背に負ぶいながら博打を打っている。

熱心に働き家計をささえる妻に対し、夫は「俺のかかあは天下一」と自慢していたというのが由来なのですね。

群馬には競輪・競艇・オートレース(以前は競馬もありました)といった公営ギャンブルが揃っていて、それも博打好きな上州人の名残ともいわれています。

国定忠治とはどんな人物だったのか

群馬県 国定忠治 歴史 肖像画
<国定忠治(田崎早雲筆):パブリックドメイン>

「アウトロー」なのに英雄視されたのか|江戸時代の社会背景

侠客とは今でいうところの「アウトロー」です。縄張り争いのライバルだけでなく、時には役人も殺しますし、賭場を荒らして銭も強奪します。そのこと自体、賞賛するつもりは毛頭ありませんが、では、そういった人たちがなぜ英雄視されるのか。

それは困窮する人たちに私財を投げ打ち助けるからです。特に江戸時代末期は幕府が弱体化したこともあり、弱者救済もままならず、社会の風紀は乱れ放題でした。そんな時に立ち上がった親分衆。国定忠治もそうでした。

国定忠治の生涯|上州の博徒が民衆のヒーローになった理由

国定忠治(本名:長岡忠次郎)は、文化7年(1810年)上野国(上州)佐位郡国定村(現在の群馬県伊勢崎市)に生まれました。生業は養蚕でした。

忠治はその後、上州勢多郡大前田村(現在の群馬県前橋市)の博徒・大前田英五郎の縄張りを受け継ぎ、親分となります。そして英五郎と敵対する島村伊三郎と対峙したことをきっかけに、賭場を開き、縄張りを広げながら争いを繰り返します。

忠治が地元の英雄として今も語り継がれる最大の功績は、天保4年(1833年)に始まった「天保の大飢饉」の際に、困窮する農民に私財や賭場のお金で米や金銭を施したことです。また、米の不作を打開しようと溜池(農業用水)の土砂かき出し工事を支援し、村人のために尽力しました。

役人や行政ができない農民救済を、博徒であり、役人に追われる立場であった忠治がやったのです。これにより「弱きを助け強きをくじく」義侠心(侠客)のイメージができあがり、語り継がれて「大衆のヒーロー」となりました。

国定忠治が「上毛かるた」に登場しない理由

群馬県 国定忠治 歴史 上毛かるた
<上毛かるた:photoAC>

群馬県には「上毛かるた」というものがあり、多くの県民に親しまれています。県内の名所の他、群馬出身者や所縁のある偉人などが札になっているのですが、なぜか国定忠治は登場しません。

「上毛かるた」は群馬文化協会によって初版が発行されました。昭和22年(1947年)12月のことです。初版を発行する際、英雄である国定忠治を採用してほしいという県民からの要望は発行元の群馬文化協会に多数寄せられました。

しかし、「待った」がかかります。「日本の封建制度を支えたサムライやヤクザは不可」とGHQ(連合国軍総司令部)からお達しがあったのです。やむなくその意向をくみ、採用されることはありませんでした。

しかし、「太平記」で知られる鎌倉時代末期の武将(サムライ)・新田義貞は採用されています。時代が古いため大丈夫だったということなのでしょうか。

国定忠治と「木枯し紋次郎」の関係

長楊枝と「あっしには関わりのないことでござんす」の名台詞で知られる「木枯し紋次郎」。もちろん笹沢左保原作の股旅小説の主人公ですから、架空の人物には間違いありません。

しかし、紋次郎の生まれは「上州新田郡三日月村」(三日月村は架空の地名)という設定です。侠客が多く存在した上州と、その代表格である国定忠治を少なからず意識した作品になっているのではないでしょうか。実際、ドラマの中に国定忠治が登場した回もあったようです。

養寿寺へ|ついに国定忠治の墓発見!

群馬県 国定忠治 養寿寺 墓地
<天台宗 養寿寺>

群馬県 国定忠治 養寿寺 案内版
<入口には養寿寺と忠治の墓の説明が>

さて、そんなことに思いを巡らせながら、国定忠治の墓がある、忠治の菩提寺・養寿寺へ向かいました。養寿寺には忠治の墓の他に「国定忠治遺品館」が併設されていたのですが、現在は閉館されています。残念!

群馬県 国定忠治 養寿寺 敷地

養寿寺の敷地に入ると、奥の方に墓地が見えます。そちらに向かってとりあえず歩きます。

群馬県 国定忠治 養寿寺 墓地

墓地に入り、さらに進むと一番奥に石碑のような物があります。

群馬県 国定忠治 養寿寺 長岡忠治墓

すると、ありました!「長岡忠治之墓」。間違いない!

群馬県 国定忠治 養寿寺 墓

しかし、その隣にもう一つ、柵に囲まれた小さな墓石のようなものが。もしかしてこれ?

何と書いてあるか、ボロボロでまったく読めません。全国からギャンブルファンが訪れては墓石を削り取り、お守りとして持って帰るという噂は本当だったのか。うーむ。

地元の英雄の墓がこれでは、あまりに憐れということで、となりに新しく墓石を建てたというところでしょう。

「国定忠治の墓地」基本情報

国定忠治の墓地のある天台宗 養寿寺までのアクセスをご案内します。電車では、JR両毛線「国定駅」から徒歩約11分。車だと北関東自動車道「太田藪塚IC」から約2.7kmです。

群馬県 国定忠治 養寿寺 国定駅
<国定駅北口>

群馬県 国定忠治 養寿寺 国定駅
<国定駅南口。北口からでも南口からでも行けますが、距離的には南口からの方が少し短いかもしれません>

群馬県 国定忠治 国定駅 石碑 
<南口には忠治の石碑が>

群馬県 国定忠治 養寿寺 駐車場
<こちらは養寿寺の駐車場。広いので車が便利です>

天台宗 養寿寺

  • 所在地:群馬県伊勢崎市国定町1丁目1247

まとめ

国定忠治は、関所破りで逃亡を続けながら中風を患い、上州に戻った後に捕えられ、嘉永3年(1851年)に磔の刑で亡くなったとされています。

享年41歳でした。忠治という人は「義理人情にあつい」といわれる群馬県民の気質を象徴した人物だったのかなと思います。

自分の墓がギャンブルファンに削られてボロボロになっていると知ったら忠治はなんと言うでしょうね。「上毛かるた」に採用されなかったと知ったら何と言うでしょう。

「墓なんざあ、どうでもよかんべえ。かるた? 俺の知ったことかい」なんてソッポを向くかもしれませんね。

お近くにお出かけの際には、ぜひお墓参りしてみてください(くれぐれも墓石は削らないで!)。

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高井透

有限会社ベル・プランニング、BP出版代表。自分史の書き方講師をやっていた経験を活かし、地元の群馬県にゆかりのある人物にスポットを当てながら群馬の魅力を発信していきます。
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