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すべてがモザイク!ピカッシェットの家
壊れた陶器の破片で飾りあげられたピカッシェットの家は、大聖堂で有名な街シャルトルの中心地から離れた 、静かな住宅地の路地裏にひっそり建っています。ここは、たった一人の男性が30年以上の年月を費やして、インスピレーションのままに造り上げたモザイクの理想郷。フランスのアール・ブリュット(art brut= 正規の芸術教育を受けていない人が造ったアウトサイダーアート)の傑作、ピカッシェットの家をご紹介します。
目次
ピカシェットの家の創造主
ピカッシェット(picassette)とは、pique(ピック=つまみ取る)+assiette(アシエット=皿)、つまり「お皿の盗人」「皿拾い」を意味する造語。後付けでは、天才ピカソ(Picasso)ともかけられています。
この家の創造主は、レイモン・イジドール(1900-1964)さん。
彼は、恵まれない家庭環境で育ち、就職してもいつも癇癪(かんしゃく)によるトラブルで長く続かず、最終的に墓地の清掃人となります。自然に囲まれた静寂の中での仕事は、彼の性に合ったようで、シャルトルの墓守として立派に勤めを果たされました。イジドールさんは24歳の時に、11歳年上で3人の子持ちだったアドリエンヌ未亡人と結婚。夫人は、様々なモチーフとして描かれていて、彼の彼女への愛情の深さがわかります。
1929年に土地を購入、質素な家屋を一から自分で建てて、翌年に家族で移り住みます。彼は、その翌年から亡くなるまでの33年間の長い年月を、家と庭をモザイクで飾り上げることに情熱を注ぎました。モザイクの材料は、拾い集めたお皿や瓶などが主で、制作に使われた陶器やガラスの破片の総量は440万個、重量15トン!
ピカシェットの家には、彼の夫人や家族を喜ばせたいという気持ち、シャルトルへの愛着、巡礼の旅への憧れ、揺るぎない信仰などがぎっしり詰まっています。それでは、ピカッシェットの家をご案内いたしましょう。
3つの部屋とその外壁
石造りの家屋には、生活空間として暮らしていた小さな3つの部屋があります。
まずこちらは、台所。食卓も棚も配管までもが明るい色彩のモザイクで装飾。壁画はモン・サン・ミッシェル修道院。
続いては、私室。かつての息子たちの部屋。豪華な椅子が三脚。壁画はシャルトル周辺の風景。
最後の部屋は寝室。モザイクで飾られたベッドにミシン。背景は夜のシャルトル大聖堂。
生活空間である3つの部屋の外壁の左右には、東洋女性(上の写真)と西洋女性(3枚目の写真)がそれぞれの地の風景と共に、向き合う形で大きく描かれています。「東洋女性はパレスチナ人。西洋女性はフランス人。彼女たちは、愛し合う姉妹である。」なんて平和で美しい言葉でしょう。
深い信仰心
モザイクで飾られたトンネルの途中にあるのは、小さな礼拝堂です。青を主調に、十字架、イエスキリスト、マリア、羊飼い、アダムとイブなど様々なモチーフが壁や柱に描かれ、天井もぎっしりモザイクで飾られています。「自身の信仰を顕した個人的な礼拝堂」を造ったとのこと。
踏むのを躊躇してしまう美しいモザイクの床模様。「夜になると、モチーフがはっきり浮かんでくる。朝になるのが待ちきれなくて、起きるとすぐ仕事にとりかかる。デッサンさえできない自分が、こんな結果を生み出せるとは、精霊に導かれているようだ」と彼は語っています。
中庭には、シャルトル大聖堂を中心に、各地の大聖堂や教会が大集合。彼は敬虔なクリスチャンで、シャルトル大聖堂は至る所に描かれています。
天国の庭
花々が植えられている外庭。「天国の庭」と名付けられたこの庭には、モザイクの銅像やエッフェル塔が飾られています。
シャルトル大聖堂とそのバラ窓。
エルサレムの壁と王者の椅子。シャルトルにいながらにして、心は巡礼の旅路に。
魂よ、安らかなれ
最後にたどり着くのは「洞窟」と称される魂の安楽地。青い碑石には「ここに魂、安らかに眠る〜ici REPOSE L'ESPRIT」と記されています。
この周辺になるとモザイクにも、かなり不定期さや空白がみられます。晩年のイジドールさんは、インスピレーションが枯れていく焦燥感に心を病み、精神病院への入退院を繰り返します。そして、64歳誕生日の前夜、暴風雨の中を徘徊し、翌朝、雨に打たれて亡くなっている姿が発見されるのです。制作への情熱に突き動かされた人生でした。彼の死後18年後の1982年、ピカシェットの家は歴史記念建造物に登録され、現在はシャルトル市に管理されています。シャルトル大聖堂が見える高台にある墓地に、彼は埋葬されています。
彼の魂が、平和で豊かな天国で、安らかでありますように。
さいごに
ピカシェットの家、いかがでしたか?カラフルで可愛らしいモザイクの家も、この家に秘められた無名の天才の物語を知ると、感動がより深くなりますね。彼は、陽気に逞しく生きた「ピカソ」というより、苦悩の末逝ってしまった「ゴッホ」のようだ、と切なくなったのは私だけではないでしょう。イジドールさん、唯一無二の作品を残してくれて、ありがとう!
ではまた、物語性のある旅を綴っていきたいと思います。みなさま、お元気で。
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原田さゆり
- 旅・文化・猫を愛する、フランスの田舎在住者。フランス中を旅しています。