ギリシャ神殿の街、アグリジェント(イタリア・シチリア島)

アグリジェント イタリア

ギリシャ本土と比べても、古代のギリシャ神殿で最も保存状態のいい神殿が、シチリアの南海岸の町・アグリジェントにあります。春の訪れとともに、南イタリアを旅してみませんか。

アグリジェント

目次

アグリジェントとギリシャ人の植民都市国家の成り立ち

アグリジェントについては、Wikipediaに以下のような説明がなされています。

『アグリジェント(Agrigento、ギリシャ語古名:アクラガス、ラテン語古名:アグリゲントゥム)は、イタリア共和国のシチリア島南岸の丘陵斜面にある都市である。アグリジェント県の県庁所在地でもある。

人口は、59,000人。シチリア語ではジルジェンティ(Girgenti)で、1929年までは正式名であったが、ラテン語名のAgrigentumをイタリア語にした現在の名とされた。

アグリジェントはマグナ・グラエキア時代の植民都市アクラガス(Ἀκράγας , Akragas)に起源を発する。その頃の遺跡が現在まで残っており、美しい景観となっている。また、哲学者のエンペドクレスの出身地としても有名である。

町の周辺の小高い丘には神殿があり、その中でも有名な「神殿の谷」では、春になるとオレンジの木の花の心地よい香りが広がり、楽しむことができる。神殿を利用してファッションショーなどが開かれることもある。また「アグリジェントの遺跡地域」として1997年世界文化遺産に登録されている。』(Wikipediaより引用)

アグリジェント

「マグナ・グラエキア時代??」「何それ?」とお思いの方に解説します。

マグナ・グラエキアは、大ギリシャを指す言葉です。紀元前8世紀ごろから古代ギリシャ人が植民した南イタリアおよびシチリア島一帯を指す名前で、もともとギリシャ本国は土地がやせており、農業には適さない場所で、東は小アジアからシチリアにかけて、ギリシャ人の植民都市が広がった時代の名称です。

この当時、ギリシャの覇権国家であったアテネも、黒海地方から小麦を船で輸入していました。イタリアでもナポリ以南の都市はギリシャ人によって建設された都市なのです。

余談ですが、ローマと2度もポエニ戦争を戦ったカルタゴは、海洋民族のフェニキア人(ギリシャ人ではない)が植民した国家です。紀元前800年頃に、ギリシャ人がフェニキア文字を採用すると、そこからローマへと伝えられました。

このときローマでは、この文字がギリシャ起源と思っていたらしく、まさか宿敵のカルタゴの民族の文字とは思っていませんでした。ギリシャ文字の最初の2文字「アルファ」「ベータ」をとって、この文字を「アルファベット」と呼んだそうです。

アグリジェント

哲学者のエンペドクレスも「誰それ?」という感じですが、紀元1世紀~2世紀にかけて、古代ローマの最盛期に奴隷身分から解放され、ストア学派の代表的な哲学者として名前を残した人です。

ちなみに、ストイックという言葉は、この学派からきています。彼は歩行も困難であったようで、「困難多い人生をどういう気持ちで楽にするか」という点で、次のような言葉を残しています。

『記憶しておくがよい。君は演劇の俳優である。劇作家が望んでいる通りに、短編であれば短く、長編であれば長い劇を演じる俳優だ。作家が君に物乞いの役を演じてもらいたければ、そんな端役でさえも君はごく自然に演じるように。足が悪い人でも、殿様でも、庶民でも同じこと。君の仕事は、与えられた役を立派に演じることだ。その役を誰に割り振るかは、また別の人の仕事である。』

奴隷など経験して辛い人生を歩んだ哲学者が、最後に到達した人生を楽に生きるための自己を鼓舞する教えでしょうか。

アグリジェント

アグリジェントの神殿の谷、ユネスコ世界遺産登録

アグリジェント

この街は、古代ローマの頃に、アグリジェントという名前がつけられたそうです。アグリは農業をさす。ジェントは人々という意味です。農業を営む人々という意味でした。

近年までは、違う名前で呼ばれていましたが、ムッソリーニ政権のときに、古代ローマの復興をのぞみ、現在の名前に街の名前を変えたそうです。

アグリジェントは、シチリア観光では重要な街で、シチリアにはギリシャ神殿は数多く残っていますが、ここのコンコルディア神殿が最もよく原型をとどめています。

そういう意味では、アテネのパルテノン神殿より規模はず~と小さいものの、神殿の原型を見るということでは、この神殿の右にでる物は現存していません。ギリシャ人の植民した時代にはまだ、キリスト教が存在しなかたので、ギリシャの神々に奉げられた多くの神殿がありました。

アグリジェント

その数の多さが、そこのギリシャ植民地の富裕さを表したとされています。この街には、神殿の谷と言われる地域があり、そこが世界遺産に登録されています。

神殿の地域は聖なる場所として定められ、神官が住む住居以外には建築が認められませんでした。この谷には7つの神殿が立っていました。一番保存状態がいいコンコルディア神殿は、古代ローマ時代にキリスト教の教会として転用されたため、一番よく保存されています。

この建築を見るに、古代ギリシャ人達の高い建築技術に驚嘆せざるを得ません。紀元前5世紀にこの建築技術を持っていた人たち、日本では聖徳太子が生まれたのが紀元後574年ですから、それより1,000年も前にこのような技術があった地中海世界というものに驚かされます。

このアグリジェントのおすすめホテルは「VILLA ATHENE HOTEL(5星ホテル)」です。

詳細はホテルの公式サイトをご覧ください。このホテルから、神殿の谷のライトアップが見られます。神殿側の部屋からだと、ベランダでビールでも飲みながら、神殿のライトアップが楽しめます。

>>VILLA ATHENE HOTEL公式サイトはこちら

部屋から見える神殿のライトアップ

いつもの余談(アグリジェントとは無関係)です。

余談1

イタリアで裁判官を交えての訴訟調停に出廷したことがある。

日本の場合、民事だと書類の交換ぐらいで、裁判所は静かだが、イタリアはご想像の通り、弁護士も裁判官も"しゃべらな損"みたいに、手を振り回し、唾を飛ばしてしゃべりまくる。

私はただ、1時間程口をぽか~~んと開けて見ていたが、裁判官が突然「○万ユーロで 手を打たないか?」と私に聞いてきた。それで「NO」と返事をすると、また、相手方の弁護士と私の弁護士+裁判官のバトルが1時間ほど続き、裁判官が「それでは、△万ユーロでどうだ!!」と聞くので、また、私が「NO」と言うと、バトルが再開かと思いきや、裁判官はランチの時間になった。「本日はここまで。次回の日は追って知らせます」と突然終了。

弁護士と裁判官は機関銃のように喋りまくり、私はNOを2回言わせてもらっただけ。最後は裁判官のランチタイムで閉廷!!ちなみに、私は裁判オタク。自慢じゃないが、裁判で負けたことはない。

余談2

女性ドライバーの増加は、イタリアとて同じ。特に朝の出勤時は、車を運転しながら化粧をする。なんと器用な!!

しかし、先日、信号待ちしている私の車に、車内のミラーでマスカラを塗りながら、片手にタバコを持ち、ブレーキを踏んでいる女性が運転するSMARTが追突。時速5キロ程度でぶつかったから、そんなに衝撃があったわけではない。

その女性が私車の横に来て、『君の車、大丈夫だから!!』と、明るく言う。『大丈夫かどうかは、私が見る。貴女に言われたくない!!』と言ったら、 プンと怒って走り去った。私が悪いのか??

余談3

イタリアの列車も、ユーロスターが走り出してからは時間に正確になってきた。

ミラノから乗ったユーロスターがローマの手前までは時間通りだったが、 テルミニ駅のプラットホームに開きがないため、手前で待たされること20分、そのお陰で列車は延着。

イタリアが凄いのは、延着のアナウンスが流れると、ほぼイタリア人全員が一斉に携帯電話で、マンマ、配偶者、知人に遅延のことを電話する。不思議なのは、そんなに時間に正確な国民ではないのに、電話しているのはなぜ??電話するきっかけができたから??大切な夕食の時間に遅れるから??

かくして、車内はイタリア人の電話の話し声の騒音で充満する。

余談4

ローマからアリタリア航空でロンドンに飛んだことがある。アリタリア航空なのに機内が静かなことに違和感があったが、乗客はほぼ英国人だった。

イタリア文化を知る(余談を楽しめる)おすすめ記事

Related postこの記事に関連する記事

Rankingイタリア記事ランキング

ランキングをもっと見る

この記事に関連するエリア

この記事に関連するタグ

プロフィール画像

ドルチェビータ

2003年より2011年までイタリア、2014年から2017年まで英国にいました。

Pick upピックアップ特集

全国の動物園&水族館 徹底取材レポート特集!デートや家族のおでかけなど是非参考にしてみてください♪

特集をもっと見る

たびこふれメールマガジン「たびとどけ」
たびこふれサロン

たびこふれ公式アカウント
旬な情報を更新中!