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レンブラントの『夜警』にまつわる10のトリビア【後編】
オランダの画家、レンブラント・ファン・レインによる『夜警』という作品の通称の由来や、レンブラントが集団肖像画にもたらした革新、といったトリビアをご紹介した前編に続いて、後編ではさらに、光と影の魔術師レンブラントの巧みな技法や、『夜警』に託された画家の想いに迫る、もう5つのトリビアをご紹介します。
>>>レンブラントの『夜警』にまつわる10のトリビア【前編】はこちら
目次
- 6. コック隊長の左手に込められたメッセージ
- 7. アムステルダム国立美術館まで4回の引越し
- 8. 部屋の柱に合わせてカンヴァスが切り落とされた
- 9. コック隊長の背後で火縄銃が発射されている
- 10. レンブラントとサスキアの肖像画が隠されている?
- 2020年は『夜警』の修復作業が公開中
6. コック隊長の左手に込められたメッセージ
「光と影の魔術師」の異名を取るレンブラントは、『夜警』においても華麗な明暗法を披露しました。左上から降りそそぐ光は群像の中に、コック隊長とファン・ライテンブルフ副隊長、そして黄色いドレスの少女を浮かびあがらせ、今まさに出動する市民隊の劇的な雰囲気を醸し出しています。
画面から飛び出すように短縮法で描かれたコック隊長の左手は、ファン・ライテンブルフ副隊長のきらびやかな衣装に影を落としています。手の影の傍にはアムステルダム市の紋章である、獅子と三つの斜め十字(下図:青線は筆者が追加)が描かれ、アムステルダム市の安全が市民隊によって守られていることを暗喩しています。
7. アムステルダム国立美術館まで4回の引越し
当初、市民隊の本部クローフェニールスドゥーレン (Kloveniersdoelen) に飾られていた『夜警』は、1715年にアムステルダム市役所に移されました。ところがナポレオン戦争 (1799-1815) 中に市役所は占領され、ホラント王ルイ・ボナパルトの王宮になってしまいます。『夜警』は、行政官たちによって貴族の邸宅トリッペンハイス(Trippenhuis) に移されましたが、ナポレオンの命によって王宮に戻されました。
『夜警』がトリッペンハイスに再び戻ってきたのは、ナポレオン戦争終結後のことです。トリッペンハイスは後にアムステルダム国立美術館となり、『夜警』はその目玉作品となりました。
<スウェーデン人画家オーガスト・イェルンベリによって描かれた1885年のトリッペンハイス>
8. 部屋の柱に合わせてカンヴァスが切り落とされた
1715年にアムステルダム市役所に移された『夜警』には、驚愕の運命が待ち受けていました。部屋の柱の間に納まるように、はみ出る部分が切り落とされてしまったのです。というのも19世紀に至るまでは、部屋の造りに合わせて絵画を切り詰める慣習があったのです。上下左右の切り落とされたカンヴァスは現在もなお見つかっていません。
17世紀に描かれたヘリット・ルンデンス (Gerrit Lundens) による模写には、『夜警』の元の姿が残されています。オリジナルの『夜警』は白線の位置で切り詰められ、左側の2人の人物、階段と手すり、上部のアーチの一部分が失われているのが分かります。
9. コック隊長の背後で火縄銃が発射されている
レンブラントの描いた市民隊は「火縄銃手組合」と呼ばれ、火縄銃で武装していました。黄色いドレスの少女は火縄銃手組合を擬人化したもので、手には組合のゴブレット(グラス)を持ち、腰につけた鶏は討ち取った敵を、その爪は組合の紋章を表しています。
『夜警』の画中では火縄銃を使う一連の動作が描かれています。左側にいる赤い服の隊員は、銃口から火薬と弾丸を装填し、その右隣の兜をかぶった隊員は銃を構えて発射、さらに副隊長のすぐ後ろの隊員は、火皿に残った火薬を吹き飛ばし再装填の準備をしています(青線は筆者が追加)。
ピーター・グリーナウェイ監督により2007年に製作された映画『レンブラントの夜警(Nightwatching) 』では、レンブラントがこの発射シーンを描いたのは、市民隊による殺人事件を告発するためだったと推理されています。
10. レンブラントとサスキアの肖像画が隠されている?
『夜警』の舞台には市民隊に紛れて、レンブラント自身も登場しています。隊旗を掲げている旗手の背後から、はっとするような強い眼差しを向けるのがレンブラントの自画像です。黄色いドレスの少女のモデルは、レンブラントの妻サスキアともいわれ、これが真実ならば夫婦揃って『夜警』に登場していることになります。
レンブラントを公私ともに支え続けたサスキアは、息子ティトゥスを出産して間もなく病床に伏し、『夜警』の完成を待つことなく29歳で他界しました。黄色いドレスの少女がサスキアだとすれば、その崇高な神々しさは、レンブラントの妻への想いが結晶したものかもしれません。
2020年は『夜警』の修復作業が公開中
アムステルダム国立美術館に展示されている『夜警』は、2019年7月8日より修復作業が行われています。修復にはおよそ1年かかりますが、作業中も「名誉の間」に展示されているので、来館者はガラスの壁ごしに修復の様子を見ることができます。
私が2020年1月に訪れた際は、蛍光X線分析装置(XRF)で『夜警』がスキャンされていました。スキャン中はカンヴァスが額から外されるので、普段は見ることのできない『夜警』の「縁」も見られます。世界三大名画のひとつ『夜警』の、貴重な修復作業を見学したい方は、ぜひアムステルダム国立美術館に足を運んでみてください(現在新型コロナウイルスの影響で休館中)。
アムステルダム国立美術館 基本情報
公式HP:https://www.rijksmuseum.nl/
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Kayo Temel
- オランダ在住。アムステルダムの美術アカデミーで絵画を学び、イラストレーターとして活動中。20年の在蘭経験を活かして、オランダを満喫するためのローカルな情報をお届けします。