
公開日:
最終更新日:
待望のリニューアルオープン!アフリカ料理の老舗「カラバッシュ(大崎)」

アフリカ料理の老舗「カラバッシュ」が、2025年11月東京の大崎にリニューアルオープンしたのをご存知でしょうか。ご飯や練り物をソースやシチューと一緒に食べるスタイルが基本の西アフリカ料理を中心に提供し、現地の雰囲気を感じられる稀有なレストランです。
そんな「カラバッシュ」について、
- どんなレストランなのだろう
- アフリカ料理、イメージが湧かないからオススメの料理を教えてほしい
という悩みがある方もいるでしょう。
そこで今回、東京で世界の料理を専門で開拓する海外グルメマニアのオグが、「カラバッシュ」のオーナー・熊澤さんにお話を伺いました。
本記事では、リニューアルオープンまでの苦労、オススメのアフリカ料理3品、今後の展望まで詳しくご紹介します!
目次
「カラバッシュ」リニューアルオープンまでの苦労
![]()
「カラバッシュ」の20年を超える歴史は、困難の連続でした。創業時の資金難とプロ不在の運営、そして再開発による立ち退きと移転工事の迷宮。その強い信念を貫くオーナーの姿に迫ります。
浜松町での創業/理想と現実の狭間で
「カラバッシュ」の創業は2005年、今から21年前のことです。熊澤さんがアフリカ専門の旅行会社「道祖神」の代表だったころに構想を練り始めましたが、当時の若手社員からは猛反対を受けました。「本業が順調なのになぜレストランに手を出すのか」と。そのため、「道祖神」の資本から出資はせず、個人の資金で開業することを決意します。幸い、「道祖神」の事務所が芝にあったため、近場の浜松町で物件を見つけることができました。
当初はマリ人のパートナー2人を含む3人で500万円ずつ出し合い、1,500万円の資本金を用意する計画でしたが、払込日前日になって「お金がない」と告げられます。結局パートナーは100万円ずつしか出せず、熊澤さんの手持ち金と金融公庫からの借入、そして中小企業の消費税免除制度を利用して、なんとか創業にこぎつけました。
![]()
2005年7月に物件を契約し、工事がスタート。2005年11月に完成するまでの間、パートナーの1人----キューバの大学でデザインを学んだ人物----が内装を手がけてくれました。この内装は、移転後の現在も一部残されています。
プロ不在の厨房/試行錯誤の日々
![]()
最大の課題は、プロのシェフがいないことでした。カラバッシュは創業当時、今のようなメニューではありませんでした。2005年当時、アフリカ料理を作れる人を雇うのは困難だったのです。
大使館で働いているアフリカ人の奥さんに来てもらい、家庭料理を作ってもらう。それぞれ得意料理は異なり、いわば素人です。デザインを手がけたパートナーがマネージャーとして仕切っていましたが、アフリカ流のおおらかさが裏目に出ます。在庫管理がずさんで、注文を受けてから30分経って「今日はこのメニューがない」と告げる。パーティがあるのにビールを仕入れていない。怒って帰るお客さんもいました。こうした状態が半年ほど続きます。
その後、日本の大使館で働いているシェフで、任期満了後に日本に残りたいという人を採用し、少しずつ落ち着いてきました。とはいっても、料理の提供を安定して行えるようになったのは創業3、4年目(2008、2009年)のこと。それまでは予定の空いているシェフが入れ替わりで入り、曜日によってメニューが変わることもありました。
そのような状況の中、1期目から赤字で、資本金は瞬く間に底をつくことに。毎月20〜30万円、年間で200〜300万円の赤字が10数年続き、トントンになったのは1、2回程度。熊澤さんの自己資金の投入額は累計で数千万円に達しました。それでも店を続けたのは、「お客さんにアフリカの文化を紹介したい」という一心からでした。
再開発による立ち退き/移転先探しの苦悩
2023年、再開発による立ち退きの話が持ち上がります。2年近く前から通告されていましたが、移転先探しは困難を極めました。しかし熊澤さんには、店を辞めたくないという強い思いがありました。そのため、ディベロッパーと一緒に物件を見に行き、移転先を探し続けたのです。
ディベロッパーには「浜松町の内装をそのまま残し、移転費用を払わなくてもいいなら移転してもいい」と伝え、合意書を作成。しかし、同じ広さで同じ家賃水準の物件はなかなか見つかりません。
店の広さを半分にすれば折り合いはつきますが、それではアフリカ文化を紹介するという当初の目的が果たせません。アフリカの伝統工芸品や調度品を適切に展示し、演奏会などの文化イベントを実施するためには、十分な空間が不可欠です。やっとの思いで見つけたのが、現在の物件です。場所はビルの奥まった場所で、人の行き来はほとんどない。あくまで居住者相手のビルでした。
![]()
しかし、浜松町時代も通りすがりで飛び込む人はあまりいませんでした。「この階段を降りるのに3年かかった」というお客さんもいたほどです。中が見えない、何を食べさせられるか分からない----そうした不安を抱えながらも、知っている人は来てくれました。
場所よりも、広さと維持できる家賃の安さを優先。ただし物件はスケルトン状態で、ダクトも電話線も何も残っていませんでした。前の環境を活かすことはできず、すべてゼロからの工事が必要でした。
工事の迷宮/意思疎通なき7ヶ月
![]()
2024年10月に物件を申し込み、2025年1月に入居許可が下りましたが、審査だけで2、3ヶ月を要しました。3月1日に賃貸契約を結び、保証金を支払います。通常は10ヶ月分です。しかし、前の住人とのトラブルを経験しているオーナーの意向で、保証金が増額されてしまいます。
最後の壁/消防署の許可
![]()
保健所の許可が出れば営業できると思っていましたが、スケルトン物件のため、その前に消防署の許可が必要でした。施工業者が通常やるべき許可取りをまったくせず、保健所が来るから立ち会ってほしいと頼んでも「先約がある」と断られます。
2025年8月ごろ、焦りはピークに達しました。保健所の許可は下りましたが、火を使うには消防署の許可が必要です。いつまで経っても店が開けない----そんな状況を見かねた消防署の係官がすぐに来て、直すべき点を指摘してくれたおかげで、なんとか前に進むことができました。
こうして7ヶ月の工事期間を経て、ようやくプレオープンにこぎつけます。数々の苦難を乗り越えて、カラバッシュは新たな一歩を踏み出したのです。
オススメのアフリカ料理3品
今回ご紹介する、「カラバッシュ」のメニューはこちらの3品です。初めてアフリカ料理を食べるという方にもおすすめです。
- 1. チェブ・ジェン
- 2. アダル
- 3. サガサガ
チェブ・ジェン
![]()
<チェブ・ジェン ¥1,500>
セネガルの国民食、魚の炊き込みご飯「チェブ・ジェン」。「カラバッシュ」自慢の料理です。その名前は地元のウォロフ族の言葉に由来しており、「ceeb (米)」と「jën (魚)」を組み合わせた言葉で、文字通り「米と魚」を意味しています。
この料理の起源は、セネガル北部の港町サン・ルイにあるとされています。漁業が盛んで新鮮な魚が豊富に手に入るこの地域で生まれたチェブ・ジェンは、単なる食事を超えた存在です。大皿に盛られた料理をみんなで掬(すく)って食べるスタイルは、セネガルの「おもてなし」「連帯」「共同体」の精神を色濃く反映しており、家族や友人、コミュニティとの絆を深める「共有」の象徴となっています。
チェブ・ジェンは西アフリカのご飯料理、特にジョロフライスなどの起源の1つと考えられており、そこからさまざまな派生料理やバリエーションが生まれました。その伝統的な調理技術と文化的価値が高く評価され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。
![]()
主な材料は白身魚、米、そしてニンジンやキャベツなどの多様な野菜です。米を野菜や魚を煮た汁で炊き込むことで、深い風味が米に染み込み、豊かな味わいが生まれます。
魚の出汁、トマトの酸味、スパイス、野菜の旨味が幾重にも重なり合い、シンプルながら複雑で深みのある味わいが特徴です。野菜はしっとりとほくほくとした食感で旨味が染み込んでおり、ご飯もしっとりとした優しい風味に魚の出汁がよく効いています。家庭の味のような穏やかさを感じさせる料理で、ひと皿で栄養バランスも良く、高い満足感が得られます。
アダル
![]()
<アダル ¥1,500>
「アダル」とは、黒目豆(くろめまめ)とトウモロコシ、ツナをパームオイル仕立ての特製ソースでじっくり煮込んだ、シチューまたは粥状の料理です。豆とトウモロコシという地域で広く栽培される食材で作れ、栄養価が高く満足感と腹持ちの良さから、ナイジェリアやガーナを始めとする西アフリカの家庭で親しまれています。
使用される黒目豆は、西アフリカが原産、またはその近辺で古くから栽培されてきた豆です。ナイジェリアやガーナを含む西アフリカ地域では、入手しやすく栽培に適した主要なタンパク質源として重宝されています。黒目豆は高温で乾燥した気候や、比較的貧しい土壌でも育つ高い耐候性を持つため、安定した食料供給源として重要視されてきました。
![]()
豆とトウモロコシを一緒に煮込む調理法は、乾燥豆や乾燥トウモロコシといった保存食の伝統があった地域ならではの知恵です。食材を無駄なく使い、日持ちさせるための工夫の1つとして受け継がれてきました。
味わいの特徴は、豆とトウモロコシの素朴な甘みに、パームオイルやスパイスによる濃厚な風味が融合した点にあります。パームオイルを加えることで風味に厚みが出て、シンプルな材料でも満足感のある「しっかりした味わい」へと変化します。豆とトウモロコシの自然な甘み、塩、スパイスのバランスがとれた、滋味深い料理です。
サガサガ
![]()
<サガサガ ¥1,500>
西アフリカのマリを代表する家庭料理「サガサガ」は、青菜(ホウレンソウ、キャッサバの葉など)と肉・燻製魚を煮込んだ緑色のシチュー状のソースです。「ソース+主食」という組み合わせが一般的で、サガサガもその1つとして人々の食卓に定着しています。
サガサガのような「葉菜のシチュー(グリーンソース)」は、西アフリカでは広く一般的な食文化です。葉野菜は伝統的に手に入りやすく、栄養的にも重要な食材として親しまれてきました。地域や家庭ごとに使う葉や調味の仕方が異なり、多様なバリエーションが存在します。
青菜の独特の渋みと、肉や燻製魚の旨味、パーム油のコクが合わさった濃厚で深い味わいが印象的でした。付け合わせのご飯に、サガサガをソースとしてかけたり、フフ(キャッサバやヤム芋を練り上げた主食)を適量ちぎり、サガサガに絡めながら手で食べます。どこか煮物に似たところもあり、日本人にも親しみやすい料理です。
「カラバッシュ」の今後の展望
![]()
カラバッシュが目指すのは、単なるレストランの枠を超えた、アフリカ文化の発信拠点です。
「アフリカサミット」と銘打ち、さまざまなアフリカ料理店が集まって各国の料理を提供するイベントを企画したいと考えています。2、3カ国ずつでテーマを設けて開催し、アフリカレストランが顧客を奪い合うのではなく、お互いが協力してアフリカ料理に親しんでもらえる機会を創りたいとの思いです。
直近では2025年11月末にリニューアルオープンの記念イベントとして「キャッサバ収穫祭」が開催されました。収穫時期に合わせて、サガザガやバンクーといったキャッサバを使った多彩な料理を紹介しました。
来年は「キャッサバサミット」として、さらに品数を増やし、盛り上げていく意向です。キャッサバひとつとっても、さまざまな料理が存在し、それこそがアフリカの奥深さでしょう。
さらに、旅と食をつなぐ「飲食マップ」の構想もあります。文化や地域ごとに分類し、「リビアで食べたあの料理を日本で味わえるのはここ」といった形で、旅の記憶と現地の食文化を結びつけます。現地のレストランを訪れた人からの投稿も募り、アフリカ全土の食文化を紹介できる仕組みを作りたい考えです。
アフリカ54カ国、それぞれに独自の食文化。カラバッシュは、その多様性を一軒のレストランに収めるのではなく、日本中のアフリカ料理店とともに、アフリカ全土の魅力を届ける起点となることを目指しています。
【まとめ】カラバッシュ(大崎)でアフリカ料理を堪能しよう!
![]()
アフリカ料理レストラン「カラバッシュ」は、2005年の創業から21年にわたり、数々の困難を乗り越えてきました。創業時は資金難やプロのシェフ不在による運営の混乱があり、2023年の再開発による立ち退きでは、移転先探しと工事に7ヶ月を要し、意思疎通の欠如や想定外のトラブルに見舞われます。それでも熊澤さんは「アフリカの文化を紹介したい」という信念を貫き、2025年11月ついにリニューアルオープンを果たしました。
「カラバッシュ」が提供するのは、セネガルの国民食「チェブ・ジェン」、西アフリカの家庭料理「アダル」、マリの緑色のシチュー「サガサガ」など、現地の味そのままのアフリカ料理です。
今後は「アフリカサミット」と称し、各国のアフリカ料理店が協力してアフリカ料理の魅力を広めるイベントや、旅と食をつなぐ「飲食マップ」の構想もあります。
今回の取材を通じて印象に残ったのは、熊澤さんのアフリカ全体を思いやる気持ちです。創業当初からさまざまな困難に直面し、レストランの経営が危ぶまれ、ほかのことを考える余裕さえないのが普通でしょう。しかしそんな中でもアフリカ全体の底上げを図ろうと取り組む姿に感銘を受けました。カラバッシュは単なるレストランの枠を超えて、日本におけるアフリカ文化発信の拠点となるに違いありません。
Ranking東京記事ランキング
-

おぐグルメ
- 東京にある美味しい・珍しい海外グルメを食べ歩く海外グルメマニア。ブログには100ヶ国以上の世界の料理を掲載し、休日だけで年間365以上の海外グルメを開拓しています。実際に現地に行き本場のグルメも食べていて、これまでヨーロッパを中心に60ヶ国以上に渡航しています。




























