となりの外国(その2) 内なる異国ビューシンゲン

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前々回の記事では、渡し舟でライン河を横断し国境を越えた。到着した対岸の船着場はビューシンゲンBüsingen(正確にはビューシンゲン・アム・ホッホラインBüsingen am Hochrhein)という小さな地方自治体にあるのだが、このビューシンゲンという村、実は周囲を完全にスイスに囲まれたドイツの「飛び地」だ。

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周りを囲むスイス領は一番狭い所では数百メートルしかないものの、この数百メートル間は正真正銘のスイス。ライン河の対岸ももれなくスイスなため、ビューシンゲンに行くには必ずスイスを通らなければならないという訳だ。前々回の記事中7枚目にあるこの写真は

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実はこうなっている。

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ビューシンゲンは政治的・法律的にはもちろんドイツ(西洋史に必ず登場するハプスブルグ家絡みでオーストリア領だった過去もある)なのだが経済的・日常生活的にはほぼ完全にスイスという一風変わった村で、特にシャフハウゼン州とは結びつきが強い。その関係も大変良好なもので、村民の殆どは村から約3km西にあるシャフハウゼン州の州都で働いているし、村の男声合唱団は今年のシャフハウゼン州合唱祭で運営幹事を務めたほどだ。村の通貨は(ユーロも使われてはいるものの基本的には)スイスフランで、ライン河岸にある遊泳施設のレストラン料金表にも「料金はすべてスイスフランです」との注意書き(赤下線部)がある。

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ちなみにビューシンゲンでは通貨だけでなくその価格設定もスイス・スタンダード(つまり一般的なドイツでの価格よりもかなり高め)だ。

ビューシンゲンとスイスは特別な経済協定を結んでいるので、商取引においてはビューシンゲンはスイス税関の管轄。なのでビューシンゲンで売られている商品にはスイスの定める付加価値税が課され、在ビューシンゲンの企業や販売業者はそれをスイスの税務署に納める仕組みになっている。それ故スイス-ビューシンゲン間の物品流通はフリーパス(税関申告不要)だが、ビューシンゲン-ドイツ本国間のそれには税関での申告が必要ということだ。このように経済的にはスイスの経済圏に収まっているビューシンゲンだが、どっこい法律的にはばっちりとドイツなので、住民が得ている給与などにかかる収入税はドイツの税法に基いて(物価が高いスイス経済圏に属しているということで多少の税率考慮がある)ドイツに支払うというからややこしい。郵便番号はドイツ(D-78266)とスイス(CH-8238)のものがどちらも有効だし、電話番号もドイツとスイスのものが両方割り当てられている。村役場の正面にはドイツとスイスの公衆電話が並んで建っているのが面白い。

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ビューシンゲンで登録されている車両にはもちろんドイツのカーナンバーが付いているのだが、登録地名「BÜS」のカーナンバーを付けた車は700台程度しか存在しないそうで、これはドイツ全土で最も登録車数が少ないレアなもの。

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ビューシンゲンでも走っている車の大半はスイスのシャフハウゼンナンバー(SH)だったりトゥールガウナンバー(TG)だったりドイツのコンスタンツナンバー(KN)だったりするので、地元でもBÜSナンバーの車両はちょっと探さなければ見つからないのは興味深い。

現在スイス国内には外国の飛び地が2ヶ所あるが、それらが飛び地となった経緯はビューシンゲンが政治的な、そしてもうひとつの飛び地カンピオーネ・デ・イタリアCampione d'Italia(イタリア)は宗教的な理由によるものだ。現在のカンピオーネはリゾート地としてはもちろん掛け金が無制限のカジノがあることでも有名だが、ビューシンゲンは西洋史や地理に興味がある方には大変興味深いものの、そうでなければあまり魅力的だとは言い難い。訪問の主たる(そしてほぼ唯一の)目的は「飛び地であるという稀な状況を実際に見ること」だといっても過言ではなく、そんな飛び地愛好家にはユンカーハオスJunkerhausなど歴史的に重要な意味を持つ建物などを巡りながら村を廻る「エクスクラーヴェンウェグExklavenweg(=飛び地道)」と名づけられた散策路がお勧めだ。散策路上には計11枚の看板が設けられ、それらを順にたどることでビューシンゲンが飛び地となった歴史やその背景を知ることが出来る。

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このエクスクラーヴェンウェグの終点にあたるビューシンゲンの東端にはワルドハイムWaldheimというレストランがある。そのすぐ脇にはスイスとドイツ両国の国旗+ビューシンゲン村のワッペン旗が並んで建っているが、ここから東の数百メートルはスイスのデルフリンゲンDörflingenという村に属する。

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その先は再びドイツ(ガイリンゲン村Gailingen)だ。

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シャフハウゼン州の周囲には国境をマーキングするグレンツシュタインGrenzstein(国境石)と呼ばれる石が1500個以上あるのだが、州の外側をなぞるメインの国境線上には計981個の石が設置されている。

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上の写真はその981個のうち最後から2番目・石番号980番のグレンツシュタイン。デルフリンゲン(スイス)-ガイリンゲン(ドイツ)間の農地脇にあり、石の上部に刻まれている「溝」が実際の国境線を示している。この石にはスイス側にCS(Canton Schaffhausen「シャフハウゼン州」)・ドイツ側にGB(Großherzogtum Baden「バーデン大公領」)と刻られているのだが、これは1839年に定められた国境線上にある「古い」グレンツシュタインだからだ。1839年以降に定められた国境にある新しいグレンツシュタインにはCS/GBではなく単にS(スイス側)とD(ドイツ側)が刻られているそうで、道中こんな石を探しながら歩くのも楽しい。ビューシンゲン-スイス間の全長12.2kmの「国境線」は123個(124個という情報もあり)のグレンツシュタインでマーキングされているが、石番号1番のグレンツシュタインは何とライン河の底にある。ハッティンガーシュタインHattingersteinと呼ばれるこの石(というかほぼ岩)は西暦1453年には既にその名が歴史に登場しており、古くは狩猟や漁の権利境界を示す目印として使われていたが、前出の1839年の協定締結時に「石番号1番」の役目が与えられたのだそうだ。

再びドイツに入って林道を小一時間ほど歩き、右手前方にディーセンホーフェンの木造橋が見えてきたらそろそろハイキングも終わり。

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この日4度目の国境を越えて、ようこそスイスにお帰りなさいWillkommen zurück in der Schweiz!

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>となりの外国(その1) 君は国境線が見えるか? はこちらから!

執筆参考資料・出典およびウェブリンク

ビューシンゲン村Büsingen am Hochrhein, die deutsche Gemeinde in der Schweiz(独語)

www.buesingen.de もしくは www.buesingen.ch (どちらも同じページです)

レストラン「ワルドハイム」Restaurant Waldheim in Büsingen am Hochrhein

Gailinger Strasse 6

D-78266/CH-8238 Büsingen am Hochrhein

Tel. (D): +49 (0)7734 931 380

Tel. (CH): +41 (0)52 533 32 24

www.waldheim-buesingen.ch (ドメインを.deにしても同じページに飛びます)

kontakt@waldheim-buesingen.de

営業時間:火~日曜日の午前10時から午後10時まで

月曜定休

ビューシンゲンとカンピオーネについて(世界飛び地領土研究会HP内「本来の意味での飛び地」ページ、日本語)
www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/zatsu/honto.html

スイスの中にドイツ領がある謎(個人運営ウェブサイト「オーストリア散策」内、日本語)
www.onyx.dti.ne.jp/sissi/erz-153.htm

„Grenzen und ihre Bedeutung für Menschen", Schaffhauser Bock, KW23/09
www.bockonline.ch/januar---juni-2009/kw-23-09/grenzen-und-ihre-bedeutung-fuer-menschen/index.html

Findlinge im Rhein (Rhynfründeウェブサイト内、独語)
www.rhyfruende.ch/index.php?id=65
ページ最下部にハッティンガー石についての記事

ハッティンガー石についての別情報
www.erratiker.ch/CH/buesingen.htm

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Asami AMMANN-HONDA

スイス東部トゥールガウ州の農村在住。元書店員、現在は兼業主婦(介護補助士&日本語教師&日独英通訳)。趣味はスポーツ・園芸・料理、専門は音響映像技術。

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